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陰雨
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栄醐が出ていって
タオルケットにくるまっていた
星斗はそっと窓の外を見た。
しとしと雨が降っている。
(なんでもいい、なんて
言っちゃったけど
いざ外に出られないって
なるとなんだか雨が恋しい。)
これからどうしよう
どうなっちゃうんだろう、と
呟いて星斗は横になり
天井を見上げた。
あまりの現実離れな今の状況に
実感がないのが正直なところ。
あの咲鞍栄醐という男は
いったい何を考えているのだろう。
いくら悩んでもわからないので
星斗は目を閉じる。
いつの間にか眠りに落ちた
星斗は夢の中でひとり
さめざめと泣いていた。
膝に顔を乗せてただただ涙を流す。
子供の頃からよく見る夢だ。
自分の膝が涙に濡れて
ぐしょぐしょになるといつも
あたたかい雨が降ってきて
星斗を包んで涙を隠してくれる。
降り続く雨に抱かれて
いつまでも膝を抱えていた。
ハッと目を覚ますとコーヒーの
良い香りが漂っている。
『星斗。起きた?
コーヒーマシン、持ってきたから。
飲んでみる?』
「……。はい。」
素直に言ってソファに腰かけると
栄醐が持ってきてくれた。
「いた、だきます。」
『いいこだね。熱いから気をつけて。』
コクリと頷きそっと口をつける星斗。
「おいしい…」
思わず呟いていた。
『よかった!』
ふふふ、と笑い星斗の隣に
腰かけてコーヒーを飲む栄醐。
『ねぇ、星斗。ここにいる間に
勉強してみない?』
「べ、んきょう?」
『とりあえず漢字と算数の
ドリルが売店にあったから
買ってきた。ここにいる間
なにもすることないと
退屈だと思って。』
「…。僕、勉強まったくできない…。」
『うん。だからやり直すんだよ。
俺が先生になってあげるから。』
「やり、直、す……。」
『一般的な漢字と計算が
できればなんとなく少し
違うと思うんだよね。』
「………そんなもんですかね?」
星斗をデスクに座らせ
自分も横に座った栄醐。
『これはわかる?』
栄醐は一桁の足し算を出した。
「これはいくらなんでもできますよ?」
なんなく解いた星斗に
じゃ、二桁は?と栄醐は示す。
少し時間がかかったものの
正解した星斗に次は
3桁の計算が示された。
まごついて思わず叫ぶ。
「あー!もう!こんなの
計算機ですればいいでしょ!」
とキレる。
『そこだよ。考えるって
集中力がいることなんだ。
生きていく上で集中力って大事。
それを鍛えるんだよ。
今日はこのドリルを
全部やること!いいね?』
栄醐はウインクしてみせる。
(綺麗な顔だなぁ…)
星斗は一瞬みとれてしまった
自分を隠すように苦虫を
かみつぶしたような顔で
計算を解き始めた。
『またそんな顔も可愛いなぁ…
悩んでいる。ふふふ。
わからなかったら俺に言いなよ?
手取り足取り…』
「…触らない、んでしょ?
僕はわからないんじゃなくて
めんどくさいだけです!」
『あはは!そうだった。
はいはい、がんばって解けよ~』
栄醐は星斗の顔を
覗きこむように隣でじっと
解く様子を見ている。
星斗は唇をとんがらせて
問題を解いていく。
『可愛い~…』
そんなため息に似た囁きを放つ
栄醐を無視することに決め
もくもくと問題を解いていると
だんだんとスラスラ解けるように
なってきて楽しくなってくる。
紅潮した顔でできた!と言う
星斗を嬉しそうに見て
栄醐は花丸を書いた。
『よくできました!
じゃあ、ご褒美。はい、スマホ。
病院のフリーWi-Fiが使えるから
俺と一緒にいる時は
使っていいよ。連絡したい
友達とかいるでしょ?』
「スマホ…連絡する友達なんて
いないけど。」
『え?ひとり、も?』
「家族も友達もいない。」
『ご両親は?』
「生きてる、とは思うけど
知らない。」
『会いたくない、の?』
「会いたくない。」
『そ、か…。』
「同情なんてしないでください。
そんなんいらない。」
栄醐は絶句した。
(こんなにつらそうなのに
強がって…ずっとこんなふうに
生きてきたのかな…。)
『ね。これしたことある?』
「なん、ですか?」
『オセロ、っていうんだけど。』
「…オセ、ロ?」
『知らないか~。教えるよ。
楽しいよ~白と黒で陣地を
取り合う!よしやろう!』
「…………。」
パチ、と石を置いて星斗に
教えながらゲームを進めていく栄醐。
何度かやるうちに星斗は
夢中になった。
まったく歯が立たなかった
栄醐にもだんだん迫ってくる。
「ね、もう1回!」
『ふふふっ…やろう。
星斗が、黒ね。』
一進一退の攻防を繰り広げ
星斗がかろうじて勝利した。
「わぁ!よし!やった!」
子供に戻ったようにはしゃぐ
星斗に栄醐は
満足げに頷く。
(こういう経験をもっと
させてあげたいな…)
『またなんか他のゲームを
持ってくるよ。』
「あ…。」
はたと気付いたようにまた
タオルケットにくるまり
ソファの端にうずくまる星斗。
『ごはん持ってくるから
待ってて、ね。』
と栄醐は言い
部屋を出ようとする。
「ま…っ、て………。
もど、って、く、る?」
『ごはん買ってすぐ戻るから。』
「いつも…。楽しいあとは
ひとりが待ってる………。
なんか罰がくるんだ、よ。
だから…こわい。」
ガタガタと震えだす星斗。
『わかった。いる。いるよ。
カップラーメンならあるから
それを食べようか。』
「ぼ、僕、おなかすいてないです。」
『え?朝、パンひとつしか
食べてないのに……』
「……だっていつも1日1食だし…。」
『へ?』
「賄いがある時はそれだけ。
ない時はお金があれば
スーパーで夕方安くなった
弁当やパン。
それはまだいいほうで
子供の頃はパンの耳だけの時も
全然あったし、1食も
食べられない時もあった。
最悪水でふくらす。」
『いつからっ!?お金とか
どうしてたの?』
「物心着いた時はもう
1人でいました。
ばあちゃんがいたけど
1日中働きに行ってたから…。
小2の時にばあちゃんが
突然死んで。そっから1人きり。
お金は父親が時々置きに来た。
まだ小さい頃は。
中学を卒業してからはまったく。」
『…なんて、酷い…』
「別に。同情、ほんとに気持ち
悪いからやめてください。」
『ね、星斗。約束破っていい?』
「えっ!?」
その瞬間栄醐に
きつく抱きしめられ星斗は
息ができなくなる。
「ちょ!やめっ!離せっ!
い、やだ!やだ!はな、せ!
やめて!いや!あ!んんんっ!」
栄醐は星斗の唇を奪った。
なにがおこったのかわからない
様子で目を見開く星斗。
「んぅ!んやっ!んん!
んんんんんっ!」
栄醐の肩を殴り
必死で離そうとする星斗だが
鍛えた栄醐の体はビクともしない。
抵抗するうちに舌を差し入れられ
じゅっと吸われると
星斗の力が抜けた。
栄醐に身をあずける。
「ん…ふぅ、ん…、う…
な、に…これ………」
『っつ…。星斗…。』
栄醐はぎゅっと
星斗を抱きしめる。
星斗は頬を染め蕩けた表情になって
栄醐の胸に倒れこんだ。
タオルケットにくるまっていた
星斗はそっと窓の外を見た。
しとしと雨が降っている。
(なんでもいい、なんて
言っちゃったけど
いざ外に出られないって
なるとなんだか雨が恋しい。)
これからどうしよう
どうなっちゃうんだろう、と
呟いて星斗は横になり
天井を見上げた。
あまりの現実離れな今の状況に
実感がないのが正直なところ。
あの咲鞍栄醐という男は
いったい何を考えているのだろう。
いくら悩んでもわからないので
星斗は目を閉じる。
いつの間にか眠りに落ちた
星斗は夢の中でひとり
さめざめと泣いていた。
膝に顔を乗せてただただ涙を流す。
子供の頃からよく見る夢だ。
自分の膝が涙に濡れて
ぐしょぐしょになるといつも
あたたかい雨が降ってきて
星斗を包んで涙を隠してくれる。
降り続く雨に抱かれて
いつまでも膝を抱えていた。
ハッと目を覚ますとコーヒーの
良い香りが漂っている。
『星斗。起きた?
コーヒーマシン、持ってきたから。
飲んでみる?』
「……。はい。」
素直に言ってソファに腰かけると
栄醐が持ってきてくれた。
「いた、だきます。」
『いいこだね。熱いから気をつけて。』
コクリと頷きそっと口をつける星斗。
「おいしい…」
思わず呟いていた。
『よかった!』
ふふふ、と笑い星斗の隣に
腰かけてコーヒーを飲む栄醐。
『ねぇ、星斗。ここにいる間に
勉強してみない?』
「べ、んきょう?」
『とりあえず漢字と算数の
ドリルが売店にあったから
買ってきた。ここにいる間
なにもすることないと
退屈だと思って。』
「…。僕、勉強まったくできない…。」
『うん。だからやり直すんだよ。
俺が先生になってあげるから。』
「やり、直、す……。」
『一般的な漢字と計算が
できればなんとなく少し
違うと思うんだよね。』
「………そんなもんですかね?」
星斗をデスクに座らせ
自分も横に座った栄醐。
『これはわかる?』
栄醐は一桁の足し算を出した。
「これはいくらなんでもできますよ?」
なんなく解いた星斗に
じゃ、二桁は?と栄醐は示す。
少し時間がかかったものの
正解した星斗に次は
3桁の計算が示された。
まごついて思わず叫ぶ。
「あー!もう!こんなの
計算機ですればいいでしょ!」
とキレる。
『そこだよ。考えるって
集中力がいることなんだ。
生きていく上で集中力って大事。
それを鍛えるんだよ。
今日はこのドリルを
全部やること!いいね?』
栄醐はウインクしてみせる。
(綺麗な顔だなぁ…)
星斗は一瞬みとれてしまった
自分を隠すように苦虫を
かみつぶしたような顔で
計算を解き始めた。
『またそんな顔も可愛いなぁ…
悩んでいる。ふふふ。
わからなかったら俺に言いなよ?
手取り足取り…』
「…触らない、んでしょ?
僕はわからないんじゃなくて
めんどくさいだけです!」
『あはは!そうだった。
はいはい、がんばって解けよ~』
栄醐は星斗の顔を
覗きこむように隣でじっと
解く様子を見ている。
星斗は唇をとんがらせて
問題を解いていく。
『可愛い~…』
そんなため息に似た囁きを放つ
栄醐を無視することに決め
もくもくと問題を解いていると
だんだんとスラスラ解けるように
なってきて楽しくなってくる。
紅潮した顔でできた!と言う
星斗を嬉しそうに見て
栄醐は花丸を書いた。
『よくできました!
じゃあ、ご褒美。はい、スマホ。
病院のフリーWi-Fiが使えるから
俺と一緒にいる時は
使っていいよ。連絡したい
友達とかいるでしょ?』
「スマホ…連絡する友達なんて
いないけど。」
『え?ひとり、も?』
「家族も友達もいない。」
『ご両親は?』
「生きてる、とは思うけど
知らない。」
『会いたくない、の?』
「会いたくない。」
『そ、か…。』
「同情なんてしないでください。
そんなんいらない。」
栄醐は絶句した。
(こんなにつらそうなのに
強がって…ずっとこんなふうに
生きてきたのかな…。)
『ね。これしたことある?』
「なん、ですか?」
『オセロ、っていうんだけど。』
「…オセ、ロ?」
『知らないか~。教えるよ。
楽しいよ~白と黒で陣地を
取り合う!よしやろう!』
「…………。」
パチ、と石を置いて星斗に
教えながらゲームを進めていく栄醐。
何度かやるうちに星斗は
夢中になった。
まったく歯が立たなかった
栄醐にもだんだん迫ってくる。
「ね、もう1回!」
『ふふふっ…やろう。
星斗が、黒ね。』
一進一退の攻防を繰り広げ
星斗がかろうじて勝利した。
「わぁ!よし!やった!」
子供に戻ったようにはしゃぐ
星斗に栄醐は
満足げに頷く。
(こういう経験をもっと
させてあげたいな…)
『またなんか他のゲームを
持ってくるよ。』
「あ…。」
はたと気付いたようにまた
タオルケットにくるまり
ソファの端にうずくまる星斗。
『ごはん持ってくるから
待ってて、ね。』
と栄醐は言い
部屋を出ようとする。
「ま…っ、て………。
もど、って、く、る?」
『ごはん買ってすぐ戻るから。』
「いつも…。楽しいあとは
ひとりが待ってる………。
なんか罰がくるんだ、よ。
だから…こわい。」
ガタガタと震えだす星斗。
『わかった。いる。いるよ。
カップラーメンならあるから
それを食べようか。』
「ぼ、僕、おなかすいてないです。」
『え?朝、パンひとつしか
食べてないのに……』
「……だっていつも1日1食だし…。」
『へ?』
「賄いがある時はそれだけ。
ない時はお金があれば
スーパーで夕方安くなった
弁当やパン。
それはまだいいほうで
子供の頃はパンの耳だけの時も
全然あったし、1食も
食べられない時もあった。
最悪水でふくらす。」
『いつからっ!?お金とか
どうしてたの?』
「物心着いた時はもう
1人でいました。
ばあちゃんがいたけど
1日中働きに行ってたから…。
小2の時にばあちゃんが
突然死んで。そっから1人きり。
お金は父親が時々置きに来た。
まだ小さい頃は。
中学を卒業してからはまったく。」
『…なんて、酷い…』
「別に。同情、ほんとに気持ち
悪いからやめてください。」
『ね、星斗。約束破っていい?』
「えっ!?」
その瞬間栄醐に
きつく抱きしめられ星斗は
息ができなくなる。
「ちょ!やめっ!離せっ!
い、やだ!やだ!はな、せ!
やめて!いや!あ!んんんっ!」
栄醐は星斗の唇を奪った。
なにがおこったのかわからない
様子で目を見開く星斗。
「んぅ!んやっ!んん!
んんんんんっ!」
栄醐の肩を殴り
必死で離そうとする星斗だが
鍛えた栄醐の体はビクともしない。
抵抗するうちに舌を差し入れられ
じゅっと吸われると
星斗の力が抜けた。
栄醐に身をあずける。
「ん…ふぅ、ん…、う…
な、に…これ………」
『っつ…。星斗…。』
栄醐はぎゅっと
星斗を抱きしめる。
星斗は頬を染め蕩けた表情になって
栄醐の胸に倒れこんだ。
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