大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

援軍と加速

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その後というか、メッセージが来てからの話だが。
まさか先に帰したアゼロスがアーネを担いでやって来るとは思ってなかった。
いや逆か。アーネがアゼロスをおぶって走ってきたのか。
メッセージに出た瞬間、『あっ!いまっ、したっ、わっ!!』と叫ばれて何事かと思えば、アーネがとんでもない速度で走ってきたのだから驚いた。
曰く、アゼロスのスキルは《加速化》だそうで、ニケの《超加速》とそっくりだが、微妙に違う能力らしい。
ニケの方は本人が異常な速度で動くスキルだが、アゼロスのスキルは自身以外を異常な速度にする能力らしく、靴裏を見せてもらった所、小さな車輪が足裏にくっついていた。スキルを使って逃げたり詰めたりする時はこれを加速させるのだそうだ。
とは言え、ニケ程早くなるには元々かなりの速度が必要になるらしく、それで今回はヤギから逃げられなかったようだ。
「きゅっ、急にっ、めっせ、めっ、メッセージがっ…切れるからっ…ふーっ、ゴホッゴホッ!!」
「とりあえず黙っとけ。まずはゆっくり歩き回って心拍数落ち着けろ。話はアゼロスに聞くから」
へたり込みたくなるのは分かるが、全力疾走して急に座り込むと逆にキツイからその辺うろついてろと言っておく。
体力が元々無い魔法使いが、こんな荒野を走り通せばどうなるかは目に見えていただろうに…
「で、アゼロス、なんでアーネとお前が帰ってきた?」
「その、僕がアーネさんに会った時に、レィアさんが魔獣の相手をしていた事をアーネさんに言うと、僕に場所を聞いて走り出そうとしていたので…」
「してたから、アーネを走らせて援軍に来たと?」
「僕がアーネさんをおんぶ出来たら良かったんですけど、流石に体格的に難しくって…」
「………。」
正直言うとありがた迷惑だった。
実力が足りずに逃げた奴と体力切れ寸前の魔法使いを送られた所で、所詮はお荷物が増えると言う結果でしかない。
もしももうあと十分早く到着していれば、俺の戦闘はもっと困難なものになっていただろう。
そういう思慮の浅さもまた一言言ってやりたくなったが、それも溜め息となって逃げていってしまった。
いつかきっと、彼もそれを痛感する時が来るだろう。
だがそれは、一朝一夕の知り合いから言われた程度で知る事は出来ない痛みだ。
今の俺が言った所で、彼のへそを曲げるだけの結果になりかねない。
願わくば、彼がそれに早く気づき、立ち直ってくれることを祈ろう。
「どうかしましたか?」
「いんや、なんでもない。ところで連絡はしたのか?」
「連絡…?」
分からないと小首を傾げるアゼロス。
ふむ、彼よりこっちに聞いた方が早そうだ。
「おいアーネ、ユーリアに連絡したのか?」
「はい?えぇ、ちゃんとアゼロスを保護したと寮を出る前に言っておきましたわよ」
ようやく息の整ってきたアーネがそう答える。
「よし、ならそろそろユーリアが戻って来る頃か。アゼロス、アーネと一緒に抱えるからスキルで早くしてくれ」
「良いんですか?慣れて無かったら結構大変ですよ?」
「舐めんなよ。魔法使いアーネに出来て俺に出来ないわけがないだろ」
金剣で身体を軽くしたかったが、刃の無い金剣は効果を発揮しないので仕方ない。マキナで手足の筋力をあげる程度しか出来ないが…何とかなるだろう。
髪で二人を抱え、クラウチングスタートの構えをとる。
「それじゃ行きますよ…」
「あぁそうだ、俺からも言っとく」
アゼロスの話を聞く限り、彼の能力は対象の動く速度に比例して効果が上がる。
つまり…
「絶対に吐くなよ。洗うの面倒なんだから」
「はい?──ぇんっ」
全力で走り出した俺の身体に、不思議な風が後押ししてくれるような感覚があった。
──これが《加速化》の力か。
「ちょ、とまっ、レィっ」
「喋んなよ。舌噛むぞ」
一応猿轡(髪)でも噛ませとこうか。いやでも涎でベトベトになるのも嫌だし、砂と血にまみれた髪を噛まされるのも嫌だろう。
それは最後の手段にしとこう。
ちなみに、寮に着くまでに掛かった時間は僅か三分だった。いいスキルだよな、ホント。
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