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第二章『それは、確かな歴史』

第三十六話「魔王の過去I」

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「新しい国を作るですか。確かに戦争が無くなるなら大歓迎です。私は死にたく無いですし」

「けど、本気で言ってるニャ?魔族と人間が手を取り合うなんて、天地がひっくり返っても有り得ないことニャ」

「確かに立場を入れ替えだところで、互いの気持ちなんて理解できないだろうね」

 アーニャの意見にシオンも苦笑しながら同意する。
 それがこの世界の人々にとって常識で、覆しようのない現実だった。

「だがそれなら天と地をひっくり返した上で、それを一つにすりゃいいだけの話だろ。こいつは勇者でリリィーは魔王だ。天変地異なんて朝飯前だろ」

「そうだね。それに神とテンセイシャもいる」

「神とテンセイシャですか?」

 メルキドが怪訝な顔で復唱する。

 神という超常的存在に、転生者という聞いたこともない言葉。メルキドが首をかしげるのも当然だろう。
 消去法で俺とイブの事を指していると分かるだろうが、それが何なのかは全くわからいはずだ。

「神ってのはそのままの意味さ。そして俺が転生者。ここでは無い別の世界から来た」

 隠すつもりもない。事実をそのまま伝え、信じるか信じないかは彼女達に任せる。
 正直どちらでもいいのだ。信じて貰えようが、貰えまいがさしたる影響は無い。
 信じて貰えればちょっと俺が嬉しいとかその程度の事だ。

 ボルガーも信じてくれたんだ。きっとこの二人も――

「頭大丈夫ニャ?」

「引っ叩くぞ」

「ニャニャ!?」

 頭の心配をされてしまった。もういいや。うん。やっぱり喋らなくても良かったかもしれない。
 四天王とかいうし、これからも関わっていくかなと思って言ったのに...... ただ悲しくなっただけだったわ。



 そんな俺とアーニャのアホなやりとりをよそに、メルキドは真剣な顔つきで問い続ける。

「この世界を変えるというのですか。地も固まり、空も晴れ渡ったこの世界を」

「うん、変えるよ。変えられるはずだからね。これで役者不足とは言わせないよ」

 メルキドから胡乱げな眼差しを受けるシオンだが、その返答に淀みはない。

 シオンの回答を聞いたメルキドは、一つ嘆息し浮かせていた腰を戻す。
 ゆったりとした動作で再び肩を湯まで沈めると、俺たちを視界の端で確認して、また一つ大きく息を吐いた。

「あんまり溜息すると幸せがにげるぞ~?」

 あまりに大きな話に、頭がいっぱいいっぱいになったのだろう。俺はその姿に苦笑しながら、からかうように声をかける。

「へー、面白い言い方するニャ。ニャハハッ!って事はメルキドが婚期を逃すのもそれが原因ニャ?」

「それは、異界特有のいい回しですか?あと、アーニャは余計な事言わなくていいです」

 意地の悪い表情を浮かべるアーニャに、ピシャリと釘を刺すメルキドは再びジト目に戻る。慣れたやりとりなのか二人からは、柔らかい雰囲気が感じられた。


 話がひと段落したと判断したシオンは、パチンと手を合わせて皆の注目を集める。

「だいぶ長話しちゃったし、そろそろ上がろうか。イブのことも心配だし、リリィーをあまり暇にさせるのは可哀想だしね」

「ああ、そうだな。あ、いや、待ってくれ。その前にリリィーのことで最後に一つ聞いておきたい事がある」

 一瞬同意してしまったが今日ずっと気になっていた事を思い出し、湯から上がろうとする三人を止める。

「ここで聞いておきたいことでもあるんですか?あの様子を見る限り、魔王様はあなた達は相当の信頼をしているようです。後に教えて貰えばいいのではないですか?」

「それはそうなんだが、ちょっと聞きづらいん事なんだよな」

 まあ、別に聞かなくてもいい事ではあるんだが、俺が気になる。
 リリィーの過去について掘り返そうとは思は無い。だが目の前でそういうものを見てしまうとどうしても首を突っ込みたくなってしまうのだ。

「魔族たちのあの目は何だ? 何処へいってもずっと見られていた。ここに着いた時や、さっきお前らに案内されていた時もだ」

 最初は魔王だし目立つのは仕方ないと思っていた。けど違う、あれは負の感情だ。到底人に向けて良いものではない。

「あれ? もしかして昔の事って何も聞かされてないニャ?」

「そうだね。無理に聞くつもりも無いし、僕達自信リリィーと出会う前の事はほとんど話してないよ」

 アーニャとメルキドは顔を見合わせると一つ頷く。

「いいのか?勝手に話して。聞いといてあれだが、無理に教えてくれなくてもいいんだぞ」

「何を今更日和ってるニャ。この際ちゃんと聞いて貰って、その重荷を背負って貰うニャ!」

 アーニャが俺に指を突きつけて堂々と宣言する。

 それは勘弁してもらいたい。胃が痛くなる。重い話は嫌いだというのに、自分から踏み込むとは全く俺は何をしているんだか。


「冗談とはいえあまり人様困らせるものじゃないですよ」

 メルキドがアーニャの指を掴み押し留め、そのままサラッと爆弾を落とす。

「簡潔に述べましょう。魔王様は先代魔王を自らの手で殺して、今の座を手に入れたんですよ」





 ユウキとシオンは今しがたの発言を咀嚼するため、メルキドとアーニャはその反応を見るためにしばしの沈黙が続く。

「その動機は? 先代魔王がクソだったか?」

「眉一つ動かさずそれを聞いてくるなんて、余程魔王様の事を信頼しているんですね」

「まあ、短い間とはいえ、あいつの人となりはある程度分かってるつもりだしな」

 俺たちの中で一番他人思いのあいつが理由無しに人殺しなんてしないだろう。なら可能性としては先代魔王が暴君だったとかいうテンプレ展開がオチなはずだ。

「当たりです。先代魔王の圧政に苦しむ人たちを見て、一夜にして魔王と四天王を纏めて殺した、それが今の魔王様です」

 魔王と四天王を纏めてって...... どんだけ無茶苦茶な強さしてんだ。最近強くなってきたと自信をつけて来たというのに、その自信が一瞬で打ち砕かれる。
 いつになったら追いつけるのだろうか。

「メルキドは当時の四天王の生き残りニャ。私とボルガーは後から入ったのニャ」

「すごいね。リリィーと戦って生き残ったのかい?」

「いえ、私は戦ってませんよ。もともと先代魔王を倒す事だけが目的の様でしたし。私たち四天王は邪魔すればついでに殺す程度の考えだったらしいです」

 なるほどな。逃げるものは追わない、リリィーらしい考えだ。しかし、それでもリリィーがを選択したあたり、当時の覚悟どれほどのものだったのか。
 今の俺たちには、到底計り知る事が出来ない。

「他の四天王はバカですよ。忠誠のために命を捨てるなんて。私はすぐ命乞いしました。死にたくないですもん」


 暴君といえど魔王だった奴だ。そいつを殺せば、魔王を殺したもっとヤバイ奴と認識されてもおかしくない。

 リリィーの事だから後先考えず、現状打破のために動いたんだろうな。
 てか、魔王討伐って...... やっぱあいつの方が勇者じゃねーか。
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