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第二章『それは、確かな歴史』
第二十六話「失踪」
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エノラはよく俺たちに話しかけてきていた灰色髪の子。シルフィアさんとはエノラの亡き親の代わりに保護者を務めていた人な筈だ。その二人が居なくなっているだと?
「どういうことだ」
「シルフィアさんにはいつもお世話になっているので、夕食のお裾分けをしようと訪問したんです。そしたら反応が無くて...... でもこの時間に留守なのも変だと思って確認したら、鍵が掛かって無かったんです。何かおかしいと思って家の中を覗いたら部屋が荒らされていて!」
余程混乱しているのか 女性の言葉は早口で、必死に俺たちに伝えようしてくれている。
「ま、まって。夕食のお裾分けって、それはいつの話?」
そうだ、もう夜も深い。世間一般の生活リズムでは、既に寝る準備をする時間帯だろう。
「だいたい二時間くらい前の話です」
「ボルガー!!」
それだけで全てを察したリリィーが、ボルガーを怒鳴りつける。
「申し訳ありません。お手を煩わせるわけにはいかない思い、部下たちを使い捜索部隊は出したのですが」
「見つからなかったのね」
リリィーの声はいつもと全く違い冷ややかだ。隣にいる俺がビビってしまった。
「良い? 次から問題が起きたらまず私たちに知らせなさい。わかったら返事を」
リリィーの珍しく本気の怒気をくらい、怯むボルガー。あせり、どもりながらも返事をする。
可哀想なことに隣にいた女性まで怒気にあてられ怯えていた。
「おいリリィー、説教は後だ。すぐにイブとシオンを連れて街へとぶぞ。現場に行けば何か手掛かりがあるかもしれない」
「わかったわ。私はシオンを探してくるからあんたはイブを」
なかなか起きないイブを叩き起こし、何とか全員揃ったところで街へ転移。エノラの家を知らなかったので直にとべなかったが、女性に案内され急いで家の中を確認する。
「これはひどいね」
あまりに無残な状態にシオンの口からそんな感想がもれる。
部屋の中のものは散乱し、日常的に使われていであろうクッションは引き裂かれ、中の綿があちこちに散らばっている。ベットの周りにあるシーツも同じように引き裂かれ、とても使えるようなものではない。
その現場を見て事の大きさがわかって来たのか、先程まで眠たそうにしていたイブも神妙な顔つきになる。
「魔物......?」
「普通に考えたらそうだろうね。けど——」
「ありえないわ。街には私がはった結界がある。魔物なら上空からだろうと、地中からだろうと入れないわよ」
シオンの言葉を、結界を張る当事者たるリリィーが引き継ぎ、魔物である可能性を否定する。
「それは絶対か?」
「絶対よ」
もしかしたら結界をすり抜けられるような特殊な魔物もいるかもしれない。そう思い聞いてみたが、絶対だという力強い眼差しは信じるしか無さそうだ。
「わかった信じよう。だが、だとすると今回の件は人の仕業ってことになる」
「そうだね。そして、人間がこんな所まで来ると思えないから、一番可能性の高いのは魔族って事になる。この辺に魔族の集落はあるのかい?」
シオンの問いに、元から魔界に住んでいたボルガーとリリィーが答える
「すみません、この辺の土地には詳しくないもので」
「私もわからないわ。でもあっても不思議じゃないわよ。把握出来てない種族なんていっぱいいるもの」
二人の襲われる動機も分からないし、唐突な事件のせいであまりにも情報が少ない。このまま考察を深めていっても意味は無いか。
「イブ、二人の居場所を調べられるか」
「ん...... ちょっと待って......」
イブは目を瞑り精神を集中させる。付近にそれらしい気配はないのか、少し時間がかかりそうだ。
その間に何か調べ残した物は無いかとあたりをざっと見渡していると、ずっと俯き考え込んでいるシオンが目に入った。
「どうしたんだ?」
「ちょっと気になる事があってね。この部屋には土が一切落ちて無いんだ」
「土?」
「うん、少なくとも土足で入ったものはいないってことになる」
「それはつまり——」
「いた...... ここから5キロメートル南にある森の手前に二つの反応......」
それを聞いたリリィーが眉をひそめる
「まずいわね。邪龍のいた山と違って、あの森には普通に魔物がいるわよ。しかも、あそこは探知系のスキルや魔法が阻害されるわ」
「クソッ! 何でそんな都合よく」
「珍しいことじゃないわよ。魔界にはそういう特殊な場所はたくさんあるわ。でも今回は偶然じゃないでしょうね。おそらく私たちの探知から逃れるため」
「もう森に入る......」
「二人とも転移は!?」
俺はその森に入ったことがない。最後の望みとしてリリィーとイブに聞いてみたがやはり二人は首を振る。
「なら走るぞ! 全力でだ! 人手がいる。シオンはボルガーをつれてこい!」
「わかったよ」
シオンがボルガーの腕をガシリと掴む。
「え、あの、私は自力でも」
「いや、言ったでしょ。全力だって」
シオンがニコリと微笑むと、ボルガ―は一歩後ずさる。しかし、掴まれた腕はびくもしない。大丈夫、大丈夫とシオンが半笑いで言っている。
南無ボルガ―。緊急事態だ、耐えてくれ。
「あなたは家で待ってなさい。念のため鍵はちゃんと閉めるように」
リリィーは先ほど怯えさせてしまった女性に優しい声音で話しかける。
人探しに人手がいるといえ、一般人の彼女を巻き込むわけにはいかないだろう。
それは他の住人も同じだ。魔族や獣人、戦える人間はもちろんいる。だが悪いが、おそらく戦力外通告する事になる。
5人で何とかするしかない。
「そうだ、魔物はどうする。このままじゃ襲われて万が一なんてこともあるぞ」
「それは大丈夫よ。〈エンチャント〉!」
パチンッとリリィーが指を鳴らすと、俺たちの身体が淡い赤色に包まれた。
「これは?」
「一定範囲内の魔物を寄せ集める魔法をかけたわ。これで私たちが森に行けば魔物の危険は回避できるはず」
「ナイスだ! よし、みんな準備はいいな?」
最終確認として皆を見渡すと、ボルガーを除く全員から各々の返事が返ってくる。
「それじゃあ——
いくぞ!」
(スキル《踏み込み》《加速》《縮地》を発動しました)
膝をたわめ、姿勢を低くし、思い切り前に踏み込む。これが異世界に来て初めての全力ダッシュだった。
後方で空気の破裂する音が聞こえ、地面が抉れあたりにまき散らすが今は気にしていられない。俺の視界はかつて見たこと無いような速さで後ろへ流れて行く。動体視力があげられたこの身体でさえ霞んで見える。
まずいな。思っていた以上に速い。他のみんなを置いてきてしまったかもしれない。リリィーやイブは一応、後衛職みたいなものだし。
少し不安に思い振り向くが、なんてことはない。四人とも余裕の表情で俺の横に並走していた。
リリィーは背中から、普段は隠している魔族特有の黒い翼を広げ、滑空するような形で付いてきている。魔族としての力を発揮しているせいか額から大きな角が伸びていた。
イブはリリィーを真似たのか、白い翼を生やし飛んでいる。なんだあれ、初めて見た。
そして、シオンに関してはボルガーを引き連れて走っている。どんな身体能力をしていたら、あの巨漢を持ちながら疾走できるんだ。
「ぬあああ”アア”ア”ァァ」
ボルガーは走るシオンに腕を掴まれ、鯉のぼりのように、後ろに流されバタバタいっている。
身長差的にボルガーの方が背が高いので、本来シオンに引きずられる事になるのだが、あまりの速さに身体が宙に浮いてしまっていた。
あれ止まる時どうするんだろうか。
だんだんと森に近づき魔物が見え始めたので速度を落とす。
「見えて来たわよ! もう魔法の範囲に入ってる。森中の魔物が寄ってくるから気を付けて」
走り始めて二十秒ちょっと、既に森は目視できるところまで迫っていた。
そこからうじゃうじゃと魔物たちの赤い瞳がこちらを凝視している。
狼型、猿型、何を模しているのかもわからない獣たち。さまざま魔物たちがいるが共通して理性を失い、迫り来る俺たちに向け遠吠えを続けている。
恐らくリリィーの魔法のお陰で狂乱状態になっているのだろう。その効果は抜群で本当に森中の魔物が集まっていると思う程に数が多い。
「正面突破するわよ!〈ウインドカッター〉!」
リリィーが腕を払うと風の刃が出現し、魔物たちへと迫っていった。
「〈インクリース〉!」
続けて唱えると、風の刃は二つ四つと倍に増え続け、瞬く間に幾千もの風の刃を作り上げる。
その結果、敵意剥き出しにこちらに駆け出していた魔物の軍勢は、大半がその身を二つに分断された。
青白い月明かりの下、赤い鮮血が四方八方に飛び散り、一輪の巨大な花を咲かせている。
派手にやるな。あまりの光景に絶句した。
いや待てよ? これは使えるかも知れない。
今は人手がいるんだ。いないなら増やせばいい。
「おいリリィー、今の魔法を俺にかけろ」
「無理よ。あの魔法は人には打てないし、そもそも生物には効果ないのよ」
「ならさっきのエンチャントと組み合わせてうて。お前なら出来るだろ?」
「もう!わかったわよ。出来なかったからって文句言わないでよね!〈エンチャント〉〈インクリース〉!」
俺の身体を淡い緑色が包み込む。しかし、すぐに消えてしまい、もともと掛けられていた魔法の淡い赤色だけになってしまう。
「ほら、だから言ったでしょ」
(スキル《分身》を獲得しました)
俺はニッと笑う。
「いや成功だ!」
(スキル《分身》を発動しました)
俺の周りにノイズが走り、次の瞬間には俺と全く同じ姿形をした人間が四人現れる。
顔も背丈も、それから身につけていたもの、何もかもが一緒で、若干薄気味悪くはある。
リリィーの口が開きっぱなしだ。何というアホ面。後でいじってやろう。
「なるほど...... リリィー私にも掛けて......」
「ええ!?ま、まさかイブ、あなたも増えるの!?」
「はやくはやくー......」
イブが期待を込めたようにリリィーを催促する。
「もうどうなっても知らないから!」
ヤケクソ気味に放った魔法でもちゃんと機能はしていたようで、イブがオッケー......と小声で呟いたのが聞こえた。
すると前触れなくイブの周りにノイズが走る。急に景色を変えられたのかと思う程唐突に、分身体が現れた。その数は四人。
走りながらだがステータスを開いて確認する。
《分身》
自分の分身体を四人まで出せる。分身体の身体能力は七割ほどまで落ちている。
四人までか。欲を言えばもっと多い方が良かったが仕方ない。
身体能力に物をいわせ、森中を駆け廻れば見つけられるだろう。その身体能力が下げられているのは痛いが、俺の力の七割なら問題無いはずだ。
スキルは分身体でも普通に使えるようだし、むしろ十分過ぎるくらいだろう。
それから、自分が受けていた魔法は分身体は受け継がないらしい。分身体たちに淡い赤色の光はなく、魔物を引き寄せる事は無さそうだ。
「捜索は俺とイブの分身体に任せよう。ひとまず俺たちは魔物の殲滅だ!」
分身体たちが森の中へ散っていく。今日は長い夜になりそうだ。
「どういうことだ」
「シルフィアさんにはいつもお世話になっているので、夕食のお裾分けをしようと訪問したんです。そしたら反応が無くて...... でもこの時間に留守なのも変だと思って確認したら、鍵が掛かって無かったんです。何かおかしいと思って家の中を覗いたら部屋が荒らされていて!」
余程混乱しているのか 女性の言葉は早口で、必死に俺たちに伝えようしてくれている。
「ま、まって。夕食のお裾分けって、それはいつの話?」
そうだ、もう夜も深い。世間一般の生活リズムでは、既に寝る準備をする時間帯だろう。
「だいたい二時間くらい前の話です」
「ボルガー!!」
それだけで全てを察したリリィーが、ボルガーを怒鳴りつける。
「申し訳ありません。お手を煩わせるわけにはいかない思い、部下たちを使い捜索部隊は出したのですが」
「見つからなかったのね」
リリィーの声はいつもと全く違い冷ややかだ。隣にいる俺がビビってしまった。
「良い? 次から問題が起きたらまず私たちに知らせなさい。わかったら返事を」
リリィーの珍しく本気の怒気をくらい、怯むボルガー。あせり、どもりながらも返事をする。
可哀想なことに隣にいた女性まで怒気にあてられ怯えていた。
「おいリリィー、説教は後だ。すぐにイブとシオンを連れて街へとぶぞ。現場に行けば何か手掛かりがあるかもしれない」
「わかったわ。私はシオンを探してくるからあんたはイブを」
なかなか起きないイブを叩き起こし、何とか全員揃ったところで街へ転移。エノラの家を知らなかったので直にとべなかったが、女性に案内され急いで家の中を確認する。
「これはひどいね」
あまりに無残な状態にシオンの口からそんな感想がもれる。
部屋の中のものは散乱し、日常的に使われていであろうクッションは引き裂かれ、中の綿があちこちに散らばっている。ベットの周りにあるシーツも同じように引き裂かれ、とても使えるようなものではない。
その現場を見て事の大きさがわかって来たのか、先程まで眠たそうにしていたイブも神妙な顔つきになる。
「魔物......?」
「普通に考えたらそうだろうね。けど——」
「ありえないわ。街には私がはった結界がある。魔物なら上空からだろうと、地中からだろうと入れないわよ」
シオンの言葉を、結界を張る当事者たるリリィーが引き継ぎ、魔物である可能性を否定する。
「それは絶対か?」
「絶対よ」
もしかしたら結界をすり抜けられるような特殊な魔物もいるかもしれない。そう思い聞いてみたが、絶対だという力強い眼差しは信じるしか無さそうだ。
「わかった信じよう。だが、だとすると今回の件は人の仕業ってことになる」
「そうだね。そして、人間がこんな所まで来ると思えないから、一番可能性の高いのは魔族って事になる。この辺に魔族の集落はあるのかい?」
シオンの問いに、元から魔界に住んでいたボルガーとリリィーが答える
「すみません、この辺の土地には詳しくないもので」
「私もわからないわ。でもあっても不思議じゃないわよ。把握出来てない種族なんていっぱいいるもの」
二人の襲われる動機も分からないし、唐突な事件のせいであまりにも情報が少ない。このまま考察を深めていっても意味は無いか。
「イブ、二人の居場所を調べられるか」
「ん...... ちょっと待って......」
イブは目を瞑り精神を集中させる。付近にそれらしい気配はないのか、少し時間がかかりそうだ。
その間に何か調べ残した物は無いかとあたりをざっと見渡していると、ずっと俯き考え込んでいるシオンが目に入った。
「どうしたんだ?」
「ちょっと気になる事があってね。この部屋には土が一切落ちて無いんだ」
「土?」
「うん、少なくとも土足で入ったものはいないってことになる」
「それはつまり——」
「いた...... ここから5キロメートル南にある森の手前に二つの反応......」
それを聞いたリリィーが眉をひそめる
「まずいわね。邪龍のいた山と違って、あの森には普通に魔物がいるわよ。しかも、あそこは探知系のスキルや魔法が阻害されるわ」
「クソッ! 何でそんな都合よく」
「珍しいことじゃないわよ。魔界にはそういう特殊な場所はたくさんあるわ。でも今回は偶然じゃないでしょうね。おそらく私たちの探知から逃れるため」
「もう森に入る......」
「二人とも転移は!?」
俺はその森に入ったことがない。最後の望みとしてリリィーとイブに聞いてみたがやはり二人は首を振る。
「なら走るぞ! 全力でだ! 人手がいる。シオンはボルガーをつれてこい!」
「わかったよ」
シオンがボルガーの腕をガシリと掴む。
「え、あの、私は自力でも」
「いや、言ったでしょ。全力だって」
シオンがニコリと微笑むと、ボルガ―は一歩後ずさる。しかし、掴まれた腕はびくもしない。大丈夫、大丈夫とシオンが半笑いで言っている。
南無ボルガ―。緊急事態だ、耐えてくれ。
「あなたは家で待ってなさい。念のため鍵はちゃんと閉めるように」
リリィーは先ほど怯えさせてしまった女性に優しい声音で話しかける。
人探しに人手がいるといえ、一般人の彼女を巻き込むわけにはいかないだろう。
それは他の住人も同じだ。魔族や獣人、戦える人間はもちろんいる。だが悪いが、おそらく戦力外通告する事になる。
5人で何とかするしかない。
「そうだ、魔物はどうする。このままじゃ襲われて万が一なんてこともあるぞ」
「それは大丈夫よ。〈エンチャント〉!」
パチンッとリリィーが指を鳴らすと、俺たちの身体が淡い赤色に包まれた。
「これは?」
「一定範囲内の魔物を寄せ集める魔法をかけたわ。これで私たちが森に行けば魔物の危険は回避できるはず」
「ナイスだ! よし、みんな準備はいいな?」
最終確認として皆を見渡すと、ボルガーを除く全員から各々の返事が返ってくる。
「それじゃあ——
いくぞ!」
(スキル《踏み込み》《加速》《縮地》を発動しました)
膝をたわめ、姿勢を低くし、思い切り前に踏み込む。これが異世界に来て初めての全力ダッシュだった。
後方で空気の破裂する音が聞こえ、地面が抉れあたりにまき散らすが今は気にしていられない。俺の視界はかつて見たこと無いような速さで後ろへ流れて行く。動体視力があげられたこの身体でさえ霞んで見える。
まずいな。思っていた以上に速い。他のみんなを置いてきてしまったかもしれない。リリィーやイブは一応、後衛職みたいなものだし。
少し不安に思い振り向くが、なんてことはない。四人とも余裕の表情で俺の横に並走していた。
リリィーは背中から、普段は隠している魔族特有の黒い翼を広げ、滑空するような形で付いてきている。魔族としての力を発揮しているせいか額から大きな角が伸びていた。
イブはリリィーを真似たのか、白い翼を生やし飛んでいる。なんだあれ、初めて見た。
そして、シオンに関してはボルガーを引き連れて走っている。どんな身体能力をしていたら、あの巨漢を持ちながら疾走できるんだ。
「ぬあああ”アア”ア”ァァ」
ボルガーは走るシオンに腕を掴まれ、鯉のぼりのように、後ろに流されバタバタいっている。
身長差的にボルガーの方が背が高いので、本来シオンに引きずられる事になるのだが、あまりの速さに身体が宙に浮いてしまっていた。
あれ止まる時どうするんだろうか。
だんだんと森に近づき魔物が見え始めたので速度を落とす。
「見えて来たわよ! もう魔法の範囲に入ってる。森中の魔物が寄ってくるから気を付けて」
走り始めて二十秒ちょっと、既に森は目視できるところまで迫っていた。
そこからうじゃうじゃと魔物たちの赤い瞳がこちらを凝視している。
狼型、猿型、何を模しているのかもわからない獣たち。さまざま魔物たちがいるが共通して理性を失い、迫り来る俺たちに向け遠吠えを続けている。
恐らくリリィーの魔法のお陰で狂乱状態になっているのだろう。その効果は抜群で本当に森中の魔物が集まっていると思う程に数が多い。
「正面突破するわよ!〈ウインドカッター〉!」
リリィーが腕を払うと風の刃が出現し、魔物たちへと迫っていった。
「〈インクリース〉!」
続けて唱えると、風の刃は二つ四つと倍に増え続け、瞬く間に幾千もの風の刃を作り上げる。
その結果、敵意剥き出しにこちらに駆け出していた魔物の軍勢は、大半がその身を二つに分断された。
青白い月明かりの下、赤い鮮血が四方八方に飛び散り、一輪の巨大な花を咲かせている。
派手にやるな。あまりの光景に絶句した。
いや待てよ? これは使えるかも知れない。
今は人手がいるんだ。いないなら増やせばいい。
「おいリリィー、今の魔法を俺にかけろ」
「無理よ。あの魔法は人には打てないし、そもそも生物には効果ないのよ」
「ならさっきのエンチャントと組み合わせてうて。お前なら出来るだろ?」
「もう!わかったわよ。出来なかったからって文句言わないでよね!〈エンチャント〉〈インクリース〉!」
俺の身体を淡い緑色が包み込む。しかし、すぐに消えてしまい、もともと掛けられていた魔法の淡い赤色だけになってしまう。
「ほら、だから言ったでしょ」
(スキル《分身》を獲得しました)
俺はニッと笑う。
「いや成功だ!」
(スキル《分身》を発動しました)
俺の周りにノイズが走り、次の瞬間には俺と全く同じ姿形をした人間が四人現れる。
顔も背丈も、それから身につけていたもの、何もかもが一緒で、若干薄気味悪くはある。
リリィーの口が開きっぱなしだ。何というアホ面。後でいじってやろう。
「なるほど...... リリィー私にも掛けて......」
「ええ!?ま、まさかイブ、あなたも増えるの!?」
「はやくはやくー......」
イブが期待を込めたようにリリィーを催促する。
「もうどうなっても知らないから!」
ヤケクソ気味に放った魔法でもちゃんと機能はしていたようで、イブがオッケー......と小声で呟いたのが聞こえた。
すると前触れなくイブの周りにノイズが走る。急に景色を変えられたのかと思う程唐突に、分身体が現れた。その数は四人。
走りながらだがステータスを開いて確認する。
《分身》
自分の分身体を四人まで出せる。分身体の身体能力は七割ほどまで落ちている。
四人までか。欲を言えばもっと多い方が良かったが仕方ない。
身体能力に物をいわせ、森中を駆け廻れば見つけられるだろう。その身体能力が下げられているのは痛いが、俺の力の七割なら問題無いはずだ。
スキルは分身体でも普通に使えるようだし、むしろ十分過ぎるくらいだろう。
それから、自分が受けていた魔法は分身体は受け継がないらしい。分身体たちに淡い赤色の光はなく、魔物を引き寄せる事は無さそうだ。
「捜索は俺とイブの分身体に任せよう。ひとまず俺たちは魔物の殲滅だ!」
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