僕の彼女は婦人自衛官

防人2曹

文字の大きさ
上 下
2 / 6

第2話 紹介後の二人

しおりを挟む
 友達からの交際を始めることになった剛と佳織。
 何も頼まずに今までいたので、とりあえずそれぞれにコーヒーを、女性二人はケーキを加えたケーキセットを頼んだ。しばらくしてコーヒーとケーキセットが来たのだが、剛の隣に座ったままの佳織はそのままそれが当たり前のようにそこであれこれと剛の世話を焼きながらケーキを口に運ぶ。
 
「わ、このケーキ美味しい!」
「ほんと、美味しいねここのケーキ」

 女性陣二人が頼んだケーキに上機嫌である。
 頼んだケーキは、佳織がイチゴのタルトケーキ、あかりはザッハトルテ。ケーキの種類も違うのだが元々女子受けの良いレストランでもあって、見渡すと確かに女子率が高いレストランではある。
 佳織とあかりはお互いに一口ずつ交換し、さらにコーヒーだけ頼んだ剛に一口ずつ食べさせようとするのだが、さすがにそれは断った剛。
 
 ――この人達、自分達がやろうとしていることの意味を分かっているのだろうか――
 
 そんなことを思いながらケーキに舌鼓を打つ女性陣二人を眺める剛。眺める率は圧倒的に佳織の方が長いのは言うまでもない。というか、あかりは職場でも見ている顔であるのもあって新鮮味もないというのもあるのだろうが、やはり自分を「素敵だ」と言ってきた佳織に意識が向いていることは否めないだろう。
 
 自分のケーキを食べ終わった佳織は席を立ち、自分の座っていたところから鞄を取って剛の隣に戻ってくると、
 
「新田さんRINEやってますか?」

 と剛に聞くと、剛が「はい」と答えてきたので、「じゃあ交換しましょう」と剛が携帯を出す間に佳織は自分のアカウントのQRコードを出し、それを剛に読ませると、剛に一言メッセージを送ってもらった。
 剛はどんなメッセージを送ったのかというと、「テスト」の一言である。まあプログラマやってると、仕事柄テストメッセージを送ったりもするので、ついつい「テスト」と送ってしまったのであるが、それが職業病に近いものであることの認識は剛にはない。まぁ職業病とは人に指摘されないと気付かないものだったりもするのだ。
 剛から「テスト」メッセージを受け取った佳織は、その一言メッセージが新鮮だったようで、佳織からも剛へ「テスト」とメッセージを返した。
 さらに電話番号もお互いに1コールずつ鳴らして番号交換すると、次会う約束をしようという事になり、翌週はお互いに都合が悪かったため、翌々週土曜日に会うという事にした。どこに行くかについては、佳織がぜひ行ってみたいという場所があるらしく、そこに行くことになった。
 
 そして、三人それぞれに会計を済ませて店を出ると、剛と佳織の紹介イベントは解散とすることにした。
 
「新田さん、再来週の土曜日楽しみにしてますね。忘れちゃだめですよ?」

 と佳織はおもむろに剛の手を取ってそう言ってきた。
 
「あ、は、はい。こちらこそ、楽しみにしています」

 とやっぱり緊張している様子の剛。まあこれまで女性と交際した事のない剛にとっては今この瞬間が人生初めての経験であるわけで、緊張しないわけがないともいえる状況でもあった。
 
「では、僕はここで失礼します」
「うん、気をつけて帰ってね新田君」
「新田さん、またRINE入れるので、気が付いたらお返事いただけると嬉しいです」
「わかりました。気が付いたら返信入れますね」

 と三人は分かれた。
 
 剛を見送った後、あかりと佳織はデパート内を回ることにした。
 いくつかのショップを見て回って、二人共にこれといった服には出会えず、二階まで下りてきたところで、佳織が「これ良いな」とマネキンに着せられた秋服をあちこちから見て言った。
 
「佳織らしいな。自衛官なのに女の子らしい服をきるんだよね佳織は」
「えー、それ言ったらあかり先輩なんていっつもカッコいい服着てるじゃないですか。ぶっちゃけ隣にいると引き立て役にしかならないんですよ?」
「そんなことないだろ。私よりも佳織の方が断然良いと思うけどなぁ。私だって就職してから一度も告白とかされてないぞ?」
「それって、あかり先輩がクールすぎるのがいけないんじゃないんですか? あかり先輩もっと緩くなったらきっとモテモテですよ。美人さんなのにもったいないです!」
「美人ねぇ――私にはさっぱりわからんわ、それ――」

 と、佳織がショップで色々見だした時、
 
「ねえ佳織、本当にあの子でいいの? もっといい人いるんじゃないの?」

 とあかりは何気に佳織に尋ねると、
 
「あかり先輩、それ失礼だよ。私は、新田さん素敵だと思うよ? もちろん気になるところがないわけじゃないけど、きっとそういうところも含めて新田さんだと思うし」

 と佳織はあかりを見ることなくそう返した。
 
「そっか。なら今んとこ安心かな」
「ねえ、あかり先輩。新田さん、会社でそんなに浮いてるの?」
「ん、まぁ――浮いてるというか今日ので少しはわかったと思うけど、コミュ力がね」
「あ、そういうのって、きっと安心できる人に愚痴ったりすることができないからなんじゃないのかな、って私は思うけどなぁ」

 と言った佳織はお目当ての服が見つかったようで、
 
「あかり先輩、写真撮って写真!」
「はぁ?」
「いいからいいから」
「まったく――」

 佳織がお目当ての服を体の右側に掲げたところであかりが撮影する。
 写真を撮った後、佳織は試着してお目当ての服を購入。さらに購入した袋を持ったところをまたあかりに撮影してもらって、その画像と一緒に剛にRINEを送った。


 一方、その頃一人別れた剛はというと、 自宅に戻ってペットのミニチュアダックスフントを散歩に連れて行こうとしているところだった。

 キンコンキンコン

 スマホが何かを受信した通知を出してきたので、スマホを見るとRINEを受信したと出ていたので見てみると、佳織からのRINEだった。

 『新田さん、今日はありがとうございました。
  それから今後ともよろしくお願いいたします!
  送った画像は今日買った服です。
  次の食事に行くときに着ていくので楽しみにしていてください。』

 メッセージの他に2枚の写真もあった。
 1枚目の写真には、佳織の右側にベージュのワンピースが写っており、2枚目にはそのワンピースを買ったのであろう、ショップの紙袋を抱えた佳織が写っていた。
 写真の佳織は可愛いなと思うのだが、それをどう表現していいのかわからない剛は、一言だけでもメッセージを返しておくことにした。

 『はい、当日、楽しみにしています』

 味気ないメッセージである。
 そのことは剛本人もわかっているのだが、いかんせんコミュニケーション力が欠如している自分としてはどうしていいのかわからない。
 そんな飼い主を見上げる赤毛のミニチュアダックスフントが一声吠えた。散歩に行けると楽しみにしている中、その楽しみを飼い主の都合でスタートできないでいる状態を変えたくての催促なのだろう。それこそ「早く行こうよ」とでも言っているのかもしれない。
 
「そうだね。あ、ちょっと待ってくれよファルコン」

 と、剛はファルコンと呼ばれたミニチュアダックスフントを抱き上げると、そのまま自撮りした。
 味気ないメッセージだけでは失礼かもしれないと思い、剛は抱き上げたファルコンと一緒に自撮り写真を佳織のRINEに載せて、『これから犬の散歩に行ってきます』と一言メッセージも付け加えた。
 それでよかったのかどうかはわからないが、ただ自撮り写真を送るなんてなんか自分らしくもないと思ったものの一度載せた画像を削除するのは逆に失礼かもしれないとも思い、そのままファルコンの散歩に出かけるのであった。
 
 ファルコンの散歩は約30分のいつものコースだ。大型犬なら30分とか短いのかもしれないが、小型犬のミニチュアダックスフントなら30分でも結構な運動量になる。ただ、これだけ毎日やっているのに剛の体型は変わらないのも不思議なところだ。
 
 
 
 その日の夜――
 駐屯地に帰り外出証を当直に返し婦人自衛官WAC隊舎の自室に戻った佳織はジャージに着替えると入浴道具と着替えをもって隊舎内のシャワー室に向かった。
 帰る途中、剛からの返信に気が付き、剛と一緒に写るダックスフントの名前が気になって、犬の名前は何というのか、という返信を出していたのだが、まだ返信はなかったので明日くらいに返信があるのかもしれない。
 
「あ、伊藤三曹」

 シャワー室に入ったところで、佳織は一人の婦人自衛官に声を掛けられた。
 声の主は下川恵里菜三等陸曹という駐屯地業務隊の婦人自衛官だった。
 下川三曹は美人と言われるがどちらかといえば可愛い系で、基地通信の鳴無三曹というイケメンだと言われる男子隊員と駐屯地内でデートをすることでも駐屯地内で名の知れた人でもあった。
 佳織とは初級陸曹教育前期課程の同期で、会えばよく話をする間柄でもあった。
 どうやら下川三曹もこれからシャワーを浴びるところらしい。
 
「あら、恵里菜ちゃん。今日はシャワー室こっちなの?珍しいね」
「はい、今日はちょっと出かけてて」
「あら、珍しいじゃない。外でデート?」
「いえ、ちょっとお姉ちゃんのところに行ってました」
「あ、成美かあ。彼氏は置いてけぼり?」
「彼、今日勤務で――」
「あ、なるほど。基地通信だもんね」
「です。伊藤三曹は外出だったんですか?」
「うん。ちょっと高校の先輩に男の人紹介してもらってて」
「そうだったんですね。どうでした?」
「いい人そうだったよ。イケメンじゃないんだけどね」
「男の人って顔じゃないですもんね」
「あら、恵里菜ちゃんの彼氏はイケメンじゃない?」
「え? ま、まあそう言われますけど、私が好きになったのって彼の顔とかじゃないので――」
「あらご馳走様」
「え? もう、からかわないでくださいよ伊藤三曹」
「あはは。じゃあ入っちゃおうよ。使う人いるかもしれないから」
「あ、そうですね」

 二人はそれぞれのシャワー個室に入った。
 
 シャワーを出た佳織は、洗面所に行くとドライヤーで髪を乾かした。

「新田剛さんか――気弱、でもなんか温かそうな人だったな――」

 と、剛があかりに涙を浮かべながらキレたところを思い出した。
 
「んー、あれって結構辛い経験をしたってことなんだろうなぁ――」

 そこで佳織は姉の美佳みかを思い出した。
 佳織には年の離れた姉が二人いる。そして美佳は長女に当たる
 美佳は大学卒業からOLとなり、そこである男性と交際し、半年後妊娠が発覚。しかし相手には家庭があることが発覚。美佳は中絶を選択したのだが、その後美佳は引きこもってしまった。美佳の相手の男は面食いだった美佳が好むルックスのイケメンだった。それがきっかけとなり、まだ小学生だった佳織は人気の男性アイドルには興味を示さなくなった。
 引きこもる中、時折泣き叫んでいた美佳と剛とを重ね合わせていた。
 
「私に何かできることあるのかな――できること、あると良いな」

 と、肌の手入れを済ませた佳織が部屋に戻ると、同じく外出していた同室で佳織と同じ第4通信大隊第1中隊の2年先輩の柳沢綾子三曹が帰ってきていた。
 
「あ、佳織、携帯が鳴ってたよ」
「あ、ありがとうございます柳沢三曹」

 柳沢三曹は所謂ゲーマーだ。別にコミュ障というわけではないのだが、とにかくネットゲームが大好きで、今日はそのゲームイベントで外出していたのだったが、何かいいことがあったのかニコニコしている。
 
「柳沢三曹、なんかいいことあったんですか?」

 佳織はスマホを開きながら柳沢三曹に尋ねると、柳沢三曹は「わかるー?」と体をくねくねさせて答えてきた。
 
「いやあ、彼からプロポーズされちゃってさぁ」

 と、ニヘラーとだらしない表情で言う柳沢三曹。
 
「え、そうなんですか? おめでとうございます!」
「ありがとー! いやぁもう、この幸せを佳織にもお裾分けー」

 と柳沢三曹は佳織に背中から抱き着いてきた。
 こうなるとウザいのが柳沢三曹だったりもする。柳沢三曹の彼氏は外の人で動画配信サイトにゲームの実況動画を上げて生計を立てている人らしく、年収もそれなりに高いとも言っていた。

「あら、佳織。この人誰?」

 柳沢三曹は男っ気のなかった佳織のスマホのRINEに送られてきている剛の画像を見て佳織に尋ねた。

「え? あ、この人は今日高校の時の先輩に紹介してもらった人なんですよ」
「へえ、でも紹介した人。趣味あんまりよくないというか……まあ佳織が良いなら構わないんだけどね」
「まあルックスはそんなに、ですけど。何かしてあげたくなっちゃう人というか――」
「そう言われてみれば、小動物みたいにも見えなくもないわね」
「小動物ですか――」

 言われればそう思えなくもないかなと思う佳織。
 それを読み取ったのか柳沢三曹はニヤリとして佳織の頬を指を突つく。

「もうやめてくださいよー」
「いいじゃん。でもさ、佳織の趣味ってよくわかんないのよねぇ」
「なんですか?」
「だってさ、佳織ってルックスいい人から声かけられても素通りするよね」
「んーそれは何というか、趣味っていうか軽い感じがして――」
「あーそれはなんとなくわかるかなあ。例のドケチだってルックスいいのが原因なのか、軽いイメージあったもんねぇ。業務隊の下川ちゃんが付き合ってるけど、下川ちゃんみて、ドケチって硬派なんだなあって思ったもんなぁ」
「ドケチって――まあ鳴無君は確かにあのルックスが逆効果になってるなとは思います」
「あ、佳織ってドケチと同期なんだったっけ?」
「です。あと恵里菜ちゃんのお姉さんの成美とも同期ですよ」
「あ、そっか。成美と佳織って同期だったもんね」
「です。鳴無君はルックスがああじゃなかったらいい人だなぁと思ってましたよ」

 と佳織が言うと、柳沢三曹は抱き着いたままニヤリとすると、佳織の頭を撫でる。

「おや、佳織ってドケチに脈あったんだ。それは可哀想だったわねぇ」
「もう、やめてくださいよ。子供じゃないんだからぁ」
「子供じゃないからやってあげてんのに」

 と柳沢三曹は言いながら佳織の胸に手を置いてもむように動かしてくる。

「や、やめてくださいよ、柳沢三曹!」
「えーいいじゃん、減るものんじゃなし」
「減りますよー」
「いんや、あたしは増えると思うよー?」

 と柳沢三曹はさらに手を動かしてくる。

「や、やですって。あ、なんか変な感じが!」
「お、イヤもイヤよも――」
「ち、違いますって! あ! やだ――」
「お、佳織っては良い顔になってきたじゃん」

 と柳沢三曹は佳織の手からスマホを奪うと、カメラを自撮りモードにして佳織の朱に染まった顔を撮影した。

「あ、撮らないで」
「ふふーん、この画像。あの彼に送ったらどんな反応するか見てみたくない?」
「やだ、恥ずかしいからやめてください!」
「エー。だって佳織をちゃんと見てくれる人か確かめられるじゃん」
「そんな方法で確かめなくていいですって!」
「もう、そんなに遠慮しなくてもいいって。どうせ今も佳織を思い出して自家発電してるかもよ?」
「自家発電って――」
「あら、初心な佳織にはわからないかなぁ。男が一人ですることなんだけど――」

 と柳沢三曹に言われて、剛が自家発電する様を想像してしまう佳織。そして途端に耳まで真っ赤になる佳織。

「あら、想像しちゃった? なら確かめようよ」
「ヤダ! 新田さんはそんな人じゃないもん!」
「あら、これはもしかして――」
「ち、違うもん! まだ今日会ったばっかりだもん!」

 と、佳織が強めにそういうと、柳沢三曹は佳織から体を離した。

「これは、佳織。もしかして自分の気持ちに気が付いてないのかな?」
「え、なんですか?」
「しらなーい。さ、そろそろ消灯だし寝よ寝よー」
「あ、柳沢三曹ー!」
「ほらもうすぐ消灯なんだから、佳織もベッドに入りなねぇ」
「柳沢三曹ぉー」
「しらなーい。ほらほら、いい子はお休みの時間だよー。あたしはいい子だからもう寝るー」
「もぉー!」

 翌日、佳織は部隊の消防班で営内待機。対して柳沢三曹は今日も外出だからと朝もそうそうに出て行った。
 何やらプロポーズしてきた彼氏と今日も会うんだとか。

「べ、別に羨ましいとか思ってないもん!」

 と、営内で1日悶々とする佳織であった。 



 翌月曜日――。
 剛はいつものように7時に起きて母親の用意してくれた朝食を食べて通勤した。
 朝食の心配をしなくてもいいのは実家暮らしの利点でもある。一人暮らしでは朝食からの心配をしなくてはならないわけで、その点剛はいらぬ心配をしなくてもいいので楽っちゃ楽な朝である。ただ、6つ離れたちょっとブラコンの入った世話焼きな妹の相手をしなきゃいけないのが付かれるといえば疲れるのだが――。

 いつも通りの出勤ラッシュの電車に乗ってぎゅうぎゅうに押し込まれる中を耐えてほぼいつも通りの8時40分に会社に到着した剛は、自分の席のPCの電源を入れて剛自身のアカウントで社内ネットワークにログインした。
 この会社では、社内で仕事をする社員についてはPCの電源を入れたり切ったりした時間が出退勤時間として扱われる。
 営業や営業について回る必要のあるSEが直帰するときには会社配布のスマホから会社サーバーにアクセスして所定のボタンを押すことで終業時間として登録される仕組みになっているのだが、そのアクセスした時間にどこにいたのかという位置情報まで記録されてしまう仕様になっているため不正を行うとすぐにバレる。まぁそれでも不正を行う社員はいるらしく、特に営業部長は結構頭を抱えているらしい。

 9時ちょうど。
 いつものラジオ体操が始まった。飛んだり跳ねたりは上下階への騒音防止のためにもしないのだが、こうして体を動かすことで脳が活性化する。そして内勤の人間にとってはちょっとした運動不足解消法にもなっていたりもする。
 ラジオ体操が終わると、朝礼だ。
 株式会社ブロンでは毎朝1人が持ち回りで1分間スピーチを行う。これはお互いのコミュニケーションをとるための策でもあるが、こうして1分間で終わるスピーチを行う事で、客先での端的な提案を行う事にも寄与していたりもする。ラジオ体操とこの1分間スピーチは会社がスタートしてからずっと続けている社風みたいなものでもある。そのため、中途採用で入ってきた社員はこの社風に面食らっていたりもする。
 朝礼後は通常業務へと戻るのだが、朝礼後一発目に進捗確認等のミーティングを行うプロジェクトもあったりする。進捗確認を行う事で、今どのフェーズにあるのか、どこがどれくらい進んでてどれくらい遅れているのかを確認できるし、確認することでどこにどの程度のヘルプが必要なのかも明確になる。これはシステム開発においては最も重要視される確認フェーズでもある。これがもし格段に遅れていたりすれば泊まり込みでの24時間体制開発業務に移行したりもする。まぁこういうことが起こるため、IT業界はブラック企業が多い等と言われていたりもするのだ。
 まあ、そう言った場合、だいたい4つのことが考えられえる。

 1.基本仕様そのものがおかしい
 2.プロジェクトマネージャーの開発スケジュールの見通しが甘い
 3.システムエンジニアがあらゆるフェーズで大忙しの状態にある
 4.予算不足で開発人員が異常に足りない

 2、3はPMの能力不足や顧客との確認不足が考えられ、1、4は顧客側が無理を押し通してきたりしてPMもそれを飲むほかなかった状態が考えられる。つまり、1と4は顧客の責任度が高い場合も考えられるのだが、PMはかなり大変で能力に欠如した者が行えるほど簡単なものではないという事なのである。
 
 そして剛が関わっているY社ウェブシステム開発の進捗会議が朝礼後一発目に行われる日であるので、剛はノートPCとメモ用紙とボールペンをもって会議室に行った。

「えー、Y社の開発フェースだけれども、現在はクラス開発とDBデータベース開発が終わり、タブレット端末で使用するアプリ開発と内部システム開発にあって――」

 まあこんな感じで会議が進行していく。
 剛が関係しているのは、アプリ開発の中でもアプリのバックエンドプログラムとシステムインテグレーションとのインターフェイス部分になるのだが、そこは開発と個体テストは終わっていて、連結テストを待っている段階である。
 このフェーズに入ったのが先週のことなので、1週間でこのプログラムの開発を終えたという事になる。
 というか剛にとって今回のプログラムはぶっちゃけ1日半で開発を終えたので、大した工数を取ったというわけではない。ないのだが、プロジェクトとして見積もった開発工数は1.5Wつまり1週間半、実働日数で言えば8日を取っていたのだが、このフェーズに関してはあっという間に終わってしまっているというわけであるので、すでにほかのプログラム開発終了を待っている段階であったりもする。そのため、他のプロジェクトのプログラムを書いており、それも工数をはるか余裕をもって終わる算段が付いていたりもする。

 会議も終わりノートPCを閉じようとしたところ、剛に1件のチャットが届いた。
 そのメッセージの送り主はあかりで、そのメッセージは次のようなものだった。

 『昼休み、一緒に食事に行こう』

 ――中沢さん? どうしたんだろ?――

 とりあえず、

 『わかりました』

 と返信を送った。

 

 その日の昼――
 あかりが剛に

「新田君、ちょっと相談したいことがあるからお昼一緒に行こう」

 と声を掛けてきたので、「わかりました」と剛はあかりと一緒にオフィスを出た。
 普段、弁当持参のあかりが他人とランチするとかなかったことなので、オフィス内があれこれとあかりと剛の関係を色々勘ぐったのだが、結局――

「中沢主任が、あの新田ちゃんと――ないわー」

 という事で片付いてしまった。
 

 で、一緒に出て行ったあかりと剛の方はというと――
 ビル裏の天ぷら専門店に来ていた。ココは余りこまない事で知られた、多少ゆっくり食べても支障のないところだ。
 というか、先月近くにできた定食屋にお客を取られてしまったというのが正解ではあるのだが――。

 二人は話もせずに天ぷらランチを黙々と食べていた。
 食べ終わったあかりは一口お茶で口直しをすると、まだちびちび食べている剛に声を掛けた。
 剛は食べながら、何だろう? とあかりを見る。

「新田君、今後は生きたくもない合コンへの参加はしない方が良いわ。いえ、しちゃダメよ?」
「どうしてですか?」
 
 剛は突然出た話に頭が付いていかない。

「あのね、新田君は友達としてでも佳織をお付き合いをするんでしょ?」
「え? あ、まぁ。そういう事になりましたが――」

 あかりの問いに剛は他人事のように答えたのだが、あかりはその返答が納得いかなかったようで、

「あのね、新田君。私が佳織をあなたに紹介したのは、あなたが行きたくもない合コンで自分をすり減らしてほしくないからってのもあるの。それに新田君なら佳織のことを理解してくれるとも思ってるから紹介したの」

 あかりがそう言っても剛は「はぁ――」という反応しか返ってこないことに、あかりは煮え切らない剛に苛々を募らせた。

「もう! とにかく、合コンへは行っちゃダメだからね!」

 とあかりが強く言っても剛にはなぜダメなのか理解できない。

「あの、なぜ行っちゃダメなんですか?」

 剛の返答にあかりは頭痛がしてきて、額に手をついた。

「あのね、新田君。あなた恋人ができても合コン行くの? 結婚しても? そんなに合コンが大事なの?」

 というあかりの言葉でようやく剛にも理解できた。しかし――

「あ、それは行っちゃダメですよね。でも伊藤さんは恋人ではなく友達なので――」
「それがいけないことだっていうのがなぜわからないの? 新田君は合コンでたくさん女の子を見ていたいだけなの?」
「い、いえ。そういうわけではないのですが、頭数が足りなくて僕が行くことで役に立てるのなら――」
「あ、の、ね。だからそれが余計なことだから行っちゃダメだって言ってるの! そんなことしても新田君には何の役にも立たないでしょ? ただお金使って、バカにされたり空気になっていたり、それのどこが役に立ってるっていうの? あなたが行くことで役に立ってるっていうのは、合コンでしか彼氏彼女を見つけられないバカ達だけなの。そんなバカに構う必要なんてどこにもないの。自分の価値を下げるようなことをしちゃダメだよ」

 ここまで言われて、剛はようやくあかりの言う意味を理解した。

「すみません、僕、頭悪いから中沢さんにここまで言ってもらわないと理解できないなんて、情けないですよね――」

 と、剛は視線を落とした。

「い、いえ。そんなことを言いたいんじゃないのよ。新田君はもっと自分の幸せを考えていいと思うの。それに佳織だってあなたとの食事を楽しみにしてるんだからね」
「あ、はい。中沢さん、何から何までありがとうございます。こんな僕のために」
「あのね、その『こんな僕のために』ってのはやめなさい。新田君には新田君の魅力があるんだからね」
「そ、そうなんですか?」
「そうじゃなきゃ、あの佳織が男の人との食事を楽しみになんてしないわよ」
「あ、ありがとう、ございま、す?」
「あのね、なんでそこで疑問形なのよ」

 あかりがそう言って噴き出すと、剛もつられて笑った。
 その時、あかりと剛の間には良い雰囲気の空間ができていた、のだが、当の二人には気付くことはなかったのである。
しおりを挟む

処理中です...