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第1部1章 初仕事編
4 投獄
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承治が再び目を覚ますと、またも理解不能な状況に陥っていた。
石造りの薄暗いその空間は、明らかに牢獄だった。
己の手足は鎖で繋がれ、体の至るところに痛みを感じる。特に、頭痛が酷かった。
目を覚ました承治は、何故自分がこのような状態に陥っているのか考えを巡らせる。
まずは昨晩の記憶だ。
会社帰りに部長の送別会に参加したことは正確に覚えている。
その場で一発芸のマジックを披露し、盛大に滑ったところでイッキ飲みを強要されたことも覚えている。
だが、それ以降の記憶が非常に曖昧だ。
ハゲのオッサンや外人風の少女と出会ったことは何となく覚えているが、そこに至る経緯や、彼らと話した内容は全く覚えていない。
例えば、イッキ飲みで酩酊し、二次会に連れ回されたあげく、何か犯罪を起こして逮捕されたという想像が浮かぶ。
しかし、仮に現行犯逮捕されて勾留されていたとして、日本の留置所はこんな不揃いの石でできた空間などではないだろう。おまけに、手足まで鎖で拘束するようなことがあるだろうか。
だとすれば、ここは非合法な空間なのかもしれない。
何かこう、ヤクザ的な、そういうヤバイ組織に捕まったとも考えられる。
思い返して見れば、ハゲのオッサンとのやり取りで、何やら契約じみたものを結ばされたような気もしてくる。
そんな想像をかき立てた承治は、今後の展開に身を震わせる。
どうして僕がこんな目に……。
そんなことを考えていると、正面に見える鉄格子を挟んで三人の人影が現れた。
一人は甲冑を纏う兵士のような男。もう一人は黒いローブに身を包み杖をつく背の低い老婆。そしてもう一人は、ドレスを纏い、長い耳を持つ美女だった。
その面子は明らかに日本人離れした容姿をしており、どんな集団なのか検討もつかない。
一見すると、中世をモデルにした遊園地のキャストのようだ。
目の前に現れた三人は、承治の姿を見るやいなや、ひそひそと会話を始める。
「男の所持品に怪しいものはありませんでした。ただ、男の持つカードのような物に書かれた言語は見たことのない文字で……」
「魔道具や魔法対価も持ちあわせておらず、呪いの印や精霊との契約印もないようじゃ。となると、本当にただの人であるとしか……」
「でも、噂の転生者なら特別な力が……」
その様子を見ていた承治は、とりあえず声をかけてみた。
「あのー。僕、何かしでかしちゃいましたかね? とりあえず、この鎖を外してもらえると助かるんですけど……その、漏れそうなんですよ……」
そう告げた承治は下半身をもじもじさせる。
昨晩飲み過ぎたせいか、尿意をもよおしているのは事実だった。
だが、そんな要求に構うことなく甲冑姿の男が承治に向けて口を開く。
「まず名前と年齢、職業を答えろ」
承治は仕方なく彼の問いに応じる。
「大月承治。27歳。職業はメーカーの事務……」
「〝めーかー〟とは何だ」
「えー、機械を作る会社のことです。そこで、書類を作ったりお金を計算したりしていました」
「職人工の会計士のようなものか? お前は昨日、どうやってあの部屋に入った」
「覚えてないです。宴会に参加した後、酔っぱらって何が何やら……」
兵士が質問を終えると、目の前の三人は再びひそひそと会話を始める。
その様子は、明らかに承治の存在をいぶかしんでいるように見えた。
何がどうなってるんだ。誰か教えてくれ。
尿意を我慢する承治は、もはや己の置かれた状況を考えることを諦め、やけくそになって叫ぶ。
「何でもいいからトイレに行かせてくれえええええええええ!」
その瞬間、突如として不思議なことが起こった。
いきなり承治の視界に入る風景がモノクロになり、目の前に立つ三人が驚きの表情を浮かべたまま、ぴたりと止まって動かなくなったのだ。
承治は訳も分からず目をパチパチとしばたかせる。
すると、牢獄の天井から眩い光が放たれ、何らかの物体がその空間に現れ始めた。
目を眩ませ顔を背けた承治が恐る恐る視線を戻すと、そこには信じられないほどシュールな光景が広がっていた。
牢獄の天井から光と共に現れたのは、スーツ姿で背中に白い羽を生やし、そしてハゲた頭の上に光る輪っかを携え空中浮遊する一人のオッサンだった。
天使と社会人のオッサンを融合させたような謎の生物と対面した承治は、口をあんぐりと開けて呆気にとられる。
承治があまりに唐突な出来事に当惑していると、天使風のオッサンは愛想笑いを浮かべたまま承治に語りかけてきた。
「いやぁ大月さん、昨日ぶりですね。実は、こちらの不手際で昨日結んだ契約の控えを渡すのを忘れていまして、勝手ながらお届けに参りました。誠に申し訳ありません」
そう告げたオッサンは、ハゲた頭に後光を反射させて深々とお辞儀をする。
そして、右手を伸ばして承治の前に一枚の紙切れを差し出した。
「こちらが契約書の控えです」
承治は顔を突き出し、契約書の控えとやらの内容を確認する。
表題にはこう書かれていた。
『死後における魂及び肉体の転生(異世界)に関する契約について』
承治は、音読しながらその内容を確認する。
「ええと、第11天界受入案内支店(以下「甲」とする)と大月承治(以下「乙」とする)は、以下の通り契約を締結する……第1条、甲は乙の死後の処遇に関し、その肉体及び魂の転生業務を遂行する……?」
その言葉に、オッサンはにこやかに応える。
「ええ、契約の通り転生業務は滞りなく完了しました。現世にて死亡した大月さんの魂と肉体は、No.111056世界線――つまるところ異世界へ転生を果たしました。オプションの言語能力は問題なく機能しており、契約内容に相違は……」
「待った待った! 死亡とか転生ってどういうことですか。契約の内容がまったく分からないんですけど」
その言葉に、オッサンは汗を拭って困ったような表情を浮かべる。
人外のような見た目をしていても汗はかくらしい。
「ええと、まあ、先ほど申し上げた通りです。大月承治という人間は一度死んでいます。しかし、私共の提供する異世界転生サービスに同意し、新たな地での転生を果たしたというわけですね。今はいささか苦境に立たされているようですが、これについてはサービス外の出来事ですので……」
承治は信じられないといった面持ちでオッサンに問いかける。
「死んだ? 僕が?」
「はあ、大変申し上げにくいんですが、そうなります。死因はイッキ飲みによる急性アルコール中毒だとか。最近、お若い方によくあるんですよねぇ。お気の毒ですが、そのための転生サービスとお考えください。これからは新たな地で新たな人生を楽しんでいただければと……」
二日酔いによる頭痛に苛まれる承治の頭はパンクしそうだった。
僕があのイッキ飲みで死んだ? そんでもって異世界へ転生した?
理解不能な状況の連続に加えて、自分が死んだと告げられて冷静でいられる人間はそういない。
承治の脳は完全にショートし、茫然と目の前に差し出された契約書の控えを眺めることしかできなかった。
その様子を見たオッサンは、話を切り上げるように告げる。
「とりあえず、私から申し上げられることは以上です。この契約書控えは大月さんにお渡ししますので、後ほどご確認ください。尚、この契約における疑義については、契約内容に相違があったとこちらが認める場合のみ対応いたしますので、その点はご容赦ください」
なんて悪質な契約だ。
契約における疑義申し立ては契約者双方から申し出可能にしておくのが普通だ。それを一方通行にしておくのは詐欺じみている。
などと、いささか職業病じみたことを承治が考えていると、オッサンは折りたたんだ契約書控えを承治のポケットにねじ込み、姿勢を正す。
「では、確かにお渡ししましたので、私はこの辺りで失礼します」
すると、再び光に包まれたオッサンは承治が引き止める間もなく牢獄の天井をすり抜けて上昇してく。
その光景は、彼の登場時と同じく甚だシュールだった。
オッサンが消えると同時に、承治の視界は色彩を取り戻す。
そして、目の前で制止していた三人はひそひそ話を再開していた。
「トイレに行きたがっているようですが……」
「じゃが、本当に安全であるという保障は……」
「でも、それじゃあ、あまりに可哀そうでは……」
よくよく観察して見れば、確かに目の前にいる面子――特に、長い耳を持つ美女は承治のような人類とはいささか異なる容姿を持っている。
それに加えて、魔法がどうだとか、そんな話もしていた。
ここは異世界。
現世で死んだ僕は、この不可解な世界で人生をやり直す。
今の状況に一面の事実を突き付けられた承治は、納得いかないまでも己の立場を把握することができた気がする。
しかし、そんなことより目下解決すべき大きな問題が残されていた。
下半身から伝わるその兆候を察した承治は、三人に向かって控えめに告げた。
「あの、皆さんに慈悲があるなら、せめて体だけでも自由にしてください……ホントに漏れそうなんです。その、部屋の端っこで済ましますから……」
石造りの薄暗いその空間は、明らかに牢獄だった。
己の手足は鎖で繋がれ、体の至るところに痛みを感じる。特に、頭痛が酷かった。
目を覚ました承治は、何故自分がこのような状態に陥っているのか考えを巡らせる。
まずは昨晩の記憶だ。
会社帰りに部長の送別会に参加したことは正確に覚えている。
その場で一発芸のマジックを披露し、盛大に滑ったところでイッキ飲みを強要されたことも覚えている。
だが、それ以降の記憶が非常に曖昧だ。
ハゲのオッサンや外人風の少女と出会ったことは何となく覚えているが、そこに至る経緯や、彼らと話した内容は全く覚えていない。
例えば、イッキ飲みで酩酊し、二次会に連れ回されたあげく、何か犯罪を起こして逮捕されたという想像が浮かぶ。
しかし、仮に現行犯逮捕されて勾留されていたとして、日本の留置所はこんな不揃いの石でできた空間などではないだろう。おまけに、手足まで鎖で拘束するようなことがあるだろうか。
だとすれば、ここは非合法な空間なのかもしれない。
何かこう、ヤクザ的な、そういうヤバイ組織に捕まったとも考えられる。
思い返して見れば、ハゲのオッサンとのやり取りで、何やら契約じみたものを結ばされたような気もしてくる。
そんな想像をかき立てた承治は、今後の展開に身を震わせる。
どうして僕がこんな目に……。
そんなことを考えていると、正面に見える鉄格子を挟んで三人の人影が現れた。
一人は甲冑を纏う兵士のような男。もう一人は黒いローブに身を包み杖をつく背の低い老婆。そしてもう一人は、ドレスを纏い、長い耳を持つ美女だった。
その面子は明らかに日本人離れした容姿をしており、どんな集団なのか検討もつかない。
一見すると、中世をモデルにした遊園地のキャストのようだ。
目の前に現れた三人は、承治の姿を見るやいなや、ひそひそと会話を始める。
「男の所持品に怪しいものはありませんでした。ただ、男の持つカードのような物に書かれた言語は見たことのない文字で……」
「魔道具や魔法対価も持ちあわせておらず、呪いの印や精霊との契約印もないようじゃ。となると、本当にただの人であるとしか……」
「でも、噂の転生者なら特別な力が……」
その様子を見ていた承治は、とりあえず声をかけてみた。
「あのー。僕、何かしでかしちゃいましたかね? とりあえず、この鎖を外してもらえると助かるんですけど……その、漏れそうなんですよ……」
そう告げた承治は下半身をもじもじさせる。
昨晩飲み過ぎたせいか、尿意をもよおしているのは事実だった。
だが、そんな要求に構うことなく甲冑姿の男が承治に向けて口を開く。
「まず名前と年齢、職業を答えろ」
承治は仕方なく彼の問いに応じる。
「大月承治。27歳。職業はメーカーの事務……」
「〝めーかー〟とは何だ」
「えー、機械を作る会社のことです。そこで、書類を作ったりお金を計算したりしていました」
「職人工の会計士のようなものか? お前は昨日、どうやってあの部屋に入った」
「覚えてないです。宴会に参加した後、酔っぱらって何が何やら……」
兵士が質問を終えると、目の前の三人は再びひそひそと会話を始める。
その様子は、明らかに承治の存在をいぶかしんでいるように見えた。
何がどうなってるんだ。誰か教えてくれ。
尿意を我慢する承治は、もはや己の置かれた状況を考えることを諦め、やけくそになって叫ぶ。
「何でもいいからトイレに行かせてくれえええええええええ!」
その瞬間、突如として不思議なことが起こった。
いきなり承治の視界に入る風景がモノクロになり、目の前に立つ三人が驚きの表情を浮かべたまま、ぴたりと止まって動かなくなったのだ。
承治は訳も分からず目をパチパチとしばたかせる。
すると、牢獄の天井から眩い光が放たれ、何らかの物体がその空間に現れ始めた。
目を眩ませ顔を背けた承治が恐る恐る視線を戻すと、そこには信じられないほどシュールな光景が広がっていた。
牢獄の天井から光と共に現れたのは、スーツ姿で背中に白い羽を生やし、そしてハゲた頭の上に光る輪っかを携え空中浮遊する一人のオッサンだった。
天使と社会人のオッサンを融合させたような謎の生物と対面した承治は、口をあんぐりと開けて呆気にとられる。
承治があまりに唐突な出来事に当惑していると、天使風のオッサンは愛想笑いを浮かべたまま承治に語りかけてきた。
「いやぁ大月さん、昨日ぶりですね。実は、こちらの不手際で昨日結んだ契約の控えを渡すのを忘れていまして、勝手ながらお届けに参りました。誠に申し訳ありません」
そう告げたオッサンは、ハゲた頭に後光を反射させて深々とお辞儀をする。
そして、右手を伸ばして承治の前に一枚の紙切れを差し出した。
「こちらが契約書の控えです」
承治は顔を突き出し、契約書の控えとやらの内容を確認する。
表題にはこう書かれていた。
『死後における魂及び肉体の転生(異世界)に関する契約について』
承治は、音読しながらその内容を確認する。
「ええと、第11天界受入案内支店(以下「甲」とする)と大月承治(以下「乙」とする)は、以下の通り契約を締結する……第1条、甲は乙の死後の処遇に関し、その肉体及び魂の転生業務を遂行する……?」
その言葉に、オッサンはにこやかに応える。
「ええ、契約の通り転生業務は滞りなく完了しました。現世にて死亡した大月さんの魂と肉体は、No.111056世界線――つまるところ異世界へ転生を果たしました。オプションの言語能力は問題なく機能しており、契約内容に相違は……」
「待った待った! 死亡とか転生ってどういうことですか。契約の内容がまったく分からないんですけど」
その言葉に、オッサンは汗を拭って困ったような表情を浮かべる。
人外のような見た目をしていても汗はかくらしい。
「ええと、まあ、先ほど申し上げた通りです。大月承治という人間は一度死んでいます。しかし、私共の提供する異世界転生サービスに同意し、新たな地での転生を果たしたというわけですね。今はいささか苦境に立たされているようですが、これについてはサービス外の出来事ですので……」
承治は信じられないといった面持ちでオッサンに問いかける。
「死んだ? 僕が?」
「はあ、大変申し上げにくいんですが、そうなります。死因はイッキ飲みによる急性アルコール中毒だとか。最近、お若い方によくあるんですよねぇ。お気の毒ですが、そのための転生サービスとお考えください。これからは新たな地で新たな人生を楽しんでいただければと……」
二日酔いによる頭痛に苛まれる承治の頭はパンクしそうだった。
僕があのイッキ飲みで死んだ? そんでもって異世界へ転生した?
理解不能な状況の連続に加えて、自分が死んだと告げられて冷静でいられる人間はそういない。
承治の脳は完全にショートし、茫然と目の前に差し出された契約書の控えを眺めることしかできなかった。
その様子を見たオッサンは、話を切り上げるように告げる。
「とりあえず、私から申し上げられることは以上です。この契約書控えは大月さんにお渡ししますので、後ほどご確認ください。尚、この契約における疑義については、契約内容に相違があったとこちらが認める場合のみ対応いたしますので、その点はご容赦ください」
なんて悪質な契約だ。
契約における疑義申し立ては契約者双方から申し出可能にしておくのが普通だ。それを一方通行にしておくのは詐欺じみている。
などと、いささか職業病じみたことを承治が考えていると、オッサンは折りたたんだ契約書控えを承治のポケットにねじ込み、姿勢を正す。
「では、確かにお渡ししましたので、私はこの辺りで失礼します」
すると、再び光に包まれたオッサンは承治が引き止める間もなく牢獄の天井をすり抜けて上昇してく。
その光景は、彼の登場時と同じく甚だシュールだった。
オッサンが消えると同時に、承治の視界は色彩を取り戻す。
そして、目の前で制止していた三人はひそひそ話を再開していた。
「トイレに行きたがっているようですが……」
「じゃが、本当に安全であるという保障は……」
「でも、それじゃあ、あまりに可哀そうでは……」
よくよく観察して見れば、確かに目の前にいる面子――特に、長い耳を持つ美女は承治のような人類とはいささか異なる容姿を持っている。
それに加えて、魔法がどうだとか、そんな話もしていた。
ここは異世界。
現世で死んだ僕は、この不可解な世界で人生をやり直す。
今の状況に一面の事実を突き付けられた承治は、納得いかないまでも己の立場を把握することができた気がする。
しかし、そんなことより目下解決すべき大きな問題が残されていた。
下半身から伝わるその兆候を察した承治は、三人に向かって控えめに告げた。
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