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43.親父
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気がつくとあっという間に冬休みに突入していた。
去年はばーちゃんが入院して大変だったけど、雪原に凄く助けられた。あれからもう一年か……。
師走の空気の中、そんなことを考えていた。
もちろん俺は休み期間はほぼ毎日バイトに入っている。
その日のバイトはミスばかりだった。
食器を割ってしまったり、水をこぼしたり、ハンバーグを焦がしたり……。
先輩達は「気にするな」と言ってくれたけど俺は凹んでいた。
なんとか退勤時刻の十時まで乗り越えるとトボトボと家路に着く。
玄関先でドアを開けようとしたとき、違和感を覚えた。鍵が開いている。祖母が鍵をかけ忘れることはたまにあるのだが、なんだか気味の悪さを感じた。
ゆっくりドアを開けると、そこにはボロいTシャツを着た男が立っていた。嫌な予感は的中した。
「おぉ、緑。久しぶり」
「…………親父……」
無精髭を生やし、ヘラヘラ笑っているその男は数年ぶりに見る親父だった。俺は親父を睨みつけた。ばーちゃんは奥に座り、困ったように笑っている。
「去年、ばーちゃん入院してたんだぞ! 知ってんのか!」
「すまんすまん、良子が来てくれたらしいな」
ヘラヘラしたまま親父はそう言った。演技でもいいから申し訳なさそうにしろよ。俺は歯軋りした。
「まあまあ、緑ちゃん」
ばーちゃんも、何でそんな奴の味方するんだよ。俺が悪いのかよ。
腹が立つよりも虚しさが勝り、握っていた拳から力が抜けた。
「……いつまでいるつもりだよ」
「ひでぇなあ。俺の家だろ? でもまぁそんなに言うなら飯食ったら出て行ってやるよ」
親父はデカいため息を吐くとあぐらをかいた。
居座られても腹が立つが、自分の役割を放棄してのうのうと暮らされても気に食わない。ばーちゃんは慌てて立ち上がり食事の支度を始めた。
歯痒くて苦しいのに何もできない。
「お? なんだその写真」
親父が立ち上がり、コルクボードの写真に手を伸ばした。
「触るな!!」
俺はその手を叩き落とした。
「いってぇ……! ったく、反抗期かよ」
親父は舌打ちして叩かれた手をさすった。
苛立ちながらも、写真の雪原の顔を見て俺は親父に頼まなければいけないことを思い出した。コイツに頼み事などしたくはないが、次にいつ捕まえられるか分からない。
歯を食いしばって言葉を搾り出す。
「け……携帯……」
「あ?」
「携帯契約するからサインして。金は自分で払うから」
親父と目を合わせずに一息で言い切った。しばらく沈黙が流れる。
「ガキに携帯なんざいらねーだろ。どうせチャラチャラした友達ができて唆されたんだろ?」
親父の言葉に、目の前が真っ白になった。俺がどれだけ、俺が……。
バイト先でも学校でも、俺だけ連絡事項を印刷してもらったり、メモしたりしないといけない。クラスメイトとは馴染めない。待ち合わせも一苦労だし写真も撮れない。自分だけ輪の外で生きている気持ちで、夜は深い孤独に包まれる。
「今どき携帯無いと生活出来ないんだよ! 金は自分で出すから!」
「何言ってんだ。俺だってこの前携帯無くして三日くらい持ってなかったけど困らなかったぞ。金は出すって当たり前だろうが。俺が出すわけないだろ」
駄目だ。伝わらない。伝わる気がしない。
頭に血が昇って眉間が痙攣した。
ばーちゃんは親父の後ろでオロオロしている。
「お前が赤ん坊の頃、オムツやらミルクやら大量に買ってやったんだぞ。その分の金も返してもらってないのに携帯に出費って……。金返せよ。バイトしてんだろ?」
コイツはいつの話をしているのだろうか。そもそも全く論点が違うんじゃ無いか?
あまりの通じなさに怒りで目がチカチカする。
どうしてこんな奴が父親なんだ。
自分の金で携帯を買いたい。ただそれだけなのに。
ただそれだけが出来ない。
視界が涙でぼやけてきた。
大きく深呼吸をした後、俺は家を飛び出した。
「緑ちゃん!」
ばーちゃんが叫んでいた。
無我夢中でひたすら走り続けて、気がつくと雪原のマンションの前まで来てしまっていた。けれど部屋の番号が分からない。何も羽織らず出てきたからかなり寒い。
俺は自動ドアの前でしばらくウロウロした後その場を離れた。
マンション前の公園のブランコに座った。かじかんだ手に息を吐きかける。そのまま両手で顔を覆った。
携帯があれば、すぐに電話出来たのに。
携帯があれば、部屋の番号を聞けたのに。
携帯があれば、SOSを送れたのに。
携帯が無い俺は、お前に会うことも話すこともメッセージを送ることもできない。
マンションの最上階を見上げると、どの部屋も明かりがついている。その光がぼやけ、滲んだ涙がこぼれ落ちそうになった。
何一つ出来ることがない。鎖は冷たすぎて握れないから、地面につけた足でゆっくりとブランコを揺らした。ギィギィと哀しげな音が響いた。
数十分は経ったのだろうか。腕時計を忘れたから時間は分からない。体はすっかり冷えていた。
去年はばーちゃんが入院して大変だったけど、雪原に凄く助けられた。あれからもう一年か……。
師走の空気の中、そんなことを考えていた。
もちろん俺は休み期間はほぼ毎日バイトに入っている。
その日のバイトはミスばかりだった。
食器を割ってしまったり、水をこぼしたり、ハンバーグを焦がしたり……。
先輩達は「気にするな」と言ってくれたけど俺は凹んでいた。
なんとか退勤時刻の十時まで乗り越えるとトボトボと家路に着く。
玄関先でドアを開けようとしたとき、違和感を覚えた。鍵が開いている。祖母が鍵をかけ忘れることはたまにあるのだが、なんだか気味の悪さを感じた。
ゆっくりドアを開けると、そこにはボロいTシャツを着た男が立っていた。嫌な予感は的中した。
「おぉ、緑。久しぶり」
「…………親父……」
無精髭を生やし、ヘラヘラ笑っているその男は数年ぶりに見る親父だった。俺は親父を睨みつけた。ばーちゃんは奥に座り、困ったように笑っている。
「去年、ばーちゃん入院してたんだぞ! 知ってんのか!」
「すまんすまん、良子が来てくれたらしいな」
ヘラヘラしたまま親父はそう言った。演技でもいいから申し訳なさそうにしろよ。俺は歯軋りした。
「まあまあ、緑ちゃん」
ばーちゃんも、何でそんな奴の味方するんだよ。俺が悪いのかよ。
腹が立つよりも虚しさが勝り、握っていた拳から力が抜けた。
「……いつまでいるつもりだよ」
「ひでぇなあ。俺の家だろ? でもまぁそんなに言うなら飯食ったら出て行ってやるよ」
親父はデカいため息を吐くとあぐらをかいた。
居座られても腹が立つが、自分の役割を放棄してのうのうと暮らされても気に食わない。ばーちゃんは慌てて立ち上がり食事の支度を始めた。
歯痒くて苦しいのに何もできない。
「お? なんだその写真」
親父が立ち上がり、コルクボードの写真に手を伸ばした。
「触るな!!」
俺はその手を叩き落とした。
「いってぇ……! ったく、反抗期かよ」
親父は舌打ちして叩かれた手をさすった。
苛立ちながらも、写真の雪原の顔を見て俺は親父に頼まなければいけないことを思い出した。コイツに頼み事などしたくはないが、次にいつ捕まえられるか分からない。
歯を食いしばって言葉を搾り出す。
「け……携帯……」
「あ?」
「携帯契約するからサインして。金は自分で払うから」
親父と目を合わせずに一息で言い切った。しばらく沈黙が流れる。
「ガキに携帯なんざいらねーだろ。どうせチャラチャラした友達ができて唆されたんだろ?」
親父の言葉に、目の前が真っ白になった。俺がどれだけ、俺が……。
バイト先でも学校でも、俺だけ連絡事項を印刷してもらったり、メモしたりしないといけない。クラスメイトとは馴染めない。待ち合わせも一苦労だし写真も撮れない。自分だけ輪の外で生きている気持ちで、夜は深い孤独に包まれる。
「今どき携帯無いと生活出来ないんだよ! 金は自分で出すから!」
「何言ってんだ。俺だってこの前携帯無くして三日くらい持ってなかったけど困らなかったぞ。金は出すって当たり前だろうが。俺が出すわけないだろ」
駄目だ。伝わらない。伝わる気がしない。
頭に血が昇って眉間が痙攣した。
ばーちゃんは親父の後ろでオロオロしている。
「お前が赤ん坊の頃、オムツやらミルクやら大量に買ってやったんだぞ。その分の金も返してもらってないのに携帯に出費って……。金返せよ。バイトしてんだろ?」
コイツはいつの話をしているのだろうか。そもそも全く論点が違うんじゃ無いか?
あまりの通じなさに怒りで目がチカチカする。
どうしてこんな奴が父親なんだ。
自分の金で携帯を買いたい。ただそれだけなのに。
ただそれだけが出来ない。
視界が涙でぼやけてきた。
大きく深呼吸をした後、俺は家を飛び出した。
「緑ちゃん!」
ばーちゃんが叫んでいた。
無我夢中でひたすら走り続けて、気がつくと雪原のマンションの前まで来てしまっていた。けれど部屋の番号が分からない。何も羽織らず出てきたからかなり寒い。
俺は自動ドアの前でしばらくウロウロした後その場を離れた。
マンション前の公園のブランコに座った。かじかんだ手に息を吐きかける。そのまま両手で顔を覆った。
携帯があれば、すぐに電話出来たのに。
携帯があれば、部屋の番号を聞けたのに。
携帯があれば、SOSを送れたのに。
携帯が無い俺は、お前に会うことも話すこともメッセージを送ることもできない。
マンションの最上階を見上げると、どの部屋も明かりがついている。その光がぼやけ、滲んだ涙がこぼれ落ちそうになった。
何一つ出来ることがない。鎖は冷たすぎて握れないから、地面につけた足でゆっくりとブランコを揺らした。ギィギィと哀しげな音が響いた。
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