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第2部3章 二人の想い編

79 心配

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 ヴィオラと別れた承治は、とりあえずファフと合流してヴィオラの執務室で待機していた。
 長岡の疑惑を晴らすためには、告発者であるレベックから事情を聞いて真相を確かめる他ない。だが、その役目はヴィオラが買って出たので、承治の役目はただ待つことだった。

 承治とファフは、執務室の中央に据えられたソファーで向かい合って腰を下ろす。
 ヴィオラの帰りを待つ間、承治はファフに事のあらましを説明していた。

 話を聞き終えたファフは、珍しく真剣な表情を浮かべて口を開く。

「まあ、あの長岡が密輸犯って可能性は低いでしょうね。大体、お国のためにたった一人で私に挑んできた男が、そんなセコイことするとは思えないし」

 ファフの意見はもっともだ。
 元日本人にしては珍しいくらいの正義感を持つ長岡が犯罪に手を染めるとは考えにくい。
 であれば、必然的に告発者のレベックが怪しくなってくる。
 ヴィオラもそう思ったからこそ、自ら問い詰めに行ったのだろう。

 しかし、事の顛末を聞いたファフは、ヴィオラを一人でレベックの下に行かせた承治の判断に不満を抱いているようだった。

「アンタさぁ、ヴィオラに行かせて本当によかったの? そりゃまあ、ヴィオラはレベックの幼馴染かもしれないけど、最近のレベックはちょっとヤバい感じだったし」

「いやでも、ヴィオラさんが二人きりの方が話しやすいからって……」

「事実を確認するだけなのに話しやすいもクソもないでしょ! むしろ、アンタが行って堂々と問い詰めてくりゃよかったのよ。よりによって、ヴィオラとレベックを二人きりにするなんて、話がどうこじれるか……」

 話がこじれる、というのはヴィオラとレベックの関係が更にこじれる可能性を危惧しているのだろうか。
 確かにその点は心配だが、承治にも一応持論があった。

「ヴィオラさんとレベックの関係はあの二人の問題だろ。他人の僕らが口出しする筋合いはないよ」

「はぁ? なによそれ。何でいきなり他人事になるわけ? この際だからはっきり言うけど、アンタはヴィオラのこと好きなんでしょ? 好きな女が昔の男とモメてんのに、それは相手の問題だから無関係ですってヘタレすぎるでしょ」

 話がいささか飛躍したように思えた承治は、慌ててファフの言葉を遮る。

「待った待った! 好とかどうとか、今はそういう話じゃないだろ」

「じゃあ何、たとえばヴィオラがレベックに誑かされて、今頃あんなことやこんなことされてたとしても、アンタは無関心でいられるわけ?」

「そりゃ誑かされてるなら問題あるけど、二人が合意の上なら僕らには咎められないだろ……」

 すると、ファフは頭を掻き毟って声を荒げる。

「あー、ほんっっっとイライラする! どんだけ受け身なのよ! だいたい、アンタがそうやってハッキリしないから、ヴィオラだってどっちつかずみたいになってるんじゃないの!?」

「ハッキリしないも何も、僕はヴィオラの事が……」

 好きってわけじゃない、と言うつもりだったが、承治はその言葉を口にすることができなかった。

 それじゃあやっぱり、僕はヴィオラのことが好きなのか?
 承治は、そんな自問をここ最近何度も繰り返している。
 だが、自問すればするほど、単純な〝好き〟という言葉の意味合いは複雑に変化し、混沌とした感情だけが心に残った。

 だからこそ、今の承治はこう告げるしかなかった。

「ごめん。僕にも、よく分からないんだ」

 そんな弱々しい告白に対し、ファフは小さなため息をついて応じる。

「……ま、人間そんなに単純なモノでもないか。私の方こそ、勝手に盛り上がってごめん。だけど、アンタもヴィオラのことが心配なのに変わりはないんでしょ? なら、こんなとこでぼーっとしてないで、様子くらい見に行ってあげなさいよ」

 そう告げるファフは、どこか女らしい母性の垣間見える優しげな表情を浮かべていた。

 なんだかんだと話は噛み合わなかったが、ファフが世話を焼いてくれていることは承治にも理解できた。
 それに加え、ファフの言う通りヴィオラが心配なのも事実だ。ここはファフの提案に大人しく従うべきだろう。
 そう結論付けた承治は、自分の意思でしっかりと立ち上がる。

「そうだね。ちょっと様子を見てくるよ」

 そう告げた承治は、ファフに見送られながら出入り口へと向かう。
 すると、ドアノブに手をかけたところで扉の外が急に騒がしくなった。
 人の声に混じり、ガチガチと金属が擦れる音もする。どうやら、武装した兵士達が廊下を走っているらしい。

 もちろん、王宮では常に衛兵が巡回しているので、武装した兵士は珍しくもない。しかし、何を急いで走っているのだろうか。
 そんなことを考えつつ、承治はドアノブを捻る。
 その瞬間、目の前の扉は承治の意思とは無関係に勢いよく開け放たれた。

 扉に押しのけられた承治はたまらず尻もちをつき、何事かと顔を上げる。
 すると、普段見慣れた王宮の衛兵達が一挙に室内へなだれ込んできた。

「オーツキ・ジョージ、ファフニエル、両名おとなしくしろ!」

 そう告げた衛兵の一人は、いきなり剣を抜いて承治に突きつける。

 何がどうなってるんだ。
 あまりに唐突すぎる出来事に、承治はただただ狼狽するばかりで突き付けられた剣先を見つめることしかできない。

 すると、ソファーから立ち上がったファフが衛兵を睨みつけて口を開いた。

「何よアンタら。要件も言わずに乗り込んでくるなんて、ちょっと礼儀がなってないんじゃない?」

 対する衛兵は興奮した様子で声を荒げる。

「黙れ王宮に巣食う魔物め! 贖罪などという調子のいい演技もここまでだ! おとなしく我々の指示に従え!」

 演技だって? ファフの贖罪は演技なんかじゃない。
 衛兵の言い分に納得のいかなかった承治は、すぐさま起き上がって反論する。

「待ってください。ファフの処遇はユンフォニア姫が下したものです。彼女はここでちゃんと働いて罪滅ぼしを……」

 その瞬間、承治の顔面に鋭い衝撃が走る。
 今まで衛兵を見つめていた視界が天井を向いたところで、承治は自分が殴り飛ばされたことに気付いた。
 そして、眩む視界が再び鋭い剣先を捕らえる。

「英雄気取りもそこまでだ。もう騙されんぞ魔王の手先め! 貴様には魔王ファフニエルを手引きした容疑だけでなく、魔道具の横流しに関与した疑いがかけられている。我々の指示に従わなければ、この場で腕を切り落とす!」

 すると、ファフがすぐさま承治と衛兵の間に割って入り、衛兵の構える剣先を素手で掴む。
 驚いた衛兵はすぐさま腕に力を入れたが、剣先はまったく動かなかった。

「私を恨むのは結構だけど、アンタらにとって承治は恩人でしょ。あんまし調子に乗ってると全員ぶっ殺すわよ」

 ファフの剣幕に驚いた周囲の衛兵達は、一斉に剣を抜いて戦闘態勢を取る。
 だが、そんな一発触発の空気を破ったのは、承治の静かな一声だった。
 
「やめるんだファフ。今までの償いを無駄にしちゃだめだ。今は彼らの指示に従おう」

 そう告げた承治はゆっくりと立ち上がり、ファフの肩に手を添える。
 すると、ファフは剣先から手を放し、悔しげな表情で肩を脱力させた。

 その様子を見た衛兵達は、素早く承治とファフの背後に回り込み両手を鉄製の手枷で拘束する。そして、鎖で二人を繋ぎ乱暴に部屋から連れ出した。

 衛兵に連行されながら、承治は一人頭を巡らせる。
 当たり前の話だが、承治は魔道具の横流しに関与してなどいない。これは明らかな冤罪だ。
 ではなぜ、降って沸いたような冤罪をいきなり負わされたのか。
 承治にも心当たりはあった。

 それは、レベックの存在だ。
 レベックは、ヴィオラの近くにいる承治とファフに強い敵対心を抱いていた。加えて、ヴィオラに見合いを断られた件でかなり平常心を失っているようだった。
 そのレベックが強硬手段に出た結果が、この陰謀じみた冤罪騒ぎだと考えれば筋は通る。長岡がレベックに告発された件も無関係ではないのだろう。

 だとすれば、心配なのはヴィオラだ。
 今朝ヴィオラは、レベックから事情を聞きに行くと言っていたが、実際にはレベックの不穏な動きを察して自ら説得するつもりだったのかもしれない。
 だが、そんなヴィオラの行動とは裏腹に、事態は悪い方向へと推移している。

 ヴィオラは今ごろ、どうしているだろうか。
 承治は鎖に手を引かれながら、自身の心配よりもヴィオラの身を案じ続けていた。
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