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guilty 6. 保健室にヤバい行かず後家が棲息していた

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「イテテ……」



 体育の授業中。

マラソンをしているときに、グラウンドに落ちていたバナナの皮を思い切り踏み、滑って地面に吸い込まれるように前のめりに転んでしまった。



 ちくしょう。

なんでグラウンドにバナナの皮が落ちているんだよ。この高校には生徒にゴリラでも紛れ込んでんのか。ヨロヨロと立ち上がると、右膝には擦り傷ができていた。滑り込むように転んだので傷口は割と大きく、砂で汚れていた。



「おうおうおう、派手にやったなあ桂一郎。熟女の唾でも舐めときゃ治るって言いたいところだが、破傷風になるかもしれないから保健室に行った方がいいな」 



 折原は俺が漫画のように転倒するとすぐに駆けつけて来てくれた。



「熟女の唾じゃなくてもいいだろ。あと、破傷風とか怖いこと言うな、よっとっと」

「おっと、無理はするなよ。俺が一緒に保健室までお姫様だっこで連れて行ってるよ」

「やだ……とってもイケメン。だが、お姫様だっこはノーセンキューだ」



 男が男をお姫様だっことか気でも触れたか、そっち系の人だと思われかねん。冗談だとは思うが、この残念イケメンは本当に言ってるのか冗談で言ってるのか分かりにくいから困る。



「まあ、遠慮はすんなよ。肩くらいは貸してやるよ。何ならお前好みのチラリと見える鎖骨が艶めかしいレースクイーン系のAVも貸してやろか」



 周囲にいた生徒がざわつく。

お前、TPOを考えろや。いや、もちろん借りますがそれが何か。折原は体育教師に事情を説明して、俺に肩を貸してくれた。



「悪いな、面倒に付き合ってくれて」

「良いってことよ。クソ暑い時期にマラソンとか修行みたいなもんだからな」



 まあ、俺もそれは思っていた。なんでこの時期に苦痛でしかないマラソンをさせられているのかと。折原の本音としては抜け出したかったところを抜け出せてラッキーとかそんなところだろう。別に不満ではないし、俺が逆の立場なら多分同じ事をしていただろう。



「ここが保健室だな、こんちわっす! 行かず後家の大沢先生はいますか~」



 折原はノックもせずに保健室の扉を開ける。

行かず後家とか失礼な事を平気で言うなよ。保健室に行ったことは無いのであまり詳しいことら分からないが、確か大沢先生は独身で三十路だったはず。確か、前にこの横にいる残念イケメンが言っていた。



『俺のストライクゾーンではねえよ、女の旬はやっぱ四十路からだよ』



 割と大きな声でトンでもないことを宣っていたからか、周りの空気が乾いていたのを覚えている。旬とかキモいことを言うな。それからか、折原からは女子が離れていったのを覚えているな。まあ、本人は望んだ展開なのでどうという話ではないだろうが。



「アン? いまなんつった小僧? だあれが、行かず後家だって?」



 大沢先生は保健室の自分の机で煙草を咥え、リンゴと包丁を持って折原を睨みつけていた。怖っ。伊達眼鏡に黒髪のロングヘアー、よく見ると耳にピアスを装着し、鎖骨付近に青いタトゥーが見える。こんな容姿の方が凶器を持っていたら堅気の人間じゃないように見える。お、折原くん?あまり、刺激しないように。



「本当のことじゃん。30にもなって一度も経験してないとかファンタジーにも程があるよ。ダンプカーに轢かれて異世界転生してビッチにでも生まれ変われば?」



 さっから何でコイツは敵の本拠地に武器も持たず裸一貫で突撃するようなことを平気でするんだ?タングステンのメンタルか?



「うるせえよ、毛も生え揃ってない珍獣共が……ケツの穴にコイツを突っ込んで根性焼きすんぞ、こらあ」



 大沢先生は折原と俺をジッと見ながら、火のついている煙草を突き出す。今、『共』って言った?やめて、そんな地獄のような拷問に俺を巻き込まないで。ケツ毛を焼くなら横にいる無神経男だけにしてください。



「そんなことしたら、ネットニュースで淫行教師として有名になるけど、いいの?」

「そりゃ、困る。あたしはお金欲しさにこんな肥溜めのような仕事を嫌々してんだ、ブタ箱行きはまっぴらごめんさ」



 大沢先生は煙草を机に直に押しつけながら、吐き捨てるように呟く。えーっと、何だろ、この世紀末な教師は。俺の傷は果たして癒えるのでしょうか……。



「まあ、アンタのクソみたいな身の上話はともかくコイツを診てやってよ。体育でマラソンしているときに皆の前でバナナの皮で漫画のように盛大に転んで膝を擦りむいたんだ」



 やめて、怪我の状況を事細かく説明するのはやめてあげて。恥ずかしい。



「ぎゃははははは! なんじゃそのギャグ漫画みたい展開! お小遣いもとい治療費として一万円ぼってやろうかと思ったが、気が変わった。タダで診てやるよ」



 大沢先生は腹を抱えて笑う。

なんて先生だ。不良だ、不良だけど要領は良いから悪事はばれないタイプの不良先生だ。



「やー、オモロイなお前。おい、チン●ス、リンゴ喰うか?」



 目の前の悪魔が作ったとは到底思えないウサギの形をしたリンゴを俺に差し出す。素手はやめろや、あとチ●カス呼びは本当にやめてあげて差し上げて。動揺して、日本語が変になった。



「勿論、普通に上の口から喰うんじゃなくて下の口で喰えよ、ゲヒャヒャヒャヒャ」



 先生の皮を被った下手人じゃないの、この人。



「いいからさっさと診てやってよ、オナ●ー大好きおばさん」

「お前、甥だからって、調子乗りすぎな。ったく、どれ……ガキ、足出せ。さっきオ●ニーして聖女に昇格した私は無敵だぞ」



 仕事中に何してんだ、このおばさん。

ていうかこのおばさん、折原のこと甥って言ったがもしかして親戚なのか。親戚なら折原の大沢先生に対する友達のような軽い振る舞いは分からなくもない。



「よっこらせっと」



 急に下の方が心なしか涼しくなる。

下を向くと、大沢先生が俺の体操服のハーフパンツを床まで思い切りズリ下げていた。え、ナニコレ、今から大人の時間が始まるというのでしょうか?



「おい、オバサン。桂一郎に何、悪戯しようとしてんだ」

「すまんすまん、手が盛大に滑っちまった……ふむ、どれどれ、ブーメランパンツ派か」



 やめて、マジマジと俺の下着を観察するのはやめて。そして、嘘は良くない!俺はボクサーパンツ派だ!俺は慌てて、ハーフパンツを腰まで上げる。まさかいきなり保健室の先生にセクハラ行為をされるとは思っていなかった。



「可愛げがねえな、情けない悲鳴を上げて勃起くらいしろよ」



 確信した。

こ の お ん な は す こ ぶ る ヤ バ い 。



 行かず後家というのもなるべくしてなったようにしか思えない。



「…………」

「何で泣きそうな顔してんだ。ほら、とりあえず、傷口を綺麗にして消毒はしといたよ、今日は大人しくしとくんだね」



 大沢先生は怠そうな声で俺に声を掛ける。

えっ、時空超えた?いつ、処置をやったの?マジシャンか?



「な? この人、こんな顔してんだけど仕事は手淫並みに早いんだよ」



 右手の運動並みに早いのかよ、そりゃすげえ。



「顔は関係ないだろう、クソ餓鬼。しょうもない怪我したらすぐ来いよ。いじめてやるから」



 行かず後家先生は再び煙草を咥え、火をつける。台詞がおかしくない?まあ、今度から怪我や病気したら頼ってみよう。一人は怖いので勿論、残念ハンサムも同伴で。
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