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4回目の人生

四回目の人生は「約束」

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「我が愛しき娘、セシリア。お前に命じる。勇者と共に、魔王を倒す旅に出なさい。魔王を倒して、この世界に平和をもたらすのだ」

もう4度目になるお父様のセリフを聞きながら、ゆっくりと瞼を上げていく。
暗い世界に光が入ってきて、徐々に周りの風景が見えるようになっていく。

「初めまして、セシリア王女。俺は勇者、グレンだ! 一緒に頑張ろうなっ!」

ニコニコと笑って、私に向かって手を差し出す勇者様。

「貴様っ! 王女殿下に対して、なんて口の利き方を!!」

真面目な騎士団長が、勇者様の態度に怒っている声を聞きながら、私は周囲を見渡しました。

「魔王を倒してくれるはず」と、希望に満ち溢れた表情の人々。
「魔王を倒せるのかな」と、不安そうな表情をする人々。
割合は半々くらいでしょうか。

抱く感情は違っていても、周囲の人々は皆、私が聖女になると信じているようです。
私が聖女になって、悪い魔王と戦ってくれるのだと。

ど、どうやって聖女の話を断りましょう……
毎回このシーンからのやり直しですけど、聖女を断るのは初めてです。
ここまで信じ切った目を向けられると、断るのもきまずいです。

「……お父様。一つ、お尋ねしたいことがございます」
「なんだ?」
「魔王とは、どのような存在なのでしょうか?」

私の問いかけに、お父様は「悪だ」と短く返しました。

「魔物の魔力を狂わせて狂暴化させ、気まぐれに各地の町を破壊する。今までに幾人もの命を奪った、人類の敵だ」

その考えは、今までの私もずっと信じていたこと。
だけど……魔王にも優しさがあると知った今……

「彼が……魔王が悪いだけの存在だと、私には思えません」

あの魔王が、理由もなく悪事を働くとは思えなかった。

「セシリア? 何を言い出すつもりだ?」

お父様が眉をひそめる。
私の異変に気が付いたのでしょう。

「我が娘は今日、体調が悪いようだ。聖女の認定は後日にするとしよう。セシリア、今日は部屋でゆっくり休みなさい」

私を部屋に戻そうとするお父様に、私は「いいえ」と返事をしました。

「いいえ、私に聖女の認定は……」

「不要です」と言おうとした。
その時……世界が少し、暗くなった。

「この魔力……」

同時にズンと、空気が重く感じるほど濃い魔力が辺りに充満する。
暗く、重い、闇の魔力。
前の人生で何度も対峙して、絶望を突きつけられた。
この魔力の持ち主は……

「やっぱりあなたでしたか。魔王アルゼラ」

私の予想通り、振り返った先には魔王が居ました。
長い黒髪、夜闇のような黒目。
無表情にみえるのに、少し下がった目線がなんだか寂しそうに見えてしまいます。

前回の人生とまったく変わらない姿ですが……どうしてここに、魔王が居るのでしょう?
魔王と対峙するのは、毎回時間が巻き戻ってから一年後だったはずなのに。

「……約束を果たしに来た」
「約束?」

首を傾げた私に、魔王が手を差し出した。
人間と何一つ変わらない手を、まるで握手を求めるかのように差し出しながら……

「次は聖女にはならないのだろう?」

……そう言う魔王に、私はキョトンとしてしまって。

「あなたも記憶があったのですか?」
「ああ」

頷く魔王に、私は思わず笑ってしまいます。

「ふ、ふふっ。私に聖女になってほしくなくて、こんなところまで来たんですか?」
「……悪いか」
「いいえ、何も悪いことなんてありません。あなたも私と友達になりたいのだと分かって、嬉しくて笑ってしまったのです」
「……」

むっつりと黙り込んだ魔王は私が本当に聖女にならないか、本当に友達になるのか、不安になって見に来てしまったのでしょう。
それどころか、見ているだけで居ても立っても居られずに王城にまで入ってきてしまうなんて。あんな澄ました顔をして、どれだけ私と友達になるのを期待していたのか。

「あなたって本当は可愛い人なのね」

知れば知る程、魔王が悪い存在だなんて思えません。
だって私の目に映る魔王は、一見分かりにくいけれどよく見れば分かりやすい、寂しがりで優しい人だから。

「ではあなたのご希望通りにいたしましょうか」

一通り笑った私は彼の手を取って、「お父様!」と声を上げます。

「お父様! 私、聖女にはなりません! この人と、聖女にならない代わりに友達になりましょうって約束をしたの」

魔王の手はひんやりとしていた。でも、私の手を握り返す力は優しくて、そんなところまで「彼らしいな」と思ってしまう。

「アルゼラ、私と友達になったからは、もう悪さなんてさせませんから」
「……ああ」
「聞きました? お父様。魔王も悪さをしないそうなので、もう魔王を倒さなくても良いですよね?」

状況を把握できないまま呆けるお父様に、「ね?」と圧をかけて無理矢理頷かせる。
後から我に返ってしまう可能性はありますが、ひとまず言質は取ったので大丈夫でしょう。

私の話が終わるのを待っていたかのように、魔王がゆっくりと空に浮かんでいきます。
手を握られている私も一緒に浮き上がって……

「これから何をしますか?」
「友達になったからには……何をすれば良いんだ?」
「何をすれば良いんでしょうかね?」
「……友達など居た事もないから、知らぬ」
「私も友達は少なかったですね。でも、お友達の家に招かれてお茶会などしていましたよ?」
「……お茶会」
「魔王……いえ、もう友達になったんですから、魔王と呼ぶのもおかしいですね。アルゼラ、あなたのお家でお茶会でもしてみましょう。話している内に何か思いつくかもしれませんよ」
「魔王城で?」
「ええ、魔王城で」
「おかしくはないか?」
「私と一緒におかしくなりましょう」

……私とアルゼラは雲一つない青空の中で見つめ合って、どちらともなく笑ってしまいます。

「まぁ、それも悪くはないか」

呟いたアルゼラの顔は、なんだかとっても嬉しそう。
その顔を見ていれば、四回目の人生でとんでもない選択をした気がするのに、後悔の一つも浮かんできません。


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