最後の物語 【R18】

ヒルナギ

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第三話

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 反町は、堪え切れぬように笑い声を漏らす。

「実際に起こったのは、五十人の人間の消失。そして、数名の人間が発狂。目撃者の証言によれば、榊原はギターを弾いてこの穴をあけたらしい。消えた警官はこの穴の中にのみ込まれた」

 反町は、ディスプレイに映し出された穴に向かって手を差し出す。

「新宿の真中に! 異世界へ通じる穴をあけたと! しかも、ギターを弾いて空間に穴を穿つとは!」

 反町はにやにやしながら、わたしを見つめる。

「あきれた事件じゃありませんか?」

 わたしは肩を竦める。

「この榊原をわたしの病院で引き受けたわけですが、わたしとしても色々調査をしてみたつもりです。しかし、あなたもおそらくご存知でしょうが、榊原は全く平凡なおんなです。いや、平凡なアウトローというべきなのでしょうが」

 反町は、わたしのほうに身を乗り出す。

「わたしは当然この榊原を調査するのであれば、それなりのチームが派遣されてくるものと考えていました。単に心理学的な面から榊原を追求しても意味が無い。その社会的背景や、洗脳の可能性、場合によってはESPや生化学兵器の関与も含め、スペシャリスト集団による調査が行われると思っていました。でも、来たのはあなた一人です。しかも、美人ときている!」

 反町は真っ直ぐわたしを見つめると、言った。

「なぜ、あなたなんです」

 わたしは笑みを、反町に投げかけた。

「美人は色々得なんです。ということに、しておきます」

 反町は立ちあがると、鋭い瞳でわたしを見つめる。

「まあ、いいでしょう。結局わたしのたどり着いた結論としては、得体の知れないものには、関わるべきでは無いということです。榊原はわたしの理解を超えている。そして、おそらくあなたも」

 反町は、ブラインドを引き上げる。窓が顕わになった。窓の外は中庭のようだ。この病院は四角形を構成し、中庭を取り囲んでいる。そして、外部から見ることのできないその中庭に、円筒形状の建物が聳えていた。真紅の西日に照らし出されたその建物は窓もなく、出入り口も見当たらない。
 反町は、その円筒形状の建物を指差す。

「あれが、当病院の特殊病棟です。榊原はあそこに居ます。どうします? これからお会いになられますか?」

 わたしは笑みを浮かべたまま頷く。

「もちろん。そのためにきたのですから」

 わたしたちは会議室を出ると、中庭の特殊病棟へ向かう。特殊病棟へは、五階の渡り廊下を通じていくようになっているらしい。
 わたしは渡り廊下への入り口に立つ。ガードマンに守られたその通路は、空港へのゲートにも似た所持品チェックのシステムが設置されている。
 わたしはそのゲートを潜り抜けた。わたしの持っているケースもその所持品チェックシステムを通りぬける。ゲートの向こう側から、反町が声をかけた。

「それでは、ごきげんよう」

 わたしは、踵を返し去っていく反町を見送ると、渡り廊下へのドアを開く。二人のガードマンがわたしを迎えいれる。携帯端末を手にしたガードマンは、言った。

「落合さんですね」

 わたしが頷くと、わたしをエレベータに案内する。わたしと二人のガードマンは階数表示の無い、直通用らしいそのエレベータに乗って降りてゆく。わたしの感覚では十階分くらいの時間を降りたところで、エレベータは止まった。
 真っ直ぐ伸びた廊下のつきあたり。そこにある部屋へ、案内される。

「ここで、お待ち下さい」

 ガードマンにそういわれた部屋は、片面がガラス張りの殺風景な部屋だった。椅子がこちら側にひとつ、そして透明なガラスの向こうにもうひとつ置かれているきりで、なにも無い部屋だ。わたしは手にしていたケースを床に下ろす。
 案内を終えたガードマンたちは、出て行く。わたしはその殺風景な部屋に腰を降ろし、暫く待つ。
 しかし、そう長く待つ必要はなかった。
 透明なガラスの向こう。
 向こう側の部屋のドアが空き、二人の屈強な看護士につきそわれた痩せたおんなが入ってくる。看護士は、腰にスタンロッドを提げているようだ。
 痩せたおんなは椅子に腰を降ろす。それを見届けると、二人の看護士は退出していった。
 映像で見たときよりも髪は伸びており、多少やつれている。
 しかし、間違い無い。
 その俯いているおんなは、榊原美夜子だった。
 わたしは立ちあがる。そして、わたしと榊原美夜子の間にある透明なガラスに拳を叩きつける。
 ガツン、と音がした。
 榊原は、顔を上げる。
 落ち窪んだ目。くまにふちどられたその目は、異様な力を持った瞳がはめ込まれている。その瞳がわたしのほうへ向く。なぜか見るものを不安にさせる、しかし、どこか繊細な美しさを持ったその顔立ち。

「来たわよ。わたしよ。わたしが落合恵理香」
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