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第10話 灰村シンディの邂逅

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 シンデレラは動けなかった……民家の屋根の上、月明かりに照らされ煌めく長い黒髪を夜風に靡かせた振袖の少女と目が合ったままその鋭い眼差しにその場に縫い付けられてしまったかのように。

「戦いの気配を感じて来てみればこれはこれは……とんだ有名人が居ましたわね」

 黒髪の少女は自信に満ちた力強い口調で話しかけてきた。

「あなたシンデレラでしょう? その見すぼらしい恰好は初期段階なのよね? 分かるわ」

 シンデレラの返答を待たずに一方的に語り始めた。

「正直、その子には迷惑していた所なのよ……神出鬼没に夜な夜な街を徘徊しては民家に火を放って……いくら私達魔法少女が一般人に見えないからと言って、警察の夜回りなんかに出張られては行動しづらいものねぇ」

「あなたは一体……?」

 シンデレラがやっとの事で声を絞り出す。

「あら、やっとお話ししてくれたわね……いいわ、本来魔法少女は自分の正体を自ら明かすものではないけれど特別に教えてあげる……
 私はかぐや姫よ、大体この成りから想像は付いていたでしょうけど」

 かぐや姫は煌びやかな扇子を取り出し口元に中てた。

「どうして殺したんですか……」

「あら? 今の私の話しを聞いてなかったのかしら? 私たちの活動に邪魔だったからよ」

「そんな……そんな理由で人を殺せるんですかあなたは……」

 シンデレラは普段のシンディの時のように感情を込めずにかぐや姫を問い詰めた……いや、正確には感情を押し殺せずに怒りと憤りが言葉と一緒に滲み出ていたのだ。

「何? 怒っているのあなた? おかしいわね、そもそも魔法少女は最後の一人になるまで殺しあうのがルールのはずでしょう? そんなセリフが出て来るのはお門違いでは無くて?」

「……くっ」

 当然シンデレラだってそのルールは知っている……そして今のマッチ売りの少女との戦闘でそれが現実だと痛い程思い知った。
 しかしとどめの段階で躊躇していた所をかぐや姫に先を越されてしまったのだった。
 やはり最後の一線を超えるのはたやすい事ではない、人を傷つけるのは当然としてましてや殺すなど平和な法治国家に暮らしてきた以上は人道的にブレーキが掛かってしまうのも無理からぬこと。
 シンデレラに至ってはその点よく踏みとどまっている方だ、家でも学校でも虐待やいじめに晒されていていつ感情が爆発して凶行に及んでも不思議ではなかったのだから。

「あ~あ、がっかりだわ……あなたほどのビッグネームとなら血沸き肉躍るような熱い戦いが出来ると思っていたのに、とんだ腰抜けだったなんて……興が覚めてしまったわ」

 両掌を上に向けて首をすくめるかぐや姫。

「あなたは戦いを何だと思っているの?」

「それはもちろん戦わなくて済むのならそれに越した事は無いけれど、目的達成の唯一の手段なら迷わないわ……どうせやるなら楽しんでやった方が建設的でしょう?」

「その考えには賛同できない……」

「そう、無理に分かってもらう必要はないかしら……でも今夜はあなたとやりあう気は無いわ、本当は本気を出したあなたと戦いたかったのだけれど……言ったでしょう? 興が覚めたって、今度会う時まで精々生き残っていて頂戴ね、あなたには難しいでしょうけど」

「………」

 何も言い返せないシンデレラ。

「では御機嫌よう」

 ひらりと屋根から反対側へ飛び降り、かぐや姫は去っていった。

「はぁ……はぁ……」

 かぐや姫が去った事でようやく緊張感から解き放たれたシンデレラはがくりと膝を付いた。

『大丈夫ですかシンデレラ?』

 今までどこに居たのか童話本がひょっこりと顔を出した。

「怖かった……蛇に睨まれた蛙の気分を味わったわ」

『それだけあなたと彼女の格が違うってことです……ですがそれに気づけただけでもあなたにはやはり素質があるのですよ魔法少女の』

「あまり嬉しくないわ……あ、そういえばあの子は……」

 シンデレラは慌てて周囲を見渡す、マッチ売りの少女の遺体を探しているのだ。
 しかしどこにも見当たらない……確かに絶命したはずで動くはずがないのに。

『心配ご無用、敗者の遺体は我々が責任を持って処理しましたので』

「我々?」

『そうです我々です、魔法少女は全員私のような童話本を所持しているのですよ……そして勝負の後、死んだ魔法少女はその各々の童話本が骨も髪の毛一本さえ残さず残さずに食らいつくすのです』

「じゃああの子がここに居ないのは……」

『はい、マッチ売りの少女の童話本が美味しくいただきました』

 その話しを聞きシンデレラは全身に悪寒が走った……もし自分が戦いに負けた場合は目の前に居るこのシンデレラの童話本に亡骸を食われてしまうのだ。
 初めて出会った時は驚きもしたがそれから特に意識していなかった童話本……その実態はやはりこの世のものではない怪物であったのだ。

『そんな怖い顔をしないでください、私はあなたが負けて命を落とさなければ誓ってそんなことはいたしませんから安心してください……なにせあなたが負ける事は私にとっても大きなリスクなんですから』

 童話本は少なくとも嘘を吐いていないはずだ、魔法少女を食らうのが目的ならわざわざ戦わせるなんてことはさせないはずなのだから。
 今更ながらに異常な世界に足を踏み入れてしまった事を実感するシンデレラ……彼女はそれ以上深く考えることを止めた。
 そんな事を考えるだけ無駄だと気付いたから。

「はぁ、もう疲れた……今夜はもう帰りましょう」

 未だ力が入り切らない足でよろよろと立ち上がり家に向かって歩き出す。

『初めての戦闘であれだけ出来れば上出来です、次はもっと積極的に行きましょうね!!』

「今日はもう話しかけないで……考えたくない」

 シンデレラは不機嫌そうに童話本を突き放した。
 正直な所、一度に色々な事が起こり過ぎて彼女は頭の中の整理が追い付かなかったのだった。
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