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第2章

1 外れた二人⑤

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 ふと、寝室側の壁に飾ってある絵の群に目が留まった。
 壁沿いに置かれた低めの本棚の上のスペースに、一枚一枚簡素な額縁に納められた小さな絵画が十枚ほど、不規則に点々と並んでいる。
 部屋に飾るにはけっこうな数なので、実は前回来た時から気にはなっていたんだけど、聞かずじまいだった。

「あの絵、理雄先輩が描いたんですか?」
「よくわかったな」
「なんかタッチが先輩ぽいと思って」
「まああれはレプリカというか、コピーなんだけどな。しかも縮小」
「え、現物は?」
「売った」
「え!?」
「インテリアとして一作数万円くらいで売れるんだよ。オーダーだと倍以上もらうけど」
「は!?」
「は?」
「自分の絵を売ってるんですか?」
「売ってる」

 か、考えたこともなかった――!
 私なんてSNSに垂れ流してるだけなのに、同じ業務外の制作で理雄先輩はお金を稼いでいる。

「先輩……。趣味ないって言いながら、たくさんあるじゃないですか……」
「そうか? まああれは趣味というか副業のつもりだしな」
「副業禁止なのに」
「バレなきゃいいの」
 先輩がそんな問題児だったなんて、知らなかった。

「なんかつき合い長いのに、まだまだ知らないこといっぱいありますね」
「本当のプライベートまでは見せてこなかったからな」
「……嫌じゃないですか? 踏み込まれて」
 この部屋で添い寝を始めるにあたって、内心少しだけ気になっていたことを、勇気を出して聞いてみた。
 すると、先輩はうーんと考え込んで、
「いや別に。お前に知られて困ることも特にないしな」
 それを聞いて、ほっと胸をなで下ろす。
 けっこう強引にここまで進めてきちゃったけど、先輩も私がいることをマイナスに思ってはいないらしい。

「じゃあ週一くらいで来てもいいですか?」
「いいけど、とりあえず今夜シラフで寝てみてから決めれば?」
「あははっ! そうします」
 やっぱり理雄先輩って居心地がいい。
 それは、先輩が私に恋愛感情を向けないからであって、私のことをよく知った上で一人の人間として大事にしてくれているようで、安心できるからだ。

 寝支度を整えて、寝室でベッドに寝ころがってSNSのTLタイムラインをスクロールしながら待っていると、シャワーを終えた理雄先輩がチャコールのシックなパジャマ姿で部屋に入ってきた。
「あれ、起きて待ってたのか」
「もちろんです。今日はしっかりソフレを実感して寝たいので!」
 そう言うと、先輩は少し笑った。

 それにしても、気になることがある。
「先輩、その髪セットしてないですよね?」
「え? ああ、癖毛でな……」
「そうなんだ!!」
 先輩の髪は短めで、普段はワックスで無造作に散らして額を出した感じの髪型。
 それが、シャワーとドライヤーを済ませてきた今も、普段とさほど変わらない状態だ。

「こういうときって普通は、普段上げてる前髪が下りててキュンってなるやつなんじゃないですか?」
「どうせ綺麗に下りないから上げてんの。てかこの前も見ただろ」
「朝しか見てないんで、寝癖かと思ってました。そんなにまんま活かせる癖毛ってあるんですね、あははは」
「笑うな」
 呆れたような顔になった先輩は、そのままベッドの奥に上がって、遠慮がちに端のほうに寝ころぼうとする。
「そんなに離れなくていいですよ。ソフレなんだからもっと近づいてくれないと意味ないじゃないですか~」
「……どんなふうに寝たいんだ」
「うーんと、そうだなぁ、腕枕かなやっぱり。先輩の肩の厚みが横寝の高さにちょうどよさそう」
「あっそ……」
 そう言いながら先輩は、寝ころんでこちらに腕を伸ばす。
 私は体をずらして先輩に近づいて、肩にちょこんと頭を乗せてくっついた。
 人体特有の弾力と肌なじみ。パジャマ越しに伝わってくるシャワー後の火照りも、人間らしい熱を感じさせる。

「最高」
「そうか」
「シラフでも全然いけます。先輩は?」
「んー……。不思議と、悪くない」
「もうちょい良い評価もらえません? 伊月ちゃんかわいくて最高とか」
「伊月ちゃんかわいくて最高」
「心こもってなー!」
 だからこそ最高なんだけど、と心の中で付け加えながら、私は目を閉じた。

 そして、いつでもこうして一緒に寝てくれる人ができたことの喜びをかみしめながら眠った。
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