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第二章『それは、確かな歴史』

第四十話「賢者」

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「見事に真っ黒ね」

 感心したようにリリィーが呟く。

「ああ、黒いな。服が」

「ユウキ、流石にその言い訳は無理があるよ。君が黒焦げにした事実は消えないからね?」

 シオンが呆れた様子で肩を竦めた。

 いや俺だってね?黒焦げにしたかったわけではないですよ。うん。でもこれは正当防衛というか、なんというか。身を守るための攻撃であって実は攻撃じゃないみたいな。そう、そんな感じで――

「ったく、こんな可愛い女の子に乱暴するなんて気が知れねーぜ」

 今までピクリとも動いていなかったそいつは唐突に立ち上がった。
 聞き覚えのない女の声が、荒い言葉遣いと共に投げかけられる。
 雷によって焦げたフードが耐久に限界を迎え、一部が崩れ落ちる。中からは口を歪め獰猛に笑う少女の顔が伺えた。

「お前どうやって」

 誰も回復なんて駆けていない。こいつは間違いなく気絶していたはずだ。
 身体はボロボロになり、そう簡単に復活できる状態には無かった。

「この人...... 気配察知に引っかからない......」

 気配がない?感知系の能力に引っかからないって事はまさか......
 先ほどイブが説明してくれたアンデットの特性を思い出す。

「おっ、気付いたか? そう、オレ様はアンデットなのさ!」

 少女は手を広げ仰々しく無い胸を張る。
 すしざんまい......。
 というかオレ様って。そんなの漫画やアニメの中だけにしとけよ。現実でそれをやられるとギャップで脳がバグるわ。

「お前今失礼なこと考えなかったか?」

「さてどれのことやら」

「複数かよ!考えてるじゃねーか!」



 とりあえず道端で出来るような話では無さそうなので、空き家に勝手にお邪魔して腰を落ち着ける。

「アンデットってこんな知能のある奴がいるのか?」

「いや、あり得ないはずだよ。アンデット化すれば生前の記憶の残滓を残しただけの人形になる」

「それはお前の中だけの知識だろ、。生前の記憶の残滓にも個人差が出る。それは何故か。お前らは調べた事があったか?」

 ないだろう。そんなことを調べる者など世の中の一部の変態だけだ。

「記憶を保持したまま貴方はアンデット化できるって言うの?」

「そうだな。それを説明するには色々順序立てて説明する必要がある」

 まるで教師が生徒に授業をするかのように、そいつは楽しそうに教鞭を握る。

「まず、呪術ネクロマンスはアンデットを作るためのものじゃあない。肉体から離れてしまった魂を元の器に戻す、というのがこの術の本質だ」

《再生》が傷を癒すのでは無く、元の状態に戻ろうとするように。
《瞬間移動》が移動するのでは無く、自身を他の座標上書きするように。
 結果では無く過程を見ろという事か。

「そして、失う記憶ってのは、死後アンデット化するまでの時間が長くなればなるほど多くなる。魂が肉体を離れ輪廻の輪に戻されると、記憶のリセットが始まるからだ。お前たちの知る一般的なアンデットは、この記憶の劣化が進んだ者たちに該当する」

 輪廻の輪に記憶のリセット、何故そんなことをこいつは知っている。そして、何故シオンが勇者だとばれている。

「なら、単純な話。輪廻の輪で記憶が失われる時間を極力無くせばいい」

「そんな簡単な話なのか?」

「いいや、違うな。記憶の劣化ってのは、想像以上に早い。術の発動は限りなく繊細で、死後コンマゼロでも遅れば、膨大な量の記憶を失ってしまう。それに、もともと呪術は発動が遅い。オレ様に合うよう専用の術式にしたりと、課題は山積みだったさ」

「とは言え、今のお前があるってことは成功したんだろ?」

「まあ、一応な。それでも限界があった。可能な限り死んでからネクロマンスの発動まで時間を縮めたが、オレ様でも少なくとも百年分の記憶はとんだからな」

 自信満々に記憶がとんだと言う。やはり狂ってらっしゃいますね。

「お前いくつなんだよ」

「ああ、自己紹介がまだだったな。オレ様の名はクロメリア。【賢者】クロメリアだ。乙女に年齢は聞いちゃダメなんだぞ☆」

「うぜぇ......」



「賢者......。聞いたことがあります。世界で最も知識を持つもの与えられるとされる《賢者》。四百年前まで確かに観測されていました」

「僕も本で読んだ事があるよ。けれどその四百年前を境に賢者を見たとされる記録はない。おとぎ話かとも思っていたけど」

 遠い昔話でも思い出すかのように、メルキドとシオンは天を仰ぐ。それほどまでに目の前にいるクロメリアは途方もない存在だった。

「オレ様が生きてるからだろうな。いや、アンデットだし死んでいるか。だがオレ様は確かに存在してる。ユニーク称号は所有者が消滅しない限り次に受け継がれないからな」



「アンデット化は自分で......?」

「まあ、手伝って貰うような奴もいなかったからな」

 またぼっちキャラかよ。
「お前もぼっちかよ」

「ユウキ、心の声が漏れてるよ」

「は?殺すぞ」

「あんた死にたいの?」

 前後から殺意の波動に襲われる。それ自覚してる証拠じゃねーか。

「さてさて、ここまでオレ様のアンデット化の話を聞いて何か思うことないか?原理は違うが、そう例えば......、転生者みたいだとか」

 背筋に悪寒が走る。なんなんだ、この全てを見透かされているような感覚は。
 何か言い返してやろうと思うが言葉が何も出てこない。

「君は人のステータスが見えているのかい」

 シオンのこクロメリアは二ヤリと笑いながら片目にピースを持っていく。
 その片方の目が淡く黄色く発光していた。もとから光っていたらしいが、言われなければ分からなかったろう。

「《魔眼》つってな。オレ様はちょっとばかし目がいいんだ」

「チート野郎が」

「野郎じゃなくて美少女だぞ☆」

「いっぱい生きてると大変そう......」

「イブ頭に特大ブーメラン刺さって――痛っ!」










「いやちょっと待て。結局なんで攻撃してきたんだよ」

「こんだけ面白い集団がいたんだ。ちょっかい掛けてみたくなるだろ」

「ちっ、殺しておくべきだった」

「はははっ。人との会話ってのは久々だったがやっぱり面白いな。ってわけでオレ様も仲間に入れろー!」

 盛大な溜息が漏れる。頭痛がしてきた。数百年間ひっそり生きてたんだろ。なんで今更になって......
 ぼっちを拗らせるとこうなるのか。

「〈ファイアー・ランス〉」

 後方から火の槍が飛んでくる。

「のわっ!なにしやがる!」

「なんだか必要に駆られて?」

 リリィーが首を傾げながら答えた。
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