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第3章

3 交流⑤

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 誘う決心はついたとして、一番の問題は、どういう文言で誘うかだ。
「そんなの"次はクリスマスにデートしましょう!"でいいっしょ」
「あのね……」
 晃輝みたいに陽気で何でもノリで押し通せるヤツならそれでいいかもしれないけど、俺の心はこの細い細い蜘蛛の糸が切れたら終わりという、シビアな状況に置かれているのだ。
「そんな無神経に誘えるワケないでしょ……。せめて優子さんの都合を聞かなきゃ」
「じゃ、"クリスマス空いてますか? 空いてたらデートしましょう"」
「まだ勢いが強い」
「バカ、こういうのは勢いが大事だって」
「それはそうだけど、何て言うか……お前OKもらえる前提で言ってるじゃん。断られる可能性のほうが高いんだからね? わかってる?」
「じゃ、お前の案は?」
 聞かれて、うーんと考え込んだ。
 俺の気持ちはきちんと伝えつつ、優子さんが気を遣わずに断れるような言葉がいい。

「"次はクリスマス辺りに会いたいです。優子さんは何か予定ありますか?"みたいな?」
「よし、じゃそれ送れ」
「えっ、そんな簡単に……」
「簡単でいいんだよ。考え過ぎないほうがいいって!」
「ちょっと待って、でも、そんな先の予定まだわかんなくね? まだわからないって言われて終わりじゃね?」
「クリスマスに一緒に過ごす相手が他にいなきゃ、空いてるだろ普通は」
「そうかな」
「そうだよ」
 それからまたしばらく悩んだ挙げ句、次のメールを書いた。

 "優子さんは、クリスマスの頃で空いてそうな日ってありますか? その頃にまた会えるといいなと思ってます"

 晃輝はその画面を覗き込んで、
「何が変わったのかよくわかんね」
 と言ったかと思うと、ピッと送信ボタンを押してしまった。
「ああーっ!!」
「イェーイ」
 ドヤ顔でピースサインを見せてくる晃輝。
 俺は大きくため息をついて、晃輝に背を向けソファにうずくまった。
「亮ちゃぁ~ん、ゴメンゴメン」
 もうダメだ。優子さんにメールが届いてしまった。
 まだこれで良いって納得したわけじゃなかったのに。
「まあまあ落ち込むなよ、大丈夫だって」
 だいたい"クリスマス"って書いたら、いくら"~の頃"って付けてもクリスマス会いたいってことじゃん、そもそも。
 それならもっとストレートに"クリスマスに一緒に過ごせたら嬉しい"とか書いたほうがカッコ良かったじゃん。
 何ちょっとぼやかしてんだよ、腹立つ。

「亮ちゃぁ~ん、ピザ食べなよほら、もう堅くなってっけど」
「うるさいもうほっといて」
「ヤダヤダほっとけない~」
「うるさい気持ち悪い」
 どうしよう。これで優子さんに嫌われたらもう終わりだ。
 クリスマスとか何彼氏ヅラしてんの? とか、気が早すぎてウケる、とか思われてるかも。
 いや待て。いや待てよ。
 優子さんはそんな人じゃない。
 そんな人を小馬鹿にするような人じゃない。
 逆にそういう人なら、俺がそこまで執着する必要もないじゃないか。
 そう考えたら、勇気が出てきた。

 だが、優子さんからメールの返事は来なかった。
 来ないまま、すっかり日が暮れて、空になった出前の入れ物と、お菓子の袋と、ビール缶の山を前に、俺達二人の反省会が繰り広げられていた。
「なんか……悪かったな……」
「いや、お前のせいじゃないよ……」
「そんな変なメールじゃなかったはずだけどな……」
「やっぱりクリスマスが気持ち悪かったのかな……。さっきのナシってメールしようかな?」
「いや、まだ見てないだけって可能性もあるぞ。見てないのに早まって次のメールを送ったら、そのほうが後々恥ずかしいこともある」
「たしかに……」

 俺は、これまでつき合った女子達のことを思い出していた。
 既読機能があるから未読なのは伝わっているはずなのに、それでも返事がないことへの不満が書き連ねられていた。
 あの時は意味がわからないと思ってしまったけど、今なら少しわかる気がする。
 彼女達はきっと、不安で何か言わずにはいられなかったのだ。
 申し訳ない。
 俺はこれまで平気で相手に悲しい思いをさせてきた。
 仕事が忙しくてメッセージを確認できなかっただけではなく、意図的に後回しにもしていたのだ。
 そりゃ愛想を尽かされるのは当たり前だ。
 こうして今、優子さんから返事が来ないのは、自分のしたことが自分に返ってきているだけのことなのだ。
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