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第二章

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 翌日、アレムは婚約について正式に文書を取り交わした。カガニアから要人を招いてからにするか相談があったそうだが、ジャドが「誰も来ないに決まっているからさっさと済ませるようお願いしておいた」と言っていた。確かにその通りだと思うのでアレムは異論はなかった。会議室のような場所には巨大なテーブルにネイバリーの王族や大臣が十数名集まっていた。皆自己紹介をしてくれたが人数が多く、アレムは数名しか名前を覚えられなかった。ウィルエルの父、ネイバリー皇帝は前妻との間に二人、後妻であるウィルエルの母との間に三人子どもがいる。この場には皇帝の子が全員出席していた。前妻の長兄のマイコムはまだ三十三歳だが皇帝代理として仕事をすることもあるそうだ。アレムに対して失礼な態度は一切なく、「ぜひ弟を頼む」と挨拶してくれた。ウィルエルは後妻のファノ王妃の長男で、トマスとレイドという十六歳と十一歳の二人の弟がいる。若い兄弟は興味深そうにアレムを眺めていた。二人とも美形だがウィルエルより素朴で人懐こい顔をしている。にこにこと邪気の無い笑顔を向けられてアレムはむず痒い気持ちになった。ファノ王妃も出席しており、とても心配そうにアレムに何か語りかけ、ときどきハンカチで口を抑えて「ああっ」「ううっ」などと発するのでアレムも彼女を心配になった。ジャドにどうしたのか尋ねると、「こんな節操のない息子と婚約して大丈夫かと非常に心配してるみたいだ……」という答えが返ってきた。遊び人が過ぎて一族から男との結婚を決められるくらいだ。母であるファノ王妃も相当悩んでいるのだろう。当のウィルエルはどこ吹く風でのんびりとお茶を飲んでいた。アレムはウィルエルが男との結婚を決められたことについて不満を抱えているのではと心配していたのだが、ウィルエルは気にしていないというか、どうでもいいと思っているように見えた。ひょっとするとウィルエルは結婚したからといって相手を一人に絞る気はないのかもしれない。むしろ、どれだけ遊んでも男の結婚相手がいれば遊び相手達が後継争いに巻き込まれることはない。却ってその方が彼にはいいのかもしれないな、などとアレムは推測していた。
 誓約書は昨日のうちに受け取りジャドに内容を説明してもらっていたので、アレムはサインをするだけだった。ウィルエルもサラサラとペンを滑らせてサインをし、拍手が起こった。その後すぐに解散となり、アレムはウィルエルと別室に連れて行かれた。ウィルエルの側近のオドリックが先導し、最後にジャドが付いてきていた。
 オドリックが部屋の扉を開くと、広々とした空間に椅子とテーブルが置いてあり、左右に二つずつ扉が見えた。部屋の奥は大きな出窓になっていて室内はとても明るい。ジャドがオドリックから説明を受け、アレムヘ通訳した。
「今日からこの部屋でウィルエル王子と暮らすということだ。奥の左側はウィルエル王子、右側がお前の部屋だ。手前の左側は寝室、右側は浴室になっている」
 アレムはさっと青くなった。まさか、今日から一緒に二人で生活することになるなんてまったく予想していなかった。婚約したと言っても、昨日出会ったばかりなのだ。しかし婚約している二人がひとつのベッドで寝るとなればすることはひとつ――。
 オドリックが部屋の中を隅々まで案内してジャドが訳してくれていたが、アレムの頭には全く入ってこなかった。ウィルエルがアレムの肩に手を置いていることにも気が付かなかった。寝室の戸が開かれた時、天蓋付きの五人くらい眠れそうなサイズのベッドが目に飛び込んできた。このサイズなら転がりまわって逃げられるかなどと考えてしまったが、そもそもそんな行儀の悪いことを出来るはずもない。どうしたものかと考えながら寝室から出ると、見知らぬ若い男性が一人増えていた。服装から察するに王族ではなく城の使用人と思われる。
「◼︎◼︎! ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!」
 その男はニカッと笑い元気よくアレムヘ挨拶してきた。金色の短髪がよく似合っており、人見知りなどしたことが無さそうだ。ジャドから「彼はロイといってお前の世話係になるらしい」と説明があった。握手を求めて手を差し出されたのでおずおずと手を出すと、力強く握り返された。
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎! ◼︎◼︎◼︎◼︎!」
 ロイはアレムにハキハキと話しかけてくるがジャドは通訳をしてくれない。重要なことではないのだろうか。それにしたって無視をするのは印象が悪くなるのでやめてほしかった。ジャドは結局今日帰国することになった。おそらくそろそろ城を発つ時間なので上の空のようだ。
 ひととおり部屋や生活に必要なことの説明が終わると、ジャドはウィルエルとオドリックに挨拶し、最後にアレムに顔を向けた。
「じゃあ、わしは帰るから絶対に結婚にこぎつけるんだぞ。婚約破棄されたって帰ってくる場所はないからな」
 言われなくても分かっていることを吐き捨て、ジャドは去っていった。まさかこんなに堂々とカガニアの王族が通訳に邪険にされているとは、この場にいる誰も思わないだろう。こうしてアレムはただ一人ネイバリーに残されてしまった。
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