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月は鏡のように仕上げられていたので、自分の曲がった背中の瘤が月面に映り、それを否が応でも見てしまうのが嫌だった。そこで、男は窓をすっかり閉め切って寝台の上にうつ伏せた。
すると、今しがた閉めた窓を叩くものがある。月を視界に入れないよう伏し目がちにそちらを見やると、褐色の肌をした、長い三つ編みの髪の小妖精が真珠のような歯をぎらぎらさせて笑っている。この背中の瘤のせいで最近は来客など無かったから、男はためらうことなしに妖精を部屋に入れてやった。
「お久しいことです。」
うつぶせた格好のまま頬杖をついた男の目の前で、小妖精はうやうやしく礼をした。
「そうです、私は歯の妖精です。もう20年以上経ってしまいましたでしょう、あなたがご融資された時から。本来ならば、ご融資の都度、その翌日には25セントをこちらからお支払いするはずでしたが…こちらの不手際で、すっかり手続きが滞ってしまいまして…今日になってようやく利子をたんまり付けてお返しできるようになったという次第です。」
男は少し首を傾げていたが、なるほど、かつて幼い時、抜けた歯を空き缶に入れ、枕元に置いた時のこと、その翌日、歯は消えていたが何の置き土産も見当たらなかったこと、両親が歯を盗んだに違いない、妖精だ何だと嘘をついて自分の歯を植物の肥料にしてしまったに違いないと思って悔し涙を流したことなどを少しずつ思い出してきた。
「それで、ええ、はい、これも本来ならば硬貨をお渡しすべきなのですが…近頃は流行り病で経済が芳しくないことは御存じのとおり。代わりに、金品以外のご要望をなんでも一つ叶えて差し上げます。まあ、できないことも多々ありますがね。」
そう言い終えて満面の笑みを湛えた妖精をぼんやり眺めながら、男は何を要求しようか考えを巡らせた。美女の愛を勝ち取ろうか。いや、魔法で得た愛は、まやかしに過ぎない。それでは、仕事に成功して大金持ちになろうか。いや、今のご時世、周りの人間から妬みを受けること間違いなしだ。
結局、背中の瘤を何とかしてもらうことにした。
幸いにも、妖精の取引先に、どんなものでも噛み砕いて砂にしてしまう獏の類がいるのだという。
「では、ほんの少し目をつむっていてくださいね。ほんの12、3秒だけ…」
言われたまま目を閉じて5つ数えると、引きずるような音を立てて獣臭い何かが背後からやってくるのを感じ、7つ数えたころには、それが背中に乗りかかって瘤をかじり始めるのを感じた。9つ数えたときに一瞬痛みが走ったが、それはすぐに過ぎ去り、12を数えるころにはあたりは静まり返って何の気配もなくなってしまった。
目を開け、男はおそるおそる月を見上げた。すると、おや、背中に瘤ではなく砂の山を背負った男の姿が映っているではないか。
(これはいい。砂丘を背負った駱駝みたいだな。)
妖精に礼を言わなければ、と思って枕元を見回したが、もうあとには月の鏡から反射された光が散らばるだけだった。
すると、今しがた閉めた窓を叩くものがある。月を視界に入れないよう伏し目がちにそちらを見やると、褐色の肌をした、長い三つ編みの髪の小妖精が真珠のような歯をぎらぎらさせて笑っている。この背中の瘤のせいで最近は来客など無かったから、男はためらうことなしに妖精を部屋に入れてやった。
「お久しいことです。」
うつぶせた格好のまま頬杖をついた男の目の前で、小妖精はうやうやしく礼をした。
「そうです、私は歯の妖精です。もう20年以上経ってしまいましたでしょう、あなたがご融資された時から。本来ならば、ご融資の都度、その翌日には25セントをこちらからお支払いするはずでしたが…こちらの不手際で、すっかり手続きが滞ってしまいまして…今日になってようやく利子をたんまり付けてお返しできるようになったという次第です。」
男は少し首を傾げていたが、なるほど、かつて幼い時、抜けた歯を空き缶に入れ、枕元に置いた時のこと、その翌日、歯は消えていたが何の置き土産も見当たらなかったこと、両親が歯を盗んだに違いない、妖精だ何だと嘘をついて自分の歯を植物の肥料にしてしまったに違いないと思って悔し涙を流したことなどを少しずつ思い出してきた。
「それで、ええ、はい、これも本来ならば硬貨をお渡しすべきなのですが…近頃は流行り病で経済が芳しくないことは御存じのとおり。代わりに、金品以外のご要望をなんでも一つ叶えて差し上げます。まあ、できないことも多々ありますがね。」
そう言い終えて満面の笑みを湛えた妖精をぼんやり眺めながら、男は何を要求しようか考えを巡らせた。美女の愛を勝ち取ろうか。いや、魔法で得た愛は、まやかしに過ぎない。それでは、仕事に成功して大金持ちになろうか。いや、今のご時世、周りの人間から妬みを受けること間違いなしだ。
結局、背中の瘤を何とかしてもらうことにした。
幸いにも、妖精の取引先に、どんなものでも噛み砕いて砂にしてしまう獏の類がいるのだという。
「では、ほんの少し目をつむっていてくださいね。ほんの12、3秒だけ…」
言われたまま目を閉じて5つ数えると、引きずるような音を立てて獣臭い何かが背後からやってくるのを感じ、7つ数えたころには、それが背中に乗りかかって瘤をかじり始めるのを感じた。9つ数えたときに一瞬痛みが走ったが、それはすぐに過ぎ去り、12を数えるころにはあたりは静まり返って何の気配もなくなってしまった。
目を開け、男はおそるおそる月を見上げた。すると、おや、背中に瘤ではなく砂の山を背負った男の姿が映っているではないか。
(これはいい。砂丘を背負った駱駝みたいだな。)
妖精に礼を言わなければ、と思って枕元を見回したが、もうあとには月の鏡から反射された光が散らばるだけだった。
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