毒兵器少女と化け物王子の幸福論

千 遊雲

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毒に塗れた、美しく幸福な世界

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「主様」



果たしてそこに、少女は居た。

手も足も細く、触れてしまえば壊れてしまいそうに儚い体で、剣も鎧も持たず。嫌っていた筈の毒霧を体から出して、俺の事を呼び、少女は夕刻の夜空のような髪を靡かせて戦場そこに居た。



「…何故ここに、逃げろと言っただろう!」



シャウラは俺の怒鳴り声にびくりと肩を竦ませた。

しまったと思っても時は既に遅く、怯えた様子のシャウラは、しかし俺に向かって言葉を返してきた。



「だって、主様は嘘をつきました」

「嘘?」

「林檎、主様が居ないと美味しくないです。空も、風も、陽の光も、主様が居ないと綺麗に見えません」



シャウラの瞳からボロボロと涙が零れ落ちる。

痛みで眠れぬ夜も、シャウラは涙を零すことをしなかった。出会った日から、一度も見たことの無いそれに言葉が詰まる。



「主様が居ないのなら、やっぱり私は消えてしまいたい」



シャウラの体から溢れる毒が地を変色させ、人々の歩みを止めさせる。誰もシャウラに近付くことなどできなかった。

ジュワリと音を立て、毒の触れた所から草木が枯れていく。それはどんどん広がっていき、戦場から逃げ惑う人々の中、俺は一人シャウラの元へと歩みを進めた。



「俺が居れば、消えたくなくなるのか?」



毒に触れた足がジクリと痛む。もしかしたら、化け物だなんて呼ばれない普通の人間ならば、足が無くなってしまうのかもしれない。

だから唯一、化け物の俺だけが毒に塗れたシャウラに近づくことができる。

毒の中を突き進み、その中で一人、涙を流すシャウラの頭を優しく撫でれば、コクリと小さく頷いた。

毒の霧に囲まれた世界で、空も光も見えやせず、しかし初めて見るシャウラの涙は何よりも美しかった。



「たった一人で消えるより、私は主様に、一等星シャウラと呼ばれる毒兵器がいいです」



幸せを教えるだなんて。本当に教わっていたのは、どっちだったのだろうか。

俺は化け物だが、それでもシャウラが俺を望むならば、やっぱりこの世界は美しいと思える気がした。


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