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第34話 暗躍する者
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翌日…
王城からやや離れた場所…シオンがくのいち装束で樹の枝から枝に飛び移り深い森を移動していく。
ある程度進んだ所で地面に降り立ち茂みを分け入っていく。
「………」
彼女の目の前のわずかに開けた草原には、十字に組まれた木の枝が立てられた盛り土がある…これはシオンがリサを葬った場所…リサの墓だ。
シオンは墓標に向かって手を合わせ礼をした。
彼女にはドミネイト帝国に対して行われる虹色騎士団の作戦の前にどうしても確認したい事があった…それは地下遺跡で再開したリサの言い放った言葉…。
あの時のリサは、自分は死んでいなかった訳でもなく、生き返った訳でも無いという理解しがたい事を言っていた…では彼女は何者だというのか?
それを確かめるにはまず最初にやらなければならない事があった…墓発きである。
無論、墓暴きなどという行為はこの世界の倫理的にも許されざる愚行だ。
しかしシオンは敢えてその禁忌を犯す。
この目の前にあるリサの墓を発き、ここに遺体があればあのリサは別人であることになるし、無ければやはり本人である可能性が高くなる。
意を決して常備していた苦無を取り出す。
苦無は相手に投げつける飛び道具として使用したり、短剣として振るったりと武器としての印象が強いが、穴を掘るためのシャベルの様な使い道もあるのだ。
まさに苦無を盛り土に突き立てる瞬間…
「そこを掘り起こしても無駄よ…遺体はそこにあるからね…」
いきなり声を掛けられ咄嗟にその場を飛び退く。
「誰だ…!?」
シオンが辺りを見回すと近くの茂みからある人物が現れた…リサだ。
ただ不自然なのは彼女の格好だ…いつもの暗殺者装束では無く、エターニア王国に仕えていた時のメイド服を着ていたのだ。
「前にも言ったでしょう?私は生き返った訳では無いと…土の中の私はそのまま眠っているわよ…」
やれやれと目を瞑り方をすくめる…わざわざ墓発きまでして遺体を確認しようなんて…余りに生真面目なシオンに半ば呆れた風でもある。
「…ならばお前は『ドッペルゲンガー』なのか?」
ゴクリと喉を鳴らす…『ドッペルゲンガー』はその人物と瓜二つの容姿を持った存在の事である…自分の『ドッペルゲンガー』を見た物は数日中に死を迎えると言い伝えられており、怪談の定番になっている都市伝説の一つだ。
「ウフフ…シオンさんがそんな事を言うなんてちょっと意外…あなたはそんな超常現象なんかに興味ないと思ってたから…笑ってごめんなさいね…フフッ」
しかし容姿といい言動といい、ますますリサ本人なのではと思えてくる。
これが本人でないというなら何だというのか…。
「中々いい線いってるけどそうじゃないんだな~残念だけどこれ以上はお話出来ないの…地下遺跡の一件でシェイド様にこっ酷く叱られちゃったのでね…」
ウインクしながら自分の頭をこつんとたたいて舌をチロッと出す。
「…ならばここで私と戦うか?お前が敵勢力であるのは事実…ここで討ち取るのも悪くない…」
シオンが手に持っていた苦無を構え腰を落とす…戦闘態勢だ。
「いえいえ…私がここに来たのは偶然よ?戦う意思はないわ…こうしてシオンさんの前に姿を現したのはあなたにお礼が言いたかったからよ」
「お礼…だと?」
予想外のリサの物言いに怪訝な表情のシオン。
「こちらの私が死んでから私の家族の面倒を見てくれていたそうね…心から礼を言うわ…ありがとう」
深々とお辞儀をするリサ…その様子からは嘘偽りは全く感じられない。
シオンは何とも複雑な感情を抱いてしまった。
「礼と言っては何なんだけど…一つ情報をあげるわ…あなたの仲間の行動に注意なさい…誰かが裏切るかも知れないから…」
「何だと…!?」
「信じる信じないはシオンさん、あなたにお任せするわ…じゃあ、またね」
そう言ってリサは樹の枝に跳躍して飛び乗り、そのまま何処かへと去っていった。
「誰かが裏切る…だと?」
リサのその言葉が頭の中を巡り、立ち尽くしてしまったシオンは彼女を追いかける事が出来なかった。
だがシオンはリサに自分が定期的に彼女の家族に会って薬や経済的な援助をしていた事を知らせていない…当然死んでしまった者に報告など出来る訳が無いのだ。
胸騒ぎのしたシオンは取り急ぎメイド服に着替え、リサの実家へ向かう。
「こんにちは、シオンです」
「あっ…シオンお姉ちゃん!!いらっしゃい!!」
出迎えてくれたのはリサの妹のミラだ…いつも元気な娘だが、今日は輪をかけて溌剌としていた。
「どうしたのミラ…何だかとっても嬉しそうだけど…」
「あのねあのね!!リサ姉ちゃんが帰って来たの!!」
シオンの予想が当たった…リサは自分の所に来る前に実家に寄っていたのだ。
墓の前に来たのはたまたまその帰りに立ち寄った可能性が出てきた。
「そう…良かったわね」
ミラの頭を優しく撫でる。
「エヘヘ~…でもね、またお仕事で遠くへ行かなくちゃならないんだって…ちょっと残念だけど元気な姉ちゃんを見れたから寂しいのも我慢できるよ!!シオンお姉ちゃんも来てくれるしね!!」
ミラの様子から特におかしな所は感じられない…リサは本当に家族に会いに来ただけなのかもしれない。
取り敢えず胸を撫で下ろすシオンであった。
その日の午後…。
シャルロットはハインツ、ツィッギーと共にサファイアを連れて闘技場に来ていた。
「お待たせしましたです」
入り口からイオが入って来た…後ろを少し遅れてアルタイルが着いて来る。
「あれ?グロリアさんは居ないのですか?」
「…それがアイツと来たら何処に行ったのか朝から姿が見えないんだよ…まったく、騎士団の仕事を何だと思っているのか…」
イオの問いかけに頭を振って答えるハインツ。
(お師様…グロリアさん、何かあったのでしょうか…)
(分からない…足の方はもう治っていてもいい筈なんだが…)
イオとアルタイルはヒソヒソ話をする。
それを察してツィッギーもその輪に割り込んで来た。
(何々?お二方…グロリアに何かあったの?)
(わっ!脅かさないでくださいよ…まあ昨日ちょっと…)
(じゃあ後で聞かせてね、絶対だよ)
二人の肩を叩いてその場を離れる。
「いいんだよ…グロリアに暇を出したのは僕なんだから…」
シャルロットに特に気にした様子はない。
「今日は何を始めるので?」
「うん、この子…サファイアにもう一度巨人に変身してもらおうと思ってね…」
「何ですと!?」
あまりにサラッと言ってのけるシャルロットに唖然とするアルタイル。
「いけません姫!!彼女に関しては何も分からない状況なんですよ!?もし暴れ出したりしたらどうするんですか!?」
「僕の勘だとそれは無いと思うんだ…もし暴れるのであればもうとっくにそうなってるよ…それに昨日の作戦会議で話した通りこの子は今回の作戦の要なんだからね」
「ですが…!!」
「そのもしもに備えてハインツとツィッギー、それに君たちも居るんでしょう?
大丈夫!!何かあったら全部僕が責任を持つからさっ」
「分かりました…イオ…昨日教えた魔法を早速試してみなさい…」
「お師様…よろしいので?」
「いたし方あるまい…」
(こうなってしまってはもう姫様は考えを変えないだろうし…まあなるようになれだな…)
アルタイルは割り切る事にした。
「『不可視の領域』!!」
イオは杖を持ち両手を掲げ魔法を唱える…彼から発生した虹色に輝く魔法の障壁がグングンと広がり闘技場全体を包み込むまでに至った。
「この魔法は何だい?」
「これは『不可視の領域』といってこのフィールドの外から内側を覗き見る事が出来ません…さすがに巨人の姿を国民や部外者に見せる訳にはいきませんので…」
「さっすが~!!それでこそ王宮魔導士!!」
サムズアップしてウインクするシャルロット。
「お前ね~王族ともあろう者がそんな下品サインをしては駄目だろう…」
「え~?いいじゃない!今、城下の子供たちの間で流行ってるんだよ?」
「お前はもう大人に成るんだぞ?そろそろそう言うのはだな…」
「あらあら…仲の良い事で…ご馳走様」
ツィッギーが優し気な眼差しで見守っている。
「オホン!!そろそろ本題に戻ってもいいかな!!?」
「あっご免!!今行くよ!!」
アルタイルに圧されて慌ててこちらに駆けよるシャルロット。
「じゃあサファイア、巨人になってみてくれるかな?」
『分かりました…シャルロット様…』
サファイアがおもむろに青いドレスを脱ぎだす。
やがて一糸まとわぬ状態になった。
全く恥じらいがない…魔導機械だから当然なのだろうが周りの人々には堪ったものではない
「あ~っ!!ダメダメ!!男は見ちゃ駄目!!」
慌ててシャルロットが彼女の前で両手をバタバタさせる。
見かねたツィッギーが自分のマントを外しサファイアの前に広げて立った。
「あれ?そう言えばサファイアちゃん、随分と言葉が流暢になったわね」
「ツィッギーもそう思う?朝起きたらすでにこうだったから理由を聞いてみたんだけど…データ収集完了による最適化がどうのとか僕にはちんぷんかんぷんでさ…まあそれはどうでもいいんだけどね…」
「どうでもいいんだ…」
シャルロットの割り切り方があまりにも雑なので苦笑いを浮かべるツィッギー。
そうこうしている内にサファイアの身体の変身が始まった。
ガキンゴキン…と金属音がけたたましく鳴り響く…彼女の全身の体表が一斉に開き、内側に折りたたまれていた装甲が巻物を開くが如く次々と展開していく。
それはどうやったらそんな小さな身体に収納されるのかと疑いたくなる程の膨大な質量で、全くの出鱈目さであった。
見る見る身体が膨れ上がり遂に地下遺跡で姿を見せた青光りする装甲の巨人が姿を現した。
「こっ…これが『絶望の巨人』…」
初めて見るアルタイルとイオは呆然としてしまう。
それほど『絶望の巨人』からは文字通り絶望的な威圧感が放たれていたのだ…それはもう理屈では無かった。
「サファイア!!右手を上げてみて!!」
サファイアの求めに応じ右手を上げる巨人と化したサファイア。
「今度は左手!!」
左手も上げる…両手を天に向かって突き出し、その大きな身体を益々巨大に見せる。
「…『絶望の巨人』が姫様の言う事を聞いている…」
アルタイルはあっけに取られていた…過去の文献には魔王の側で使われていた魔導兵器は女勇者の血を感知し優先して攻撃を仕掛けたという記述があったのだ。
地下遺跡で機能停止していた『絶望の巨人』ことサファイアがシャルロットが触れた事で起動を果たしたのはそれに起因していた。
だからこそ女勇者の血を引く彼女がサファイアを手なずけているという事実はある意味奇跡なのだ。
「ねっ?何ともなかったでしょう?」
「はぁ…そうですね…」
アルタイルも実際目の前で見てしまった以上、異を唱え続ける事は出来なかった。
「もう元に戻っていいよ!!」
『はい、シャルロット様…』
先程巨大化した過程が逆回転するかの様に元に戻っていくサファイア。
すぐにツィッギーがマントを身体に巻く。
「変形する度に服が脱げるのは何とかならないかな~ねえアルタイル…」
「分かりました…考えておきましょう…」
取り敢えず実験はこれにて終了した。
四日後…
首都を強固な城壁で何重にも囲った巨大な要塞…それがドミネイト帝国である。
今まさにその王城の謁見の間にて皇帝に謁見を許された人物が居た。
「ほう…その方か…この儂、ドミネイト十三世に謁見を望んだ命知らずは…面を上げよ」
玉座に座り脚を組んで座る人物こそ帝国の現皇帝、ドミネイト十三世だ。
鋭い眼光に逞しい身体つき、猛々しい髭を蓄えた外見はまさに武闘派の貫録を纏っていた。
『ははっ…お初にお目に掛かります、私はシェイドと申します…』
シェイドが膝ま付いた状態から顔を上げ名乗りを上げる。
相変わらず角付きの黒兜に黒い鎧を着けている。
「貴様…この儂に相対しておるのに兜を取らぬとは…いい度胸をしておるな…」
ひじ掛けに乗せていた指が小指から人差し指に向かって順番に叩き付ける動作を繰り返す…彼が不機嫌な時にやる癖だ。
『申し訳ありませんがこの兜を取る事は出来かねます…どうしてもお望みならば
命を捨てるお覚悟をしていただかなくてはなりませんが宜しいでしょうか?』
「貴様!!ドミネイト様に向かって何という暴言を…!!」
謁見の間の壁に沿って整列している側近が声を荒げる。
するとそれは次々と波及しざわめきが大きくなっていく。
「静まれぃ!!者共!!」
ドミネイト十三世の怒号が響く…すると先程までのざわめきが嘘の様にしんと静まり返った。
「クフフッ…この儂に向かってその様な口を利くとは…数年前のあの女以来だ…気に入った!!シェイドよ、話を聞かせてみよ!!」
『ははっ!!ありがとうございます…!!』
深々とお辞儀をしたのち立ち上がり、懐からる物体を取り出す。
それは掌よりやや大きい金属の様な素材で出来た球だった…表面は模様の様な直線の溝がいくつも走っていて、それが時折不気味に光を発していた。
「ヌウ?それは何だ?」
『これは魔導兵器『絶望の巨人』を探り当てる為の探知機に御座います…この探知機によりますと、その巨人がこの国のどこかに眠っているとの反応がありました』
「何だと!?あの伝説の巨人か!?」
周りの側近が再び騒めく…しかし先程に比べれば大人しいもので、ドミネイトも特に咎めようとはしなかった…それだけ本人も驚いているのだ。
「はい…そして私は巨人を意のままに操れます…ドミネイト様も領土を広げる為の強大な戦力は喉から手が出るほど欲しておられる筈…現に東隣のエターニア王国を長年攻めあぐねていらっしゃる様子…どうです?私と手を組みませんか?さすれば私と手下が巨人共々エターニア侵略に尽力いたしましょう」
ドミネイトの顔を汗が伝う…シェイドの言う事が本当ならば、長年の悲願である東の土地エターニアを手中に収める事が出来る…しかしそれが嘘であったならば…しかしシェイドがドミネイト帝国に接触して来た経緯を思い出すと強気に出る事は出来なかった…何と彼らは西にある帝国の所有する砦を数人でごく短時間で落とし、皇帝との謁見を求めてきたのだ…ここで彼の申し出を断れば多大な被害は免れないだろう…故にドミネイトには既に選択肢はなかったのだ。
「…望みは…何だ?」
絞り出すような声でシェイドに問う。
『あなたと同じエターニアの滅亡ですよ…今の所はね…』
「わ…分かった…その申し出を受けよう…」
『皇帝様の懸命な判断に感謝を…』
わざとらしい大袈裟なお辞儀をして見せるシェイド。
二人の立場はすっかり逆転していた。
「ドミネイト様にご報告します!!」
兵士の一人が謁見の間に現れる…随分慌てた様子で息を切らしている。
「何だ、申してみよ」
「はっ…それがエターニア王国から使節団を名乗る一行が帝王様に謁見を申し出ておりまして…」
「馬鹿者!!儂の許可が無くても殺してよいと命令してあったではないか!!さっさと始末して参れ!!」
「はっ…それがその使節団はシャルロット王女が率いているのです…本当に殺してもよいのでありましょうか?」
「何だと!?それを早く言え!!」
「はっ…申し訳ありません!!」
(またシャルロットか…やはり我々は運命によって導かれているのだな…)
報告を聞いてシェイドがドミネイトにある提案をした。
『ドミネイト様…シャルロット王女とお会いなさいませ…そして時間を稼ぐのです…その隙に我らは必ずや巨人を探し出し起動して見せましょう』
「何!?貴様この儂にそんな兵隊紛いの事をさせるつもりか!?皇帝であるこの儂に!!」
『いいのかな…?そんな態度を取って…』
「あっ…ああっ…」
ドスの利いた声と兜の下から僅かに覗くシェイドの目が不気味に光る…それを見てドミネイトは何も言い返せなくなってしまった。
『待っていろシャルロット…ここで雌雄を決してくれる…』
顔色の悪いドミネイトを残し、シェイドは謁見の間を後にした。
王城からやや離れた場所…シオンがくのいち装束で樹の枝から枝に飛び移り深い森を移動していく。
ある程度進んだ所で地面に降り立ち茂みを分け入っていく。
「………」
彼女の目の前のわずかに開けた草原には、十字に組まれた木の枝が立てられた盛り土がある…これはシオンがリサを葬った場所…リサの墓だ。
シオンは墓標に向かって手を合わせ礼をした。
彼女にはドミネイト帝国に対して行われる虹色騎士団の作戦の前にどうしても確認したい事があった…それは地下遺跡で再開したリサの言い放った言葉…。
あの時のリサは、自分は死んでいなかった訳でもなく、生き返った訳でも無いという理解しがたい事を言っていた…では彼女は何者だというのか?
それを確かめるにはまず最初にやらなければならない事があった…墓発きである。
無論、墓暴きなどという行為はこの世界の倫理的にも許されざる愚行だ。
しかしシオンは敢えてその禁忌を犯す。
この目の前にあるリサの墓を発き、ここに遺体があればあのリサは別人であることになるし、無ければやはり本人である可能性が高くなる。
意を決して常備していた苦無を取り出す。
苦無は相手に投げつける飛び道具として使用したり、短剣として振るったりと武器としての印象が強いが、穴を掘るためのシャベルの様な使い道もあるのだ。
まさに苦無を盛り土に突き立てる瞬間…
「そこを掘り起こしても無駄よ…遺体はそこにあるからね…」
いきなり声を掛けられ咄嗟にその場を飛び退く。
「誰だ…!?」
シオンが辺りを見回すと近くの茂みからある人物が現れた…リサだ。
ただ不自然なのは彼女の格好だ…いつもの暗殺者装束では無く、エターニア王国に仕えていた時のメイド服を着ていたのだ。
「前にも言ったでしょう?私は生き返った訳では無いと…土の中の私はそのまま眠っているわよ…」
やれやれと目を瞑り方をすくめる…わざわざ墓発きまでして遺体を確認しようなんて…余りに生真面目なシオンに半ば呆れた風でもある。
「…ならばお前は『ドッペルゲンガー』なのか?」
ゴクリと喉を鳴らす…『ドッペルゲンガー』はその人物と瓜二つの容姿を持った存在の事である…自分の『ドッペルゲンガー』を見た物は数日中に死を迎えると言い伝えられており、怪談の定番になっている都市伝説の一つだ。
「ウフフ…シオンさんがそんな事を言うなんてちょっと意外…あなたはそんな超常現象なんかに興味ないと思ってたから…笑ってごめんなさいね…フフッ」
しかし容姿といい言動といい、ますますリサ本人なのではと思えてくる。
これが本人でないというなら何だというのか…。
「中々いい線いってるけどそうじゃないんだな~残念だけどこれ以上はお話出来ないの…地下遺跡の一件でシェイド様にこっ酷く叱られちゃったのでね…」
ウインクしながら自分の頭をこつんとたたいて舌をチロッと出す。
「…ならばここで私と戦うか?お前が敵勢力であるのは事実…ここで討ち取るのも悪くない…」
シオンが手に持っていた苦無を構え腰を落とす…戦闘態勢だ。
「いえいえ…私がここに来たのは偶然よ?戦う意思はないわ…こうしてシオンさんの前に姿を現したのはあなたにお礼が言いたかったからよ」
「お礼…だと?」
予想外のリサの物言いに怪訝な表情のシオン。
「こちらの私が死んでから私の家族の面倒を見てくれていたそうね…心から礼を言うわ…ありがとう」
深々とお辞儀をするリサ…その様子からは嘘偽りは全く感じられない。
シオンは何とも複雑な感情を抱いてしまった。
「礼と言っては何なんだけど…一つ情報をあげるわ…あなたの仲間の行動に注意なさい…誰かが裏切るかも知れないから…」
「何だと…!?」
「信じる信じないはシオンさん、あなたにお任せするわ…じゃあ、またね」
そう言ってリサは樹の枝に跳躍して飛び乗り、そのまま何処かへと去っていった。
「誰かが裏切る…だと?」
リサのその言葉が頭の中を巡り、立ち尽くしてしまったシオンは彼女を追いかける事が出来なかった。
だがシオンはリサに自分が定期的に彼女の家族に会って薬や経済的な援助をしていた事を知らせていない…当然死んでしまった者に報告など出来る訳が無いのだ。
胸騒ぎのしたシオンは取り急ぎメイド服に着替え、リサの実家へ向かう。
「こんにちは、シオンです」
「あっ…シオンお姉ちゃん!!いらっしゃい!!」
出迎えてくれたのはリサの妹のミラだ…いつも元気な娘だが、今日は輪をかけて溌剌としていた。
「どうしたのミラ…何だかとっても嬉しそうだけど…」
「あのねあのね!!リサ姉ちゃんが帰って来たの!!」
シオンの予想が当たった…リサは自分の所に来る前に実家に寄っていたのだ。
墓の前に来たのはたまたまその帰りに立ち寄った可能性が出てきた。
「そう…良かったわね」
ミラの頭を優しく撫でる。
「エヘヘ~…でもね、またお仕事で遠くへ行かなくちゃならないんだって…ちょっと残念だけど元気な姉ちゃんを見れたから寂しいのも我慢できるよ!!シオンお姉ちゃんも来てくれるしね!!」
ミラの様子から特におかしな所は感じられない…リサは本当に家族に会いに来ただけなのかもしれない。
取り敢えず胸を撫で下ろすシオンであった。
その日の午後…。
シャルロットはハインツ、ツィッギーと共にサファイアを連れて闘技場に来ていた。
「お待たせしましたです」
入り口からイオが入って来た…後ろを少し遅れてアルタイルが着いて来る。
「あれ?グロリアさんは居ないのですか?」
「…それがアイツと来たら何処に行ったのか朝から姿が見えないんだよ…まったく、騎士団の仕事を何だと思っているのか…」
イオの問いかけに頭を振って答えるハインツ。
(お師様…グロリアさん、何かあったのでしょうか…)
(分からない…足の方はもう治っていてもいい筈なんだが…)
イオとアルタイルはヒソヒソ話をする。
それを察してツィッギーもその輪に割り込んで来た。
(何々?お二方…グロリアに何かあったの?)
(わっ!脅かさないでくださいよ…まあ昨日ちょっと…)
(じゃあ後で聞かせてね、絶対だよ)
二人の肩を叩いてその場を離れる。
「いいんだよ…グロリアに暇を出したのは僕なんだから…」
シャルロットに特に気にした様子はない。
「今日は何を始めるので?」
「うん、この子…サファイアにもう一度巨人に変身してもらおうと思ってね…」
「何ですと!?」
あまりにサラッと言ってのけるシャルロットに唖然とするアルタイル。
「いけません姫!!彼女に関しては何も分からない状況なんですよ!?もし暴れ出したりしたらどうするんですか!?」
「僕の勘だとそれは無いと思うんだ…もし暴れるのであればもうとっくにそうなってるよ…それに昨日の作戦会議で話した通りこの子は今回の作戦の要なんだからね」
「ですが…!!」
「そのもしもに備えてハインツとツィッギー、それに君たちも居るんでしょう?
大丈夫!!何かあったら全部僕が責任を持つからさっ」
「分かりました…イオ…昨日教えた魔法を早速試してみなさい…」
「お師様…よろしいので?」
「いたし方あるまい…」
(こうなってしまってはもう姫様は考えを変えないだろうし…まあなるようになれだな…)
アルタイルは割り切る事にした。
「『不可視の領域』!!」
イオは杖を持ち両手を掲げ魔法を唱える…彼から発生した虹色に輝く魔法の障壁がグングンと広がり闘技場全体を包み込むまでに至った。
「この魔法は何だい?」
「これは『不可視の領域』といってこのフィールドの外から内側を覗き見る事が出来ません…さすがに巨人の姿を国民や部外者に見せる訳にはいきませんので…」
「さっすが~!!それでこそ王宮魔導士!!」
サムズアップしてウインクするシャルロット。
「お前ね~王族ともあろう者がそんな下品サインをしては駄目だろう…」
「え~?いいじゃない!今、城下の子供たちの間で流行ってるんだよ?」
「お前はもう大人に成るんだぞ?そろそろそう言うのはだな…」
「あらあら…仲の良い事で…ご馳走様」
ツィッギーが優し気な眼差しで見守っている。
「オホン!!そろそろ本題に戻ってもいいかな!!?」
「あっご免!!今行くよ!!」
アルタイルに圧されて慌ててこちらに駆けよるシャルロット。
「じゃあサファイア、巨人になってみてくれるかな?」
『分かりました…シャルロット様…』
サファイアがおもむろに青いドレスを脱ぎだす。
やがて一糸まとわぬ状態になった。
全く恥じらいがない…魔導機械だから当然なのだろうが周りの人々には堪ったものではない
「あ~っ!!ダメダメ!!男は見ちゃ駄目!!」
慌ててシャルロットが彼女の前で両手をバタバタさせる。
見かねたツィッギーが自分のマントを外しサファイアの前に広げて立った。
「あれ?そう言えばサファイアちゃん、随分と言葉が流暢になったわね」
「ツィッギーもそう思う?朝起きたらすでにこうだったから理由を聞いてみたんだけど…データ収集完了による最適化がどうのとか僕にはちんぷんかんぷんでさ…まあそれはどうでもいいんだけどね…」
「どうでもいいんだ…」
シャルロットの割り切り方があまりにも雑なので苦笑いを浮かべるツィッギー。
そうこうしている内にサファイアの身体の変身が始まった。
ガキンゴキン…と金属音がけたたましく鳴り響く…彼女の全身の体表が一斉に開き、内側に折りたたまれていた装甲が巻物を開くが如く次々と展開していく。
それはどうやったらそんな小さな身体に収納されるのかと疑いたくなる程の膨大な質量で、全くの出鱈目さであった。
見る見る身体が膨れ上がり遂に地下遺跡で姿を見せた青光りする装甲の巨人が姿を現した。
「こっ…これが『絶望の巨人』…」
初めて見るアルタイルとイオは呆然としてしまう。
それほど『絶望の巨人』からは文字通り絶望的な威圧感が放たれていたのだ…それはもう理屈では無かった。
「サファイア!!右手を上げてみて!!」
サファイアの求めに応じ右手を上げる巨人と化したサファイア。
「今度は左手!!」
左手も上げる…両手を天に向かって突き出し、その大きな身体を益々巨大に見せる。
「…『絶望の巨人』が姫様の言う事を聞いている…」
アルタイルはあっけに取られていた…過去の文献には魔王の側で使われていた魔導兵器は女勇者の血を感知し優先して攻撃を仕掛けたという記述があったのだ。
地下遺跡で機能停止していた『絶望の巨人』ことサファイアがシャルロットが触れた事で起動を果たしたのはそれに起因していた。
だからこそ女勇者の血を引く彼女がサファイアを手なずけているという事実はある意味奇跡なのだ。
「ねっ?何ともなかったでしょう?」
「はぁ…そうですね…」
アルタイルも実際目の前で見てしまった以上、異を唱え続ける事は出来なかった。
「もう元に戻っていいよ!!」
『はい、シャルロット様…』
先程巨大化した過程が逆回転するかの様に元に戻っていくサファイア。
すぐにツィッギーがマントを身体に巻く。
「変形する度に服が脱げるのは何とかならないかな~ねえアルタイル…」
「分かりました…考えておきましょう…」
取り敢えず実験はこれにて終了した。
四日後…
首都を強固な城壁で何重にも囲った巨大な要塞…それがドミネイト帝国である。
今まさにその王城の謁見の間にて皇帝に謁見を許された人物が居た。
「ほう…その方か…この儂、ドミネイト十三世に謁見を望んだ命知らずは…面を上げよ」
玉座に座り脚を組んで座る人物こそ帝国の現皇帝、ドミネイト十三世だ。
鋭い眼光に逞しい身体つき、猛々しい髭を蓄えた外見はまさに武闘派の貫録を纏っていた。
『ははっ…お初にお目に掛かります、私はシェイドと申します…』
シェイドが膝ま付いた状態から顔を上げ名乗りを上げる。
相変わらず角付きの黒兜に黒い鎧を着けている。
「貴様…この儂に相対しておるのに兜を取らぬとは…いい度胸をしておるな…」
ひじ掛けに乗せていた指が小指から人差し指に向かって順番に叩き付ける動作を繰り返す…彼が不機嫌な時にやる癖だ。
『申し訳ありませんがこの兜を取る事は出来かねます…どうしてもお望みならば
命を捨てるお覚悟をしていただかなくてはなりませんが宜しいでしょうか?』
「貴様!!ドミネイト様に向かって何という暴言を…!!」
謁見の間の壁に沿って整列している側近が声を荒げる。
するとそれは次々と波及しざわめきが大きくなっていく。
「静まれぃ!!者共!!」
ドミネイト十三世の怒号が響く…すると先程までのざわめきが嘘の様にしんと静まり返った。
「クフフッ…この儂に向かってその様な口を利くとは…数年前のあの女以来だ…気に入った!!シェイドよ、話を聞かせてみよ!!」
『ははっ!!ありがとうございます…!!』
深々とお辞儀をしたのち立ち上がり、懐からる物体を取り出す。
それは掌よりやや大きい金属の様な素材で出来た球だった…表面は模様の様な直線の溝がいくつも走っていて、それが時折不気味に光を発していた。
「ヌウ?それは何だ?」
『これは魔導兵器『絶望の巨人』を探り当てる為の探知機に御座います…この探知機によりますと、その巨人がこの国のどこかに眠っているとの反応がありました』
「何だと!?あの伝説の巨人か!?」
周りの側近が再び騒めく…しかし先程に比べれば大人しいもので、ドミネイトも特に咎めようとはしなかった…それだけ本人も驚いているのだ。
「はい…そして私は巨人を意のままに操れます…ドミネイト様も領土を広げる為の強大な戦力は喉から手が出るほど欲しておられる筈…現に東隣のエターニア王国を長年攻めあぐねていらっしゃる様子…どうです?私と手を組みませんか?さすれば私と手下が巨人共々エターニア侵略に尽力いたしましょう」
ドミネイトの顔を汗が伝う…シェイドの言う事が本当ならば、長年の悲願である東の土地エターニアを手中に収める事が出来る…しかしそれが嘘であったならば…しかしシェイドがドミネイト帝国に接触して来た経緯を思い出すと強気に出る事は出来なかった…何と彼らは西にある帝国の所有する砦を数人でごく短時間で落とし、皇帝との謁見を求めてきたのだ…ここで彼の申し出を断れば多大な被害は免れないだろう…故にドミネイトには既に選択肢はなかったのだ。
「…望みは…何だ?」
絞り出すような声でシェイドに問う。
『あなたと同じエターニアの滅亡ですよ…今の所はね…』
「わ…分かった…その申し出を受けよう…」
『皇帝様の懸命な判断に感謝を…』
わざとらしい大袈裟なお辞儀をして見せるシェイド。
二人の立場はすっかり逆転していた。
「ドミネイト様にご報告します!!」
兵士の一人が謁見の間に現れる…随分慌てた様子で息を切らしている。
「何だ、申してみよ」
「はっ…それがエターニア王国から使節団を名乗る一行が帝王様に謁見を申し出ておりまして…」
「馬鹿者!!儂の許可が無くても殺してよいと命令してあったではないか!!さっさと始末して参れ!!」
「はっ…それがその使節団はシャルロット王女が率いているのです…本当に殺してもよいのでありましょうか?」
「何だと!?それを早く言え!!」
「はっ…申し訳ありません!!」
(またシャルロットか…やはり我々は運命によって導かれているのだな…)
報告を聞いてシェイドがドミネイトにある提案をした。
『ドミネイト様…シャルロット王女とお会いなさいませ…そして時間を稼ぐのです…その隙に我らは必ずや巨人を探し出し起動して見せましょう』
「何!?貴様この儂にそんな兵隊紛いの事をさせるつもりか!?皇帝であるこの儂に!!」
『いいのかな…?そんな態度を取って…』
「あっ…ああっ…」
ドスの利いた声と兜の下から僅かに覗くシェイドの目が不気味に光る…それを見てドミネイトは何も言い返せなくなってしまった。
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顔色の悪いドミネイトを残し、シェイドは謁見の間を後にした。
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