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guilty 7. ヤバい女がうちの学校にチャリで来た

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『芝生公園にクレープ屋さんが出来たんですよ! 食べに行きましょう!』



『30分後に最寄りの駅で集合でーす!』



『断るとかナシよりのナシですよー! ナンセンスです!』



 放課後。

授業が終わった瞬間に櫻井から怒濤のお誘いチャットが連発できた。何が、ナンセンスだよ。ナンセンスなのはお前の性癖だ。なんで、あいつはこうもタイミングよくラインチャットをしてくるんだ。何かどこからか俺を監視してるんじゃないだろうな。



「おっ、桂一郎、どうした? チョロQか?」

「色々と間違っとるわ、キョロ充だろ。それはともかくこの教室に小型カメラが仕掛けられてないか? もしくは、その辺でエージェント的なゴリラやチワワが俺を見張っていないか?」

「桂一郎、あなた疲れてるのよ」



 折原は目頭を押さえ、俺の肩にポンと優しく手を置く。やめろ、今にも泣きそうな顔で俺を見るんじゃない。常識という殻を軽く破るあの女はそれくらい奇想天外なことをやっててもおかしくはないのだ。



「……帰るわ」



 これ以上、教室で疑心暗鬼になっていても仕方ない。無視だ、無視するに限る。既読になってしまったが、別にこちらから無理に誘いに乗る義務はない。



 そうだ、いくら顔が可愛いからといっても中身はまともな会話が出来ない宇宙人なのだ。流れで連絡手段を持ってしまったが、あの時の俺はなんか変な悪魔に取り憑かれていたのだ。喫茶店でお茶したのもそう。なんかけったいな悪魔に唆されて仕方なくやってしまったのだ。決して俺の意思ではないことをここに誓いまあす。



 だから、これからの俺は普通になる。平凡王に俺はなる。自分でもよく分からない決意を胸に秘め、教室のドアを開く。



「もう僕は疲れちゃったよ……助けてとっとこハメラッシュ」



 教室から出る寸前、憂いを帯びた表情で折原は謎ブツブツと小声で呟いていた。…怖っ、帰る間際に訳の分からない台詞をツイートするな、夢に出るだろ。



 俺は完全に油断していた。



「先輩! はやく私と一緒にクレープを摂取しに行きましょう!」



 帰宅しようと校門に向かうと、門にもたれ掛かるようによその制服を来たJKもとい櫻井が待ち構えていた。ううううっそだろろろろ、ななななんでこいつここにいんのののの?



「どうやって来た」

「チャリで来た」



 櫻井は籠のついてないいわゆるクロスバイクを指差し、ニヤリと笑う。そういう意味じゃねえ。



「いや、どうしてここに辿り着いたというかストーカーさんでしょうか?」

「ストーカーとか人聞きが悪いです! これですよ、これ! 刮目せよ!!」



 口をへの字じに曲げ、俺にカードを突き出す櫻井。そのカードにある写真は無表情の男が写っており、その隣には我が高校名と校章が載っている。



「何だ、この可愛らしい顔をした美少年は……どれどれ、『植木桂一郎』……俺かよ!」

「ヒエー、自分で自分のことを美少年とかなかなか趣味が悪いですね、先輩」



 櫻井は口元を押さえ、『うわあ……』を絵に描いたような微妙な顔をする。趣味が悪いのはお前だ、趣味じゃなくて心証が悪いの間違いだろ。



 ていうか、なんでこいつが俺の学生証を持っているんだ?普段は財布にしまっているが身分証明以外では使い道がなく、存在自体を忘れていた。昨日の喫茶店の時か?いや、その前の電車でコイツと騒ぎになった時の可能性もある。



「……え、スリとかそういう犯罪、お母さんは許しませんか?」(←錯乱)

「う~、なんですかソレー! 酷い! 非道い! ドイヒー! そんなことを言う人には渡してあげませんよ! 初めて先輩にお会いした時に拾ったんですよ! だから、渡しに来たんです!」



 地団駄を踏み、子供のように怒りの感情を撒き散らす。やめて、校門の前で目立つ行為はお控えになさって下さいまし。



「そ、そうか……それは悪かったな。だが、その時に渡してくれれば良かったのに」

「いざという時に使える、じゃなくてあの時はバタバタしてましたからね、今になって思い出したんです」



 え、いまなんて言った?なんか怖いよ、この子。Z世代、怖すぎ。ていうか、確かこいつあの時、俺のスマホをパクっていたよな。今となっては真実は闇の中だか、まさか…。や、やめよう。ナニをされるか分かったものではない。



「そ、そうなの……ようやく思い出してくれたみたいね、素敵だわあ」

「なんでそんなオカマバーのママさんみたいな口調なんですか? さあ先輩、命より大事なものを届けてあげたんですよ、私に何か言うことはないですか?」



 櫻井はジトーッと俺を下から覗き込むように問いただしてくる。決して命より大事ではないが、感謝はすべきだろう。しかし何だ、こいつやっぱ顔は整っていて可愛いな。さぞかし、群がるイケメンズを千切っては投げ、千切っては投げを繰り返しているのだろう。



「アリガトゴザイマース」

「何ですか、その喋り方は……馬鹿にしてるんですか? 心が全然、籠もってないです! 『ありがとうございます! 僕はボンレスハムみたいな三段腹のアブラマシマシおぢさんが大好物です!』って、世界の中心で愛を叫んで下さい!!」



 絶対に、死んでも、嫌だ。



「クレープで何とか手を打ってもらえませんかねお嬢様」

「仕方ないですね、甘くて美味しくて幸せになれるクレープに罪はありませんからそれで許してあげます」



 交渉が成立した。クレープ様、万々歳である。



 今の俺は擬人化したクレープ様と手を取り合って海辺で笑顔でスキップしている心境であった。俺と櫻井はクレープ屋に向かうべく校門を後にした。



 20分後。



「クレープを食べる。確かそういう話だったよな櫻井?」

「ですね、そういう話です」



 俺と櫻井は学校から少し歩いた廃れた商店街の一角にある店の中にいた。



 櫻井と入った年期の入った店のカウンターの内側で不機嫌そうな、頭にタオルを撒いたにいちゃんを見た時点で気付いておくべきであった。『塩ラーメンお待ち!』と声を掛けられ、俺の前に湯気がモクモクとあがった器が置かれる。違う、これは俺の知っているクレープではない。



「御注文はクレープですか?」

「何を意味不明な事を言ってるんですか先輩、あたおかですか? はやく、食べないと冷めちゃいますよ」



 俺の隣にいる櫻井は箸で麺をすくい、フーフーと過剰に息を吹きかけていた。俺がヤバい人みたいな空気感出すのやめてもらえませんかね。



「てか、なんで俺たちはラーメン屋でラーメンと格闘してんだよ。笑顔でスキップしている俺のクレープはどこにいった」

「ラーメン屋でラーメンと格闘って言い得て妙ですね。勿論、この後にメインディッシュのクレープが待ってますよ。前哨戦ってとこですね」



 マジか、こいつ。

前哨戦って、俺たちはいったい何と戦っているんだ。



「てか、塩ラーメンとか俺頼んでないんですけど。また、お前が勝手に注文したの?」

「塩っぽい顔してますからね、好きかなと思って」



 塩っぽい顔ってどういう意味?幸薄そうなモブ顔ってこと?



 ラーメン自体は好きだが、塩ってなかなかに変化球だな。なかなか食べることはない、旨いのは間違いないだろうが。一方で櫻井は野菜や肉塊が並々と盛られた極太系のラーメンを食べていた。



「お前、豚の餌みたいなラーメンを食らってんのな」

「ぶっ、豚の餌とか失礼なことを言わないでくたさい! 『ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニクマシマシ』……野菜もお肉も沢山入ってて栄養抜群ですし、何より意外とヘルシーです!! コラーゲン的な何かも入っててお肌にも良いに決まってます! わっわかっているのですかッ?!」



 櫻井は何故かワタワタと捲したてるように、頬を染めて必死に声を上げる。えっ、なんでいきなり呪文を唱えたんだ、意味分からん。ファンタジーとは無縁な場所だろ、ここ。何故、慌てているのか分からないが、俺は何か櫻井の琴線に触れるようなことを言ってしまったらしい。発言には充分に気をつけよう。



「分かった、悪かったって。落ち着いて食えよ。運動すれば余計な贅肉も増えないし、プラマイゼロよ」

「やっ! あっアホですか、真性のアホですか、真生児ですか! デリカシーを胎内に置き忘れてしまったアホですか真性児ですか!? 私を馬鹿にした罰としてカウンターでラーメンを作ってるおぢさんに痴漢してください」



 ウ~ン、ナンデ?



 こうして。

以降、不機嫌そうな櫻井にラーメンだけでなく、大量のクレープを奢らされるハメになった俺であった。

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