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第2部3章 二人の想い編
83 決意
しおりを挟む『久しいなジョージ。これを覗いているということは、監視の目はついとらんようだな』
共鳴水晶の中に映し出されたユンフォニアの姿は、今の承治にとってとても心強く見えた。
この状況下で秘密裏に連絡を取ってきたということは、ユンフォニアは味方と見ていいだろう。
そんな承治の予想通り、ユンフォニアは頭を下げて承治の境遇について詫び始める。
『すまん。そちの容疑が冤罪であることは余も疑わなかったが、周りの者を押しとどめることができんかった。もちろん、そちが無実であることは既に裏を取ってある。余は、そちの味方だ』
その言葉に承治はホッと胸を撫で下ろす。
だが、無実である裏が取れたにも関わらず投獄が続いているということは、何か事態を好転させられない事情があるのだろう。
今はとにかく情報が必要だ。
「今、王宮の中で何が起きてるんですか?」
承治の問いに対し、ユンフォニアは真剣な面持ちで応じる。
『どうやら、レベックという貴族がそちや余を陥れるために色々と画策しているようだ』
そう切り出したユンフォニアは、詳しい事情を説明してくれた。
まず、承治と長岡には魔道具の横流し及びクラリアへの密輸に関与した容疑がかけられている。
その絡みで承治の存在を知ったクラリア政府は、いずれかの筋でファフに関する情報も入手したらしく、「世界を恐怖に陥れたファフニエルが野放しにされているどころか、なぜ犯罪者がファフニエルを使役していたのか」と、カスタリアに対して強い不信感を抱いているらしい。
その結果、クラリアとの外交関係を改善するため、承治、ファフ、長岡の三人を速やかに処刑すべきという主張が王宮内で持ち上がっているとのことだ。
『ジョージの容疑については誤解を解けば済む話なのだが、余がファフニエルを匿っていたのは事実だ。事の真相を究明するまで時間を稼ごうにも、このまま結論を出さずにいれば余に対する批判が高まり、そちらを庇いきれなくなってしまう』
承治はレベックの戦術に息を飲まされる。
おそらく、クラリアとの外交関係を故意に悪化させたのはレベックだろう。単に冤罪をでっちあげるだけでなく、ファフをダシにして国を巻き込み圧力を加えてくるやり方は、謀略として完璧だ。
ユンフォニアの話を聞く限り、状況はかなり悪い。
その上で、とりあえず承治はユンフォニアの意思を確認することにした。
「それで、ユフィはこれからどうするつもりなの?」
ユンフォニアは険しい表情を浮かべて押し黙る。
そして、しばらく間を置いてから重々しく口を開いた。
『正直なところ、今の余にこの状況を好転させるだけ力はない……このまま余が時間稼ぎをしても、レベックは議会で採決を取り処刑を強行するだろう。そうなる前にレベックの尻尾を掴めればいいが、きゃつは隙らしい隙を一切見せておらん。かくなる上は、そちらを一時的に国外へ脱出させるしか……』
国外へ脱出――つまり、カスタリアを、この王宮を去れということだ。
承治にとってはあまりに衝撃的な選択肢であるが、ファフはすぐさま反応を示す。
「ま、承治は別にして、私はもうこの国にいられないでしょうね。そもそも、あんな大それた事件を起こしといて、罪を償って受け入れてもらおうなんて端から虫のいい話だったのよ」
そんな、ファフはそれでいいのか。
今まで積み上げてきたものを捨て去るような、そんな選択肢しか残されていないのか。
『すまんジョージ……余は、そちから受けた恩を仇で返すようなことを言っておる。だが、このままではそちらの身が危ない。仮に処刑まで時間稼ぎができたとしても、尋問が始まればそちらは拷問を受けることになるだろう。余は、友と認めた者をそんな目には遭わせとうない』
承治にも、ユンフォニアが悪くないことは分かっている。
だが、承治にとってカスタリア王国とその王宮は、この世界で見いだした唯一の居場所だ。それをいきなり捨てろと言われて、素直に従えるほど承治は意志薄弱な男ではなかった。
とは言え、いくら考えても打開策は思い浮かばない。
そして、承治と同じくファフと長岡も色々と考えを巡らせているのか、牢獄内はしばし沈黙に包まれた。
そんな中で、苦悶の表情を浮かべるユンフォニアはぽつりと弱音をこぼす。
『こんな時、ヴィオラがいれば……』
ヴィオラ――そう、ヴィオラだ。
承治は大切なことを忘れかけていた。
「ヴィオラさんは無事ですか!?」
承治の問いに対し、ユンフォニアは眉をひそめて応じる。
『レベックが言うには心神喪失で寝込んでいるとのことだが、ヴィオラの私室はもぬけの殻だ。実質的にはレベックが身柄を抑えているのだろう。今のところ、所在は掴めていない』
その言葉を聞いた瞬間、承治の背筋は凍りついた。
ヴィオラが、レベックに囚われている。本当に囚われているだけなのか、何かされてはいないか、まさか命に関わるような事が起きてはいないか。想像すればするほど考えが悪い方向へ働き、動悸が激しくなってくる。
承治は、今朝ヴィオラを一人でレベックの下に行かせたことを激しく後悔していた。
最初こそ承治は、ヴィオラとレベックの間柄にはあまり首を突っ込まない方がいいと気を遣っていたが、考えてみれば数日前からレベックの様子はおかしかった。
その時点で、もっと警戒心を抱くべきだった。ヴィオラの身を心配してやるべきだった。
「助けなきゃ」
自然と、承治はそんな言葉を口走る。
『もちろん、余もヴィオラのことが心配なのは同じだ。だが、レベックを追及できるような証拠は掴めていない。今は信頼できる者を使って秘密裏に捜索を……』
「それじゃ手遅れになるかもしれない!」
声を荒げる承治に対し、ユンフォニアはあくまで冷静に応じる。
『落ちつけジョージ。気持ちは分かるが、焦ったところで物事は何も解決せん。余も手を打っていないわけではない。それよりも、今はそちらの身の安全を……』
そうだ、落ち着け。冷静にならなければ、打開策は見つからない。
承治はそう自分に言い聞かせ、無理やり深呼吸をして胸の鼓動と息を整える。
そして、頭をフル回転させて状況整理を始めた。
まず、今すぐヴィオラを救い出したところで根本的な解決にならないことを承治は自覚する。なぜなら、レベックがこの王宮内で影響力を持ち続ける限り、ヴィオラを自由にしたところで状況が少し巻き戻るだけだからだ。
やはり、何らかの方法でレベックが黒であること知らしめ、今の立場から引きずり下ろす必要がある。それと並行してヴィオラの救出を行うのがベターだろう。
だが、そんな都合の良い手段があるだろうか。
『おい、ジョージ。どうした。しっかいせい!』
頭を抱えて押し黙る承治に対し、ユンフォニアは心配そうに声をかけてくる。
それでも承治は思考を止めなかった。
今の承治にとって、自分の置かれた状況だとか、レベックの陰謀だとか、そんなものはどうでもよくなっていた。
全ては、ヴィオラを救うためだけに頭を働かせている。
そして、そんな想いが運命を引き寄せるかのように、承治は全てにケリをつける打開策をまとめ上げる。
共鳴水晶からゆっくりと顔を上げた承治は、軽く息を吸い込み、ユンフォニア、ファフ、長岡の三人に向けて力強く声を放った。
「皆に、頼みたいことがあるんだ」
そう告げる承治の瞳は、曇りなくただ一つの結末だけを見据えていた。
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