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第3章

3 交流④

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 いちいち熱く語らなくていいからシンプルにいけ、という晃輝のアドバイスを受けて、"こんにちは。ドキュメントケースすごく便利でした。ありがとうございました"という文章を書いて、何度も推敲してから送信ボタンを押した。
 晃輝はニコニコで盛り上がっていたが、俺は内心心臓バクバクだった。
 不快感は与えないと思うけど、今さらと言えば今さらでもあるし、わざわざメールしてまで伝えることだったのかという不安も湧き上がってきた。

「何ソワソワしてんだよ、ほら、寿司食え」
「いやもう、それどころじゃ……」
 すると、手の中で思いがけずスマホが震えた。
「ゆ、優子さんだ!」
「っしゃ来たぁー!!」
 晃輝の力強いハイタッチを受けてから慌ててメールを開くと、そこには"こんにちは~。気に入ってもらえて安心しました。わざわざありがとう"と、優子さんらしい温かな返事が入っていた。
 嬉しさのあまり固まっている俺の横から画面を覗き込んだ晃輝が、
「ほ~ら、余裕じゃん! お前考え過ぎなんだよ。どんどん行きゃいいんだって!」
 と、俺の肩を揺らす。

「こんなすぐに返事来ると思わなかったから……」
「独り者だし暇なんじゃね?」
「お前な、そういう言い方はよくないよ」
「バカ、暇ってことはチャンスじゃん。デートに誘えよ」
「誘えって……、先週会ったばっかだぞ。そんな頻繁だと迷惑がられるって」
「じゃ、クリスマスは? クリスマスに誘えばいいじゃん」
「クリスマス」
 たしかにクリスマスなら二ヶ月近く空くカンジになる。
 でも、そんないかにも恋人的な誘いはさすがに……、さすがに、と、考えつつも、一緒に過ごせたら最高に決まっている。

「誘えよ、亮弥。俺という勝利の女神がついてる今がチャンスだぞ」
「誰が女神だよ。勝利の実績もねぇし」
「いいから、ほら!」
「だって、何て誘えばいいかわからないし、急にそんなこと言い始めたら気持ち悪いかもしれないし……。ほら、こんな早くにクリスマスって、いかにも気合い入れて誘ってる感丸出しじゃん?」
「はぁ!? 相手はお前が自分を好きだって認識してんだろ? クリスマス一緒に過ごしたいなんて自然な感情なんだから、そのまま勢いで言っちゃえばいいんだよ!」
 イマイチわかるような、わからないような。
「逆に何も言わなかったら、向こうも"好きって言ってたけどそうでもないんだな"って思うんじゃねぇの? 俺だったらダメ元でも誘われたほうが嬉しいけどな」
「つーかお前、戸田さんとしか恋愛経験ねーじゃん」
「バカ、彼女がいてもダメ元で告白してもらえたら嬉しいだろ。俺モテるんだなって思えるだろ?」
「俺はその気持ちはちょっとわからない」
「お前はそもそもがモテるからな!! とにかく、ダメならダメでいいんだから、言うだけ言えよ」

 そう言われて、俺はもう一度じっくり考えた。
 たしかに晃輝の言うとおり、どうせダメなら言ってみたほうがいいのかも。
 言わなければ可能性はゼロだけど、言えば少なくともゼロではなくなる。
 でも、もし断られたら、断られた自分がまずカッコ悪いし、万に一つも一緒に過ごせると思った自分を知られることがもう、ダサすぎる。

「そもそも、この前つき合ってくれって言って断られてるし……」
「一回断られるのも二回断られるのも同じだって」
「全然同じじゃねーよ! お前わかる? 俺の精神的なダメージが……」
「嘘つけ、お前、メールくれた時も電話した時も、超舞い上がってて全然振られた感なかったじゃん」
「……そうだっけ?」
「そうだよ」
「……そうだな……」

 たしかに、こいつの言うとおりだ。
 振られはしたけど、たまには会ってくれるって話だったし、一応メールも許されたわけだし、断られて終わったというよりは始まったという認識で、そこまでショックは受けていなかった。
 むしろメールを見てニヤニヤしながら幸せを噛みしめていた。
 ずっと手の届かない片想いだったのが、手が届く片想いになった。
 それなのにここで何もしなかったら、本当に何も無いままで終わってしまう。
 最初のチョイスがクリスマスでいいのかという疑問はあるけど、そうやって言い訳してたら何も先に進まない。

「よし」
 俺は決意とともに晃輝を見た。
「メールする。誘う!」
「そうだ! それでこそ男だ!」
「っしゃー!! やるぞー!」
「おおーっ!」
 二人でテンション高く抱き合いながら叫んだのは、完全に酒のせいだと思う。
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