大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

魔王と条件

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「《魔王》は魔法…?生きてさえいないのか?」
「生きてる。いや、生きているが、お前の言う生きているとは定義が異なるか…特殊ユニットはあくまで生きていることが前提となる。それは武器であった《比翼の剣》もそうだ。いわゆる核の様なものがあって、それを破壊すれば死ぬ」
生きているが生物であるとは限らないという事だろうか。
「《魔王》は…少なくとも私と戦った《魔王》は、常に全身を黒い魔力で覆っていてな。触れるだけであらゆるものを削り壊す…と表現したらいいのか。ともかく、血界すらもほとんど効かないような絶対の防御と絶対の攻撃を併せ持つような奴だった」
「どうやって…《魔王》を倒した?」
「死ぬまで殴られた。私が死んだ。死ぬ間際、捨て身の一撃が偶然入って互いに死んだ。それだけだ」
実に簡潔に、淡々とヤツキが言う。
「当時の私の能力は…なんと表現したらいいか。簡単に言うと、倍率を操る能力でな。文字通りの全てを注ぎ込んだ捨て身の一撃を叩き込んだら、《魔王》の中の術者が死んだらしい。一撃の反動で私も死んだが、向こうも術者が死んだから《魔王》は止まった。そういう理屈…だと思う」
「《魔王》は魔法で、使用すると術者を乗っ取って発生。黒い魔力に覆われて、そもそも触れることが出来なくて血界も効果がない。当時のシャルが全力の一撃をぶち込んでようやく中の術者が死んだから《魔王》も止まって相打ちになった…」
「大体合ってるな。ひとつ訂正するなら、血界は効果がないんじゃなくて、出力が足りなかったと言うべきか。向こうも何らかの方法で相殺とまでは言わないまでも、血界を減衰させていたのは確かだ」
「は、ははっ…」
思わず笑ってしまう。
「どうやって勝てってんだよ」
《勇者》とは、生まれながらにして魔法が使えない存在であり、物理戦闘しか出来ない存在だ。
その魔法の代わりに使えるのが血界であり、魔法への対策としてあるのが魔法返しだ。
そして《魔王》は皮肉な事に、そもそも触れることの出来ない黒い魔力と、血界を減衰させる何かを持っている。
これじゃあまるで《勇者》と魔族のような天敵ではないか。
極めつけに、今まで倒したと言われていた先代の《勇者》も、厳密には《魔王》そのものではなくその中の術者を倒しただけ。
未だ《魔王》は倒せておらず、そしてその突破口を知る者はいない訳だ。
いや、そもそもが──俺は《勇者》ではないらしい、のだが。
「勝つ方法…そうだな、《魔王》の出現にはいくつかの条件があると私は踏んでいる。でないと私以前の《勇者》が一度以上遭遇しているはずだ」
そう言ってヤツキが数え始める。
「ひとつ、魔族でも容易には準備できないような膨大な魔力。ふたつ、それに耐えうる器となる術者。最低でもこれだけは間違いない。あまりの密度に黒く変色し、質量さえ持つ黒の魔力を保持する為の魔力、そしてそれを扱いきってもなお耐えうる術者。だが、それだけならとっくの昔に《魔王》は出ているだろう」
「つまりなんだ、まだ条件があるって事か」
「恐らく。話に出ていたシエルという半魔族も外部から膨大な魔力を注ぎ込まれ、それでも耐えていた。それでも《魔王》が出ないというのなら、まだ出現の条件があるのだろう」
なら、当面はその条件を調べて潰す事がシエルの《魔王》覚醒を遠のかせる方法になる、ということか。
「私が《魔王》について言えることは…分かることはこの程度だ。すまない」
「わかった。ありがとうヤツキ」
俺は礼を言って、踵を返して歩き始める。家に帰ると荷物を掴み、すぐさま家を出る。
目的地は決まっている。
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