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3回目の人生

3回目と4回目の狭間は「優しさ」

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次、もしもまた、次があるなら……
魔王と……あなたと、今度こそ、話してみたい……

そんな穏やかな気持ちで、私の三回目の人生は終わりを迎えた。
迎えたと、思ったのだけれど……

「すまない……」

真っ暗な世界の中、どこからか声が聞こえてきます。
これは、魔王の声かしら?

「俺は魔王として、やるべきことがある」

「まだ死ぬわけにはいかない」

「けど、君たちを殺したいとも思っていなかった」

「すまない」

ぽつりぽつりと呟かれるのは、私と勇者様に向けた贖罪の言葉でした。
なんで? と思うと同時に、私の体へ注ぎ込まれる大量の魔力に気が付きます。

消えそうになる私の命を、なんとか繋ぎとめようとする温かい魔力。
その正体は多分、魔王の魔力でしょう。
結界の中には、私と魔王しかいないのですから。

少しずつ、意識が戻ってくる。
視界が戻ってきて最初に見えたのは、地面に横になっている私の隣に座り込んで、俯く魔王の姿でした。

魔王の長い黒髪が、地面にまで広がっている。
私よりも背の高い魔王なのに、背中を丸めて座り込む姿は、なんだか小さく見えました。

「なんで、謝るのですか?」と、俯く魔王に聞こうとしました。
けれど声がうまく出なくて、咳き込むことしかできません。

「……起きたか、聖女」

俯いていた魔王が、私が咳き込んだことで顔を上げ、話しかけてきました。
先ほど聞こえた懺悔の言葉は聞き間違いだったかのでしょうか……?
打って変わって、憮然とした話し方に戻っています。

「聖女、回復魔法は使えるか?」

問いかけられて、私はゆっくり首を振る。
結界魔法へ無理に魔力を込めたからでしょう。
体の魔力回路はボロボロで、魔法を発動させることすらできそうにありません。

「そうか」

生きているのが不思議なくらい、体はボロボロの状態です。
……多分、魔王からの魔力配給が止まった瞬間に私は死んでしまうでしょう。

「俺も回復魔法は使えない」

魔王の言葉はぶっきらぼうなのに、私のことを心配しているような気がします。

「なんで、私を、生かすのですか?」
「……意味はない。この結界の中で一人なのもつまらないだろう。強いていうなら暇つぶしだ」

嘘だと思った。
暇つぶしでこんなに大量の魔力を他人に渡すなんて、普通はあり得ないです。

それに……

「声が枯れているな。仕方ない、これを飲め」

暇つぶしと言うには、魔王は私に気遣ってくれています。
私の声が枯れていることに気が付いて、魔法で飲み水を出してくれることが良い証拠です。
しかも飲み込んでから気付いたのですが、水にも大量の魔力を含ませているというおまけ付き。
これで気遣っていないとしたら、それはそれで、底抜けの良い人としか考えられません。

「ありがとうございます、助かりました」
「何も助かっていないだろう」
「どうして?」
「俺の魔力が尽きた瞬間、お前は死ぬだけだ」

「死ぬ」と言った瞬間、魔王の眉間にしわができました。
まるで、言いたくない言葉を、無理に口にしたとでもいうような表情です。

「あなたは魔王だけど、とっても優しいのですね」
「……お前の勘違いだ」
「そんなことないと思いますけど……まぁ、良いです。それで、あなたの魔力は、あとどのくらい持ちそうですか?」
「良くて半月。お前の状態が悪化したら数時間だな」
「半月か数時間ですか。どちらにしても幸運ですね」
「幸運だと?」
「もともと結界魔法を使った時に、命は捨てたつもりです。数時間だけだとしても、死が遠のいたのは幸運です」

魔王の言葉に、ショックは受けませんでした。
結界魔法の発動時、生命力を使った瞬間に死は覚悟していましたから。
私の言葉に、魔王は「そういうものか」と、納得はいっていない様子で呟きます。

「それに私、あなたと話してみたいと思っていたんです」
「俺と?」
「そうです。話せばよかったとしていた後悔を、一つ無くすことができました。良いことです」

魔王はもう一度「そういうものか」と呟きます。
今度は素っ気なさそうな言い方でした。
でも、長い髪の間から見える頬が、少し赤く染まっています。
これはもしかして、照れているのでしょうか?

「結構分かりやすいですね」
「……? 何の話だ?」
「いえ、こちらの話です」

話せば話すほど、魔王が良い人にしか見えません。
今だって、死にかけているはずの体には、痛みの一つもありません。
きっとそれも、魔王が痛みを止めてくれているのでしょう。

「私は、魔王が世界にとっての悪だと教わってきました」
「ああ」
「でも、あなたを見ていると、悪い人には見えないのです」
「そうか」
「あなたのことを倒そうとする前に、あなたのことをもっとよく知ろうとすれば良かったのかもしれません」
「俺は魔王だ」
「ええ」
「人間が魔王を理解することはできない」
「そうかもしれません」

ぶっきらぼうで、私を拒絶するような言い方。
でも、言っていることは私を慰めるようなもの。
「俺は魔王だから、理解しようとしなくても仕方ない」と。

「でも、あなたが悪だという声を信じるには、あなたは優しくていい人すぎます」
「魔王が良い人だなんて言うのはお前くらいだ」
「もしも私が死んで、生まれ変わって、もう一度あなたに会えたら……次は友達になりたいです」
「俺は魔王で、お前は聖女だ。友達になど、なれるはずがない」
「うーん……なら、次は聖女になりません。魔王と一般人。それならどうですか?」
「お前が一般人は無理があるだろう」
「私なんて、聖女という肩書が無かったら、平々凡々の一般人ですよ」
「こんな結界魔法を使う人間がごろごろ居てたまるか」
「そんなことないですよ。私の姉や兄はもっとすごかったんですから」
「……そうか」

疑いの目を向ける魔王に「本当ですよ」と言えば、「それが本当だとしたら、お前の姉兄はバケモノだ」と返されます。

「バケモノじゃないですよ。本当にすごいんですから」
「そうか」
「イデアお兄様は真面目で責任感が強くて、仕事が本当に早いんです。色々な人に慕われていて、私も尊敬しているんです」
「そうか」
「ミアお姉様は本当に綺麗なんです。色々な人に求婚されていて、王都の流行はミア姉様が作っているようなものなんです」
「そうか」
「ジルお兄様は槍が得意で、戦術を考えるのも上手なんです。無人島でも生き延びるくらい生命力が強くてすごいんです」
「無人島?」
「はい、無人島です。以前乗っていた船が沈んでしまい、ジルお兄様は無人島で5か月間生活していたんです」
「……そうか」

くだらない話をたくさんしているうちに、だんだん呼吸をするのが苦しくなってきました。

「少し休め。話していると体力を消耗する」
「……はい」

魔王の言葉に従って、私は目を閉じた。
ヒュウヒュウと、呼吸音がおかしくなっていくのが自分でもわかります。
きっと、このまま眠ってしまえば、今度こそ三回目の人生は終わってしまうのでしょう。

だから……私は、後悔しないために、目を開けた。
魔王のほうを見れば、魔王も私のことを見つめていた。

「魔王、アルゼラ。今度、もしまた会えたら、次は友達になりましょうね」
「魔王と聖女は友達にはなれない」
「一般人になりますから」
「それなら考えてやる」
「約束ですよ」
「ああ」

不愛想で、ぶっきらぼうで、少しわかりにくいけど、優しすぎる人。
またやり直せるなら、今度は絶対、あなたと友達になります。
友達になって、また、くだらない話をたくさんしたいです。
それで、あなたと戦わないで済む。そんな未来を探せたら……
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