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第3章

4 隠しごと①

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 亮弥くんと再会してから、何度か連絡を取って、何度か二人で会った。

 最初は十二月中旬。クリスマスにと誘われたけど、イベントが苦手なのでと断って、日程をずらしてもらった。
 昔の私だったらそういうことはできずに、相手に合わせてしまっていた。
 でも、いい子ぶって自分を削るのはもう嫌だ。心地いいと思えるつき合いじゃないなら必要ない。
 亮弥くんには申し訳ないと胸を痛ませながらも、そんな厳しい気持ちでこちらの都合を突きつけた。
 亮弥くんからは翌日返信があって、"それじゃ、前の週の土日空けとくんで、優子さんの空けられるほうがわかったらまた教えてください。どこか行きたいとこがあったら言ってくださいね"と書かれていた。
 "ごめんね、わがまま言って。ありがとう"と返信しかけたのを、消して、"わかりました。早めに連絡するね"と返した。

 私は相手の気持ちを思いすぎて、できるだけ悲しませないように気持ちに添うようにと動いてしまう嫌いがある。
 それは相手に好かれようと無理しているのでは決してなく、私にとって自然な心の動きだ。
 でも、そのせいで自分のことが少なからず犠牲になったり、相手に都合よく扱われてしまったりという結果を生んでしまう。
 そうなるのはもう、嫌なのだ。
 ちゃんと自分の希望を伝えて、それでも快く応じてくれる人だけが側にいる状態が、きっと健全なのだろう。
 だから、ちょっと自分の都合を伝えたくらいで、ごめんとかワガママとか言ってたら、ダメなんじゃないか。そのくらい普通のことと、堂々としていないとダメなんじゃないか。そう考えて、書きかけた返事を書き直したのだった。
 アラフォーにもなってこんなことを探り探りやっているのも、なんだか情けない。 

 十二月のデートは、亮弥くんがスカイツリーに行ったことがないと言うので、墨田区まで来てもらって、一日スカイツリーで過ごした。
 私はプラネタリウムが観たかったのと、水族館にはまだ行ったことがなかったから、どちらも観に行った。
 展望台は混んでいたので、また空いてる季節に来ようと言って、地上だけで楽しんだ。
 スカイツリーは近所だからソラマチにはよく来ていたけど、改めて男の子と来ると、案外良いデートスポットだと思った。
 そして、夜は亮弥くんを送りがてら、東京駅のイルミネーションを観に行って、そこで解散した。たっぷり一日楽しく過ごして、いい気分だった。

 二度目のデートは一月下旬。
 有楽町で待ち合わせて、映画を観に行った。
 事前にお互いに観たい候補を三つ挙げて、一致したコメディ映画を、ポップコーンを食べながら観て、たくさん笑った。

 三度目は三月中旬。
 寒さも和らいできたので少し遠出して、横浜へ行った。
 山下公園、中華街、赤レンガ倉庫、みなとみらい、とガイドブックみたいなベタなコースを回ったら、意外と非日常感が味わえて楽しかった。

 四度目は四月初旬、上野公園の桜を観に行った。
 一応小さなレジャーシートだけ持参して、お花見を楽しむ人々の隙間に二人でちょこんと座ってみた。
 さらさらと降ってくる桜と、薄いブルーの空が綺麗で、思わず「幸せだね……」と口にしてしまった。

 何度も一緒に過ごして、亮弥くんとの時間がとても心地いいと気づいてはいた。
 それが、彼が持つ空気感のせいなのか、それとも私が彼に合わせ過ぎず自分のペースを保つように心がけているせいなのかは、判別しかねていた。
 ひとつだけずっと気になっていたのは、亮弥くんがふとした時に切なげな表情を見せることだった。
 私が楽しいね、と言った時や、帰り際が多かったように思う。
 その度に、私は酷なことをしているのかもしれないと考えた。

 こんな風に一緒の時を過ごしても、私は亮弥くんの気持ちに応えるつもりがないままで、二人で歩いても手をつなぐこともなく、寄り添うこともなく、それでいてつまらなさそうに振る舞うどころか、心から楽しんでいるのだから、余計にタチが悪い。
 若い頃、不本意ながら悪い女だと言われることがあったけど、今が一番悪い気がする。
 私は亮弥くんを弄んでいるのではないか。
 こんな不思議な関係を漫然と続けて相手が諦めるのを待つのではなく、キチンと対話をしてお互いの気持ちを詰めていくべきなのではないか。
 そう思いながらも、亮弥くんの笑顔を見ると、私なんかといてこんなに笑ってくれるなら、もう少しだけこのままでいようかと、ついつい思い直してしまうのだった。

 いったいどちらが正しい選択なのやら、私は判断できずにいた。
 亮弥くんが楽しくて、私も楽しいなら、中途半端な仲でも構わないんじゃないか。
 そう思ってしまうのは、私は亮弥くんに恋い焦がれていないという、ある意味優位な立場にあるからこそなのかもしれない。
 逆ならきっと、嬉しさの分だけ辛い気持ちが襲ってくるだろう。
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