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第2章

2 親友英司①

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 刺すように冷えきった夜の街にちらほら雪が降り落ちてくるのを、コートのポケットに手を突っ込んだまま見上げていた。
 今日は仕事帰りに途中下車して、新橋駅しんばしえきのSL広場前で友人と待ち合わせている。

 ポンと肩をたたかれて、空からそっちに視線を下ろすと、待ち合わせの相手、英司えいじが軽く手を挙げてみせた。
「よ」
「おー」
 英司は大学の同期で、既婚、子持ち。仕事は食品パッケージのデザインをやっている。
「どこにする?」
「久しぶりに焼きとん食べたいなー」
「じゃああっちだな」
 雪で濡れた歩道を烏森口からすもりぐちのほうへと歩き、以前にも二人で行ったことのある焼きとんのうまい小さな居酒屋に入ってカウンターに座った。

「最近息子が反抗期でさぁ」
 焼きたての串を「あふい」と言いながら口の中で冷まし、どうにか噛んで飲み込み、「うまい」と言った後、英司は中学生の息子の話を切り出した。
 俺はその様子を見たので、先にお通しに箸をのばして串が冷めるのを待ちながら、英司の話に耳を傾けた。
「自分も通った道とはいえ、大変だなぁ、反抗期ってのは。何言っても否定の言葉しか返ってこないし、写真なんて完全拒否されるから、悲しくって」
「最近の子どもも反抗期あるんだな」
「あるだろ。はぁ……、ずっとパパって呼んでたのに、父さんとか呼び始めるし……」
「父さんは普通だろ。クソジジイって言われないだけありがたく思えよ」
「なんか息子に言われてる気分……」

 英司はスマホを取り出して、ホーム画面の壁紙に目を落とした。
 そこには、小学校高学年くらいの男子がピースサインで微笑んだ、自撮りくらいに近い距離の写真が、色とりどりのアイコンを画面の縁に押しのけて表示されている。
「少し前までこんなにかわいかったのになぁ……」
 写真を見ながら、英司はため息をつく。

 父親が娘を溺愛するのはなんとなくイメージできるが、英司は息子を溺愛している。下にもう一人娘が生まれた後も、長男への愛情は衰えないようだった。
 対子どもとなると何も言える立場じゃない俺としては、慰めの言葉ひとつ掛けてやれないが、恐らく英司も俺の慰めなんて欲してないだろう。

「お正月もさぁ、妻と娘が二人で買い物行くって言うから、息子に『俺たちもどっか出掛けるか?』って聞いたら、こっちを見もしないで『行かない』って言うんだぜ」
「もう親とは出掛けたくないんだな」
「こんなにかっこいいパパの何がそんなにイヤかねぇ……」
「そういうとこじゃね?」
「お前は? 最近なんかあった?」
 スマホをポケットにしまいながら、英司がこちらに視線を向けた。

 こいつと前回会ったのは十二月に入った頃。
 職場が赤坂見附と浜松町はままつちょうで近いこともあり、普段は月イチくらいで会っているが、年末年始を挟むうちにタイミングを逃し続け、しばらく間が空いていた。
 だから、もう二月も終わるというのに、この二ヵ月の俺の変化を英司は知らないままだ。
「あー……、お前ソフレって知ってる?」
「添い寝フレンドだろ?」
 即答する英司に、俺は素直に感心した。
「すげーなお前。俺知らんかったわ」
「知ってるだろ、普通」
「どう思う? ソフレ」
「うーん、すぐセフレになりそう」
「だよな……」
 俺も最初はそう思っていたし、今も自分たちの関係を不思議に思っている節はある。
「何、ソフレがほしいの? お前は無理だろ」
「できた」
「は?」
「ソフレができました」
「はぁ!?」
 息子の話から意気消沈して元気のなかった英司の目が、急に強い意志を宿したので、俺は笑いそうになった。
「え、大丈夫か……?」
「いや、それが、意外と」
「まじか……。え、克服できそう?」
「あ、そういう感じじゃねんだよな」

 英司は離婚に際して俺に起こった経緯を全て知っている。
 だから、俺が女とつき合わない理由がわかっている。 
 英司から見れば、俺が女と一つのベッドで眠れるようになったなんて大事件だろう。
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