竜の骨粉

金合歓

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竜の骨粉

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I had a little nut tree,
Nothing would it bear
But a silver nutmeg
And a golden pear;

私の小さな木の実のなる木
銀のナツメグひとつぶと
金の梨の実ひとつのほかに
みのる木の実はありません

I said, "So fair a princess
Never did I see,
I'll give you all the fruit
From my little nut tree."

「見たことないほど美しい
私の可愛いお姫さま
私の小さな木の実のなる木
その実は全てあなたにあげる」

(マザーグースより)


――――――


「私の小さな木の実のなる木が枯れてしまいそうなの。」
 お姫様は、秘密の窓をくぐって寝室へやってきた私に言いました。
「庭師に見せたらね、竜の骨粉を肥やしにしないと、だって。」

 その木は城の中庭にあり、お姫様が大切に育てているものでした。一年に一度、銀色のナツメグと金色の梨の実を一つづつ実らせる不思議な木で、世界中のどこを探してもこのような木をほかに見つけることはできないと言われておりました。ですから、どうしても枯らすわけにはいかず、私としては、何としても竜の骨をお姫様に捧げなければならなかったのです。
「でも、あなたが怪我をするなんて、耐えられないわ」
 お姫様は私が危険を冒すことをひどく心配してくださいました。
 私は一晩中かけてお姫様の心を落ち着かせ、二人でよく話し合い、結局次の日の朝、竜退治にでかけることにしました。ところが、今の世となっては、ほとんどの竜は本の間に挟まれて平たくなり、文字通り骨抜きの存在になっていました。それでも可愛いお姫様のためならば、国中をくまなく駆け巡り、ぜひとも竜の骨を持ち帰ろうではありませんか!

 まず私は、町の地下水路を訪ねました。案の定、大昔の騎士が倒した竜の名残であろう、耳のかけらのようなものが見つかりました。骨が入っていない部分だったのは残念ですが、上流のほうにもしかすると竜の胴体が転がっているやもしれません。私は勇んで水路の奥へ奥へと進んでいきました。ところが、ようやく見つけたのは頭が腐って崩れかけた犬の死体。私はガックリ肩を落としました。その第一の理由は、それが竜ではなかったこと、第二の理由は、それが最近行方不明になった親友の犬(親友が飼っている犬ではなく、私のの犬)だったこと。

 次に訪ねたのは、大昔の先祖たちが暮らしていたという、町はずれの古い洞窟です。洞窟の中は真っ暗で、これなら竜の古老が潜んでいてもおかしくはありません。けれども、中の曲がりくねった道を進んでいくと、不意に奥の方から光がこぼれてくるのが見えました。恐る恐る近づいてみると、そこは真四角な石室になっていて、煌々と蝋燭が輝いていました。そして壁一面は本棚になっており、石室の中央には小さな机があって、一人の老人が一心不乱に読書に励んでいます。私がそっと彼の背後に回り込み、読んでいる本をのぞき込んでみると、ようやくこちらに気付いた老人はギャッと叫んで洞窟の外へと走り去っていきました。よほど自分以外の者と顔を合わせるのが苦手な世捨て人だったのでしょう。

 それから私は、このあたりで最も高く、古いと言われている塔へ行ってみました。いつだったか、昼間に塔の近くの森を歩いていた時、門番らしき男がこう叫ぶのを聞いたことがありました。
「さあさあ、勇気のある奴は、この塔のてっぺんに巣食う悪い竜をやっつけておくれよ!」
 昼間に人目のある中を行くのは恥ずかしかったので、私は夜中に塔を訪ねました(実のところ、塔に入るために門番に払わねばならない金貨を持っていなかったのです)。さて、勘の良い方ならもうお気づきでしょうが、塔のてっぺんにいたのは、ぜんまい仕掛けの、丸い目をした可愛らしい作り物の竜でした。もしかすると骨格に本物の竜の骨を使っているかもしれないと思って、一応それを壊してみましたが、手に入ったのは良い香りのするヒノキの棒切れだけでした。すると、突然「誰だ!」と後ろからあの門番の声が叫ぶではありませんか。私はあわてて窓から飛び出し、そのまま地面に落下しました。骨が2,3本折れるかと思いましたが、幸いにも足の爪のいくつかにヒビが入っただけで済みました。

 かれこれ数か月、思い当たるところを探して回りましたが、竜は一頭も見つけることができませんでした。私は自分がまるで、仲間を探し回っている世界で最後の一頭の竜であるような気にさえなりました。この奇妙な孤独感を、そういえば、ただの一度も私は感じたことがありませんでした。
 ええ、そうです。私にはお姫様がいたのです、本当に昔から、私はあのひとのお側にいました。身分など持たない私は、毎晩のように秘密の窓をくぐりぬけ、お姫様に会うことを楽しみとしていました。乞食同然の私を、あのひとは何と暖かく迎えてくださったことか!私はあのひとから、言葉を、歌を、物語を、人の心を学びました。お姫様に会うことがなかったのなら、それこそ私は悪い竜のように人を襲い、ものを盗んで暮らしていたかもしれません。
 ああ、私が、私自身の骨を、あのひとに捧げられたらよかったのに!

 
 竜の骨が手に入らないことをどう詫びたらいいのか頭を抱えながら、数か月ぶりに私はお姫様の元を訪れました。お姫様は白い天蓋付きの寝台の上に臥せっていました。木の実のなる木のことが心配で心を病んでしまわれたのでしょうか。いいえ、お姫様は、懐妊されていたのです。
「でも、」
 お姫様は言いました。
「分からないのよ。あなたの子なのか、夫の子なのか。」
 彼女の夫、すなわち国王は、幸いなことに遠征に出かけていて、あと半年は帰ってこないことになっていました。お姫様は身ごもっていることをできる限り秘密にしていて、ごく親しい侍女や料理女にしか打ち明けていないと言いました。そして、もし生まれた子が私の子ならば(私は目の色も毛の色も、顔かたちも、国王と全く似ていないので、生まれさえすればすぐに見分けがつくはずです)、その子を秘密裏に私に託すと言うのです。

 かくして――その子はやはり、まぎれもなく私の子でした。約束通り、私はその子を引き取りました。そして、お姫様が深く眠りについている時間帯を選んで中庭に忍び込み、あの木の実のなる木の根元に赤ん坊を埋めました。うろこにまみれ、鋭い爪と牙をはやした赤ん坊を。

 私は、自分自身の骨を砕いて彼女に捧げられるほど、愚かな人間の心は持たない竜でした。自分を傷つけてまでして子を生かさねばならぬほどに私は年老いていませんでしたし、お姫様もまだ、私たち二人だけの恋の喜びを味わっていたいと言いました。
 あれから私たちは何度か、おぞましい子をもうけていますが、そのたびに私はそれを木の実のなる木の下に埋めています。国王も、国中の人々も、薄々私たちのことに感付いているようですが、直接口にしづらいのか、ひたすら生い茂ってゆく中庭の木を歌った歌が独り歩きするばかりです。
 もしあなたがその歌を耳にすることがあるのならば、それは私たちが今もまだ素晴らしい恋の季節を楽しんでいる証拠なのですよ。

 I had a little nut tree, nothing would it bear...


おわり

 


 
 

 
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