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聖愚者の旅立ち 04-28
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ホフマンは、闇の中にいた。
その闇はとても深く、死そのもののように思える。
ホフマンは死とはなるほど、このようなものかと馬鹿げたことを思う。
もしかすると自分が死んでいるわけではないらしいと気がつくまで、結構時間がかかった。
半死半生の朦朧とした状態が、随分と長く続いたのだろうと考える。
まあ、この状態がいつまでも続いてもかまわないと、ホフマンは思う。
今の状態は苦痛や恐怖はなく、不思議な安らぎがここにはある。それは意識がまだ半ば、微睡みの中にいるせいだとホフマンは思う。
しかし、意識は容赦なく覚醒させられつつあった。
ホフマンは、とてもいやな予感がしている。
そしてその予感は、まもなく確信に変わることになった。
まるでこじ開けるように、光がホフマンの眼差しに注ぎ込まれる。
長く闇に包まれていたためその光は暴力的にすら感じられ、視界は単に純白の闇であった。
しばらくすると白い輝きの中に、影が現れる。
ホフマンはそれが、おんなの姿であると理解した。
そのおんなの姿は、ホフマンのいやな予感を裏打ちするようにはっきりとした形をとりはじめる。
そのおんなは、クリス・ローゼンクロイツであった。
燃え盛る落日が持つ色を描く深紅の薔薇と、死と苦痛の象徴がごとき黒い十字を額にもつその女は、獲物を捕らえた肉食獣の笑みを浮かべている。
ホフマンは、ようやく自分の置かれている状況を理解しつつあった。
ホフマンは、どうやら自分が水槽のようなものの中にいるらしいということが判ってくる。
四肢の大半は失われ、残った内臓も酷い状態であった。
ホフマンは再生措置用の培養液に、生命維持装置に接続された状態で沈められているようだ。
唐突に、クリスの声が耳に届く。
「おはよう、ホフマン君。ようやく、お目覚めのようね」
ホフマンは、自分の身体にはご丁寧に骨伝導音声通話装置を埋め込まれていることに気がつき、うんざりした気持ちになる。
「やあ、クリス・ローゼンクロイツ艦隊司令。おれたちの艦隊は、もしかすると勝利したのかな」
クリスは、一瞬うんざりしたような笑みを浮かべる。
「王陛下があの聖なる愚者を使って、おそろしく出鱈目なやりかたで戦況をくつがえしたわね。それはおいといて、わたしあなたに絶対後悔させてやるって言ったの、おぼえてるよね」
ホフマンは可能であれば深いため息をついたであろうが、培養液の中ではかなうことではない。
「もう、十分後悔している」
クリスは口を歪めて笑うと、指を横にふる。
「まだまだ、お楽しみはこれからよ。あそこで死んでいれば、さぞかし格好よかったんでしょうけれどね」
ホフマンは憂鬱な気分になりつつも、気になっていることを口にした。
「おれの船に乗っていたものたちは、どうなった。ルーイも、あなたは救出してくれたのか?」
クリスは、ゆっくり頷く。
「心配しなくても、あなたの船に乗っていたひとはみんな救出したから。ただ、ルーイ・ノヴァーリスはちょっとね」
ホフマンは、目を剥く。
「ルーイは、だめだったなんて言うなよ」
クリスは軽く肩を竦める。
「ホフマン君、あんた馬鹿よね。あの状態で脱出用ポッドを放出したら、連邦艦隊の中に飛び込んでしまうじゃあない」
ああ、とホフマンは思う。
「ルーイは連邦の、捕虜となったわけか」
クリスは、頷く。
「色々落ち着けば、捕虜交換もできるわね。でも、しばらくは無理だわ」
ホフマンは、培養液の中で頷く。
「ルーイが外の世界を知るいい機会だとも、言えるな」
クリスは、舌打ちをする。
「そんなことより、あなた自身のこれからを話しましょうよ」
はあ? とホフマンは思う。
「おれは、身体再生プログラムの最中なんだろ」
クリスはその言葉に、邪悪な笑みで応えた。
「さあて、そのことで相談があるんだよねぇ」
ホフマンは、ある意味腹を括る。
「正直、どうとでもしてくれというしかない立場なんだが」
クリスは、なぜか上機嫌に笑う。
「王陛下の馬鹿な船のおかげでわたしたちは勝利したのだけれど、結構なひとが身体に致命的な損傷をえて再生措置を受けてるのよね。だから、再生用の素材が足りてないの」
ホフマンは、うんざりして呟く。
「最悪だな」
ホフマンの呟きを聞いたクリスの笑みは、輝きを増す。
「あなたの順番は、後回しでいいよね」
ホフマンは、頷く。
「最悪だが、仕方ない」
クリスはそれを聞くと、悪魔のような笑みをみせる。
「でもねぇ。順当にいけば、あなたの番がくるのは多分半年後。全部が片づいたあとに、なると思うわ」
ホフマンは、水槽の中でうめき声をあげる。
「最悪だな」
クリスは、上機嫌な調子で言葉を続ける。
「とはいっても、方法がないわけじゃあないのよ」
ホフマンは、クリスの微笑みをみてぞっとする。
「どういうことだ?」
「つまりね」
クリスは、邪悪な笑みを口元に浮かべていた。
「足りないのは、成人男性の再生用の素材なの。それ以外なら、都合つけれるかも」
ホフマンは、嫌な予感を押さえ込みながら問いを発する。
「つまり、何がいいたい?」
「ええとぉ」
クリスはわざとイライラさせたがっているように、ゆっくりと話す。
「違う性別とかぁ、違う年齢とかぁ。そいう素材なら在庫があってぇ、本人の同意があれば使えるんだけどぉ」
クリスが何をしようとしているのかに気がつき、ホフマンはぞっとする。身体がちゃんとしていれば、恐怖で蒼白になっただろう。
「ああ、べつに嫌ならいいのよ。あなたがそこで浮かんでいるあいだ、何が起こっているかは逐一教えてあげるからのんびり待つといいわ」
ホフマンは、まさに悪い結末にむかって飛び込もうとしている。
少なくともここで仲間が死んでいく様を逐一聞かされるよりは、なんでも受け入れられる気持ちになっていた。
「クリス・ローゼンクロイツ艦隊司令。なんでも受け入れるから、あなたのいいようにしてくれ」
クリスは、大輪の薔薇が咲き誇るように笑う。
「ええ、悪いようにはしないから。安心してね、ホフマン君」
ホフマンは、全く安心できず悪いようになる予感しかなかった。
その闇はとても深く、死そのもののように思える。
ホフマンは死とはなるほど、このようなものかと馬鹿げたことを思う。
もしかすると自分が死んでいるわけではないらしいと気がつくまで、結構時間がかかった。
半死半生の朦朧とした状態が、随分と長く続いたのだろうと考える。
まあ、この状態がいつまでも続いてもかまわないと、ホフマンは思う。
今の状態は苦痛や恐怖はなく、不思議な安らぎがここにはある。それは意識がまだ半ば、微睡みの中にいるせいだとホフマンは思う。
しかし、意識は容赦なく覚醒させられつつあった。
ホフマンは、とてもいやな予感がしている。
そしてその予感は、まもなく確信に変わることになった。
まるでこじ開けるように、光がホフマンの眼差しに注ぎ込まれる。
長く闇に包まれていたためその光は暴力的にすら感じられ、視界は単に純白の闇であった。
しばらくすると白い輝きの中に、影が現れる。
ホフマンはそれが、おんなの姿であると理解した。
そのおんなの姿は、ホフマンのいやな予感を裏打ちするようにはっきりとした形をとりはじめる。
そのおんなは、クリス・ローゼンクロイツであった。
燃え盛る落日が持つ色を描く深紅の薔薇と、死と苦痛の象徴がごとき黒い十字を額にもつその女は、獲物を捕らえた肉食獣の笑みを浮かべている。
ホフマンは、ようやく自分の置かれている状況を理解しつつあった。
ホフマンは、どうやら自分が水槽のようなものの中にいるらしいということが判ってくる。
四肢の大半は失われ、残った内臓も酷い状態であった。
ホフマンは再生措置用の培養液に、生命維持装置に接続された状態で沈められているようだ。
唐突に、クリスの声が耳に届く。
「おはよう、ホフマン君。ようやく、お目覚めのようね」
ホフマンは、自分の身体にはご丁寧に骨伝導音声通話装置を埋め込まれていることに気がつき、うんざりした気持ちになる。
「やあ、クリス・ローゼンクロイツ艦隊司令。おれたちの艦隊は、もしかすると勝利したのかな」
クリスは、一瞬うんざりしたような笑みを浮かべる。
「王陛下があの聖なる愚者を使って、おそろしく出鱈目なやりかたで戦況をくつがえしたわね。それはおいといて、わたしあなたに絶対後悔させてやるって言ったの、おぼえてるよね」
ホフマンは可能であれば深いため息をついたであろうが、培養液の中ではかなうことではない。
「もう、十分後悔している」
クリスは口を歪めて笑うと、指を横にふる。
「まだまだ、お楽しみはこれからよ。あそこで死んでいれば、さぞかし格好よかったんでしょうけれどね」
ホフマンは憂鬱な気分になりつつも、気になっていることを口にした。
「おれの船に乗っていたものたちは、どうなった。ルーイも、あなたは救出してくれたのか?」
クリスは、ゆっくり頷く。
「心配しなくても、あなたの船に乗っていたひとはみんな救出したから。ただ、ルーイ・ノヴァーリスはちょっとね」
ホフマンは、目を剥く。
「ルーイは、だめだったなんて言うなよ」
クリスは軽く肩を竦める。
「ホフマン君、あんた馬鹿よね。あの状態で脱出用ポッドを放出したら、連邦艦隊の中に飛び込んでしまうじゃあない」
ああ、とホフマンは思う。
「ルーイは連邦の、捕虜となったわけか」
クリスは、頷く。
「色々落ち着けば、捕虜交換もできるわね。でも、しばらくは無理だわ」
ホフマンは、培養液の中で頷く。
「ルーイが外の世界を知るいい機会だとも、言えるな」
クリスは、舌打ちをする。
「そんなことより、あなた自身のこれからを話しましょうよ」
はあ? とホフマンは思う。
「おれは、身体再生プログラムの最中なんだろ」
クリスはその言葉に、邪悪な笑みで応えた。
「さあて、そのことで相談があるんだよねぇ」
ホフマンは、ある意味腹を括る。
「正直、どうとでもしてくれというしかない立場なんだが」
クリスは、なぜか上機嫌に笑う。
「王陛下の馬鹿な船のおかげでわたしたちは勝利したのだけれど、結構なひとが身体に致命的な損傷をえて再生措置を受けてるのよね。だから、再生用の素材が足りてないの」
ホフマンは、うんざりして呟く。
「最悪だな」
ホフマンの呟きを聞いたクリスの笑みは、輝きを増す。
「あなたの順番は、後回しでいいよね」
ホフマンは、頷く。
「最悪だが、仕方ない」
クリスはそれを聞くと、悪魔のような笑みをみせる。
「でもねぇ。順当にいけば、あなたの番がくるのは多分半年後。全部が片づいたあとに、なると思うわ」
ホフマンは、水槽の中でうめき声をあげる。
「最悪だな」
クリスは、上機嫌な調子で言葉を続ける。
「とはいっても、方法がないわけじゃあないのよ」
ホフマンは、クリスの微笑みをみてぞっとする。
「どういうことだ?」
「つまりね」
クリスは、邪悪な笑みを口元に浮かべていた。
「足りないのは、成人男性の再生用の素材なの。それ以外なら、都合つけれるかも」
ホフマンは、嫌な予感を押さえ込みながら問いを発する。
「つまり、何がいいたい?」
「ええとぉ」
クリスはわざとイライラさせたがっているように、ゆっくりと話す。
「違う性別とかぁ、違う年齢とかぁ。そいう素材なら在庫があってぇ、本人の同意があれば使えるんだけどぉ」
クリスが何をしようとしているのかに気がつき、ホフマンはぞっとする。身体がちゃんとしていれば、恐怖で蒼白になっただろう。
「ああ、べつに嫌ならいいのよ。あなたがそこで浮かんでいるあいだ、何が起こっているかは逐一教えてあげるからのんびり待つといいわ」
ホフマンは、まさに悪い結末にむかって飛び込もうとしている。
少なくともここで仲間が死んでいく様を逐一聞かされるよりは、なんでも受け入れられる気持ちになっていた。
「クリス・ローゼンクロイツ艦隊司令。なんでも受け入れるから、あなたのいいようにしてくれ」
クリスは、大輪の薔薇が咲き誇るように笑う。
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