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第7章
4 フレンチディナー③
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アミューズは小さなプレートに可愛い一口大の料理が三種類並んでいた。
どう食べればいいのかに必死で、あまり内容も味もわからなかったが、とても彩りよく盛られていた。
優子さんが「おいしい」と笑顔で言ったので、「うん、おいしい」と答えた。
次に前菜が来て、同時にパンもテーブルに配置された。
三皿目のスープが出された時に、ようやく気持ちに余裕が出たのか、目の前のコーンスープがめちゃくちゃ美味しいことに、俺の舌が気づいた。
「美味しい。何これ」
「ほんと? 良かった。私、ここのコーンスープ大好きなんだよね。今これが出た時に"ラッキー"って思っちゃった」
「コーンスープって、お湯に溶くインスタントのやつしか知らなかったから、ちょっと衝撃……」
「ね、手作りなのがよくわかるよね~。亮弥くんのお口に合って嬉しい」
そう言って優しく笑った優子さんを見て、俺はハッとした。
ここは優子さんオススメのお店。
初めて二人で誕生日を祝うにあたって、俺にも食べさせたいくらい美味しいお店だからと、わざわざ連れて来てくれたのだ。
なのに、緊張して味がわからなかったなんてことになったら、優子さんを悲しませてしまう。
気をしっかり持たねば!
楽しもう。
目の前の料理とキチンと向き合って、しっかり味わおう。
俺は気合いを入れ直して、次の料理を待った。
スープの後は魚料理、真鯛と帆立のポワレだ。
鯛の皮目はカリカリで、身はふっくらして柔らかく、美味だった。
帆立は香りがよく、中は半生でこれまた美味い。
食前酒の後に頼んでいたグラスの白ワインと、とてもよく合った。
その後に、小さなグラスに入ったシャーベットが出てきた。
「デザートじゃなくて、お口直しね。この後肉料理だから」
「口直しなんてあるんだ。フレンチって忙しいね」
「あはは、慣れるとゆったりと食事できて、楽しくなるよ。私、二、三時間かけてゆっくりコース料理食べるの、好きなんだよねぇ」
「そうなんだ」
ゆったり、か。
俺もこうして経験を積んでいけば、そうなれるのだろうか。
「亮弥くん、あんまりワインたくさん飲まないよね? ボトル入れても飲みきらないかな?」
「ボトル」
ここまでで、まだ食前酒とグラスワインしか飲んでいないのに、今からボトルは確かにキツいかもしれない。
「優子さんが相当飲むなら、俺一、二杯はがんばるけど……」
「あはは、いいよ無理しなくて。ここ、地ビールもあるよ。黒ビールとか、嫌いじゃなかったらいいんじゃないかな?」
「優子さんは何飲むの?」
「私は赤ワインをグラスでもらおうかな。最近あんまりお酒飲めなくなったんだよねぇ。若い頃だったらボトル行けたかもしれないけど、今は私も一、二杯で充分かな」
「それじゃ、俺も優子さんと同じでいい」
優子さんはウェイターさんを呼んで、赤ワインを注文した。
こういうのも、本来なら俺がリードしなきゃいけないんだと思うと、本当に優子さまさまだし、彼女が年上で良かったなぁって思う。
肉料理には、鴨肉のローストフォアグラソテー添えを選んでいた。
初めて食べるフォアグラは、ナイフで切るにも柔らかくて、濃厚なのに口に入れた途端に溶けて無くなってしまう、不思議な食べ物だった。
世界三大珍味という噂は聞いていたけど、たしかに他にはなかなか無い味と舌触りだ。
さらにチーズの盛り合わせで小休止後、デザートが運ばれてきた。
デザートはバースデー仕様になっていて、プレートにチョコで「Happy Birthday」と書かれていた。
ちょっと恥ずかしくもあり、嬉しくもあり。
もう既にお腹いっぱいだったけど、ブランデーの効いたチョコケーキがこれまた絶品で、ついつい食べきってしまった。
締めのコーヒーを飲み始めた時、ようやく食事を制覇できたとホッとした。
「優子さん、よく全部食べられたね。俺でも多かったくらいなのに……」
「私は、コースの前はお昼を軽くしておく派だから」
優子さんはふふふと笑った。
「何それ。そんな裏技があるなら教えといてよ」
「ゴメンゴメン。亮弥くんなら大丈夫だと思って」
「まぁ……ギリだけど」
ゴメンね、と首を傾げて俺の目を覗き込む優子さん。
そんな可愛い顔されると、許すしかない。
「でも、本当に美味しかった。さすが優子さんのお気に入りのお店だなあ」
「ほんと? よかった」
「フォアグラとか、青カビのチーズとか初めて食べた。あんな体に悪そうなカビなのに、食べられるって不思議」
そう言うと、優子さんはやけに笑った。
「何。子供だと思ってるんでしょ」
「ううん、亮弥くんに新しい味を教えられて嬉しいなと思って」
「嘘。絶対いじってる」
「いじってない、いじってない」
ちょっと疑わしいけど、優子さんが笑顔なのは良いことだから、まあいいか。
こうして俺達の初オシャレごはんと、俺のフレンチディナーデビューは幕を閉じた。
会計の時、最初に案内してくれたウェイターさんが、俺に小さく微笑んでから優子さんに視線を移し、
「珍しいですね」
と言った。
「そうなんです、今日は、特別に」
「いつでもお二人でいらしてください」
「ありがとうございます」
このウェイターさんは、俺が優子さんの彼氏だと知っているのだろうか?
それにしては、彼も優子さんも、やけに遠回しな言い方だ。
「よろしければお写真お撮りしましょうか? 奥の螺旋階段で、よくお撮りしてるんですけど」
言われて示されたほうに目をやると、入口と反対側の一番奥に白い螺旋階段があった。
入店時に視界に入ったはずなのに、あれに気づかなかったなんて、自覚は無かったけどよほど緊張していたのだろうかと、自分に呆れてしまった。
「ほんとですか? どうする、亮弥くん。撮ってもらう?」
「もらう」
俺は即答した。
どう食べればいいのかに必死で、あまり内容も味もわからなかったが、とても彩りよく盛られていた。
優子さんが「おいしい」と笑顔で言ったので、「うん、おいしい」と答えた。
次に前菜が来て、同時にパンもテーブルに配置された。
三皿目のスープが出された時に、ようやく気持ちに余裕が出たのか、目の前のコーンスープがめちゃくちゃ美味しいことに、俺の舌が気づいた。
「美味しい。何これ」
「ほんと? 良かった。私、ここのコーンスープ大好きなんだよね。今これが出た時に"ラッキー"って思っちゃった」
「コーンスープって、お湯に溶くインスタントのやつしか知らなかったから、ちょっと衝撃……」
「ね、手作りなのがよくわかるよね~。亮弥くんのお口に合って嬉しい」
そう言って優しく笑った優子さんを見て、俺はハッとした。
ここは優子さんオススメのお店。
初めて二人で誕生日を祝うにあたって、俺にも食べさせたいくらい美味しいお店だからと、わざわざ連れて来てくれたのだ。
なのに、緊張して味がわからなかったなんてことになったら、優子さんを悲しませてしまう。
気をしっかり持たねば!
楽しもう。
目の前の料理とキチンと向き合って、しっかり味わおう。
俺は気合いを入れ直して、次の料理を待った。
スープの後は魚料理、真鯛と帆立のポワレだ。
鯛の皮目はカリカリで、身はふっくらして柔らかく、美味だった。
帆立は香りがよく、中は半生でこれまた美味い。
食前酒の後に頼んでいたグラスの白ワインと、とてもよく合った。
その後に、小さなグラスに入ったシャーベットが出てきた。
「デザートじゃなくて、お口直しね。この後肉料理だから」
「口直しなんてあるんだ。フレンチって忙しいね」
「あはは、慣れるとゆったりと食事できて、楽しくなるよ。私、二、三時間かけてゆっくりコース料理食べるの、好きなんだよねぇ」
「そうなんだ」
ゆったり、か。
俺もこうして経験を積んでいけば、そうなれるのだろうか。
「亮弥くん、あんまりワインたくさん飲まないよね? ボトル入れても飲みきらないかな?」
「ボトル」
ここまでで、まだ食前酒とグラスワインしか飲んでいないのに、今からボトルは確かにキツいかもしれない。
「優子さんが相当飲むなら、俺一、二杯はがんばるけど……」
「あはは、いいよ無理しなくて。ここ、地ビールもあるよ。黒ビールとか、嫌いじゃなかったらいいんじゃないかな?」
「優子さんは何飲むの?」
「私は赤ワインをグラスでもらおうかな。最近あんまりお酒飲めなくなったんだよねぇ。若い頃だったらボトル行けたかもしれないけど、今は私も一、二杯で充分かな」
「それじゃ、俺も優子さんと同じでいい」
優子さんはウェイターさんを呼んで、赤ワインを注文した。
こういうのも、本来なら俺がリードしなきゃいけないんだと思うと、本当に優子さまさまだし、彼女が年上で良かったなぁって思う。
肉料理には、鴨肉のローストフォアグラソテー添えを選んでいた。
初めて食べるフォアグラは、ナイフで切るにも柔らかくて、濃厚なのに口に入れた途端に溶けて無くなってしまう、不思議な食べ物だった。
世界三大珍味という噂は聞いていたけど、たしかに他にはなかなか無い味と舌触りだ。
さらにチーズの盛り合わせで小休止後、デザートが運ばれてきた。
デザートはバースデー仕様になっていて、プレートにチョコで「Happy Birthday」と書かれていた。
ちょっと恥ずかしくもあり、嬉しくもあり。
もう既にお腹いっぱいだったけど、ブランデーの効いたチョコケーキがこれまた絶品で、ついつい食べきってしまった。
締めのコーヒーを飲み始めた時、ようやく食事を制覇できたとホッとした。
「優子さん、よく全部食べられたね。俺でも多かったくらいなのに……」
「私は、コースの前はお昼を軽くしておく派だから」
優子さんはふふふと笑った。
「何それ。そんな裏技があるなら教えといてよ」
「ゴメンゴメン。亮弥くんなら大丈夫だと思って」
「まぁ……ギリだけど」
ゴメンね、と首を傾げて俺の目を覗き込む優子さん。
そんな可愛い顔されると、許すしかない。
「でも、本当に美味しかった。さすが優子さんのお気に入りのお店だなあ」
「ほんと? よかった」
「フォアグラとか、青カビのチーズとか初めて食べた。あんな体に悪そうなカビなのに、食べられるって不思議」
そう言うと、優子さんはやけに笑った。
「何。子供だと思ってるんでしょ」
「ううん、亮弥くんに新しい味を教えられて嬉しいなと思って」
「嘘。絶対いじってる」
「いじってない、いじってない」
ちょっと疑わしいけど、優子さんが笑顔なのは良いことだから、まあいいか。
こうして俺達の初オシャレごはんと、俺のフレンチディナーデビューは幕を閉じた。
会計の時、最初に案内してくれたウェイターさんが、俺に小さく微笑んでから優子さんに視線を移し、
「珍しいですね」
と言った。
「そうなんです、今日は、特別に」
「いつでもお二人でいらしてください」
「ありがとうございます」
このウェイターさんは、俺が優子さんの彼氏だと知っているのだろうか?
それにしては、彼も優子さんも、やけに遠回しな言い方だ。
「よろしければお写真お撮りしましょうか? 奥の螺旋階段で、よくお撮りしてるんですけど」
言われて示されたほうに目をやると、入口と反対側の一番奥に白い螺旋階段があった。
入店時に視界に入ったはずなのに、あれに気づかなかったなんて、自覚は無かったけどよほど緊張していたのだろうかと、自分に呆れてしまった。
「ほんとですか? どうする、亮弥くん。撮ってもらう?」
「もらう」
俺は即答した。
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