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第三話
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反町は、堪え切れぬように笑い声を漏らす。
「実際に起こったのは、五十人の人間の消失。そして、数名の人間が発狂。目撃者の証言によれば、榊原はギターを弾いてこの穴をあけたらしい。消えた警官はこの穴の中にのみ込まれた」
反町は、ディスプレイに映し出された穴に向かって手を差し出す。
「新宿の真中に! 異世界へ通じる穴をあけたと! しかも、ギターを弾いて空間に穴を穿つとは!」
反町はにやにやしながら、わたしを見つめる。
「あきれた事件じゃありませんか?」
わたしは肩を竦める。
「この榊原をわたしの病院で引き受けたわけですが、わたしとしても色々調査をしてみたつもりです。しかし、あなたもおそらくご存知でしょうが、榊原は全く平凡なおんなです。いや、平凡なアウトローというべきなのでしょうが」
反町は、わたしのほうに身を乗り出す。
「わたしは当然この榊原を調査するのであれば、それなりのチームが派遣されてくるものと考えていました。単に心理学的な面から榊原を追求しても意味が無い。その社会的背景や、洗脳の可能性、場合によってはESPや生化学兵器の関与も含め、スペシャリスト集団による調査が行われると思っていました。でも、来たのはあなた一人です。しかも、美人ときている!」
反町は真っ直ぐわたしを見つめると、言った。
「なぜ、あなたなんです」
わたしは笑みを、反町に投げかけた。
「美人は色々得なんです。ということに、しておきます」
反町は立ちあがると、鋭い瞳でわたしを見つめる。
「まあ、いいでしょう。結局わたしのたどり着いた結論としては、得体の知れないものには、関わるべきでは無いということです。榊原はわたしの理解を超えている。そして、おそらくあなたも」
反町は、ブラインドを引き上げる。窓が顕わになった。窓の外は中庭のようだ。この病院は四角形を構成し、中庭を取り囲んでいる。そして、外部から見ることのできないその中庭に、円筒形状の建物が聳えていた。真紅の西日に照らし出されたその建物は窓もなく、出入り口も見当たらない。
反町は、その円筒形状の建物を指差す。
「あれが、当病院の特殊病棟です。榊原はあそこに居ます。どうします? これからお会いになられますか?」
わたしは笑みを浮かべたまま頷く。
「もちろん。そのためにきたのですから」
わたしたちは会議室を出ると、中庭の特殊病棟へ向かう。特殊病棟へは、五階の渡り廊下を通じていくようになっているらしい。
わたしは渡り廊下への入り口に立つ。ガードマンに守られたその通路は、空港へのゲートにも似た所持品チェックのシステムが設置されている。
わたしはそのゲートを潜り抜けた。わたしの持っているケースもその所持品チェックシステムを通りぬける。ゲートの向こう側から、反町が声をかけた。
「それでは、ごきげんよう」
わたしは、踵を返し去っていく反町を見送ると、渡り廊下へのドアを開く。二人のガードマンがわたしを迎えいれる。携帯端末を手にしたガードマンは、言った。
「落合さんですね」
わたしが頷くと、わたしをエレベータに案内する。わたしと二人のガードマンは階数表示の無い、直通用らしいそのエレベータに乗って降りてゆく。わたしの感覚では十階分くらいの時間を降りたところで、エレベータは止まった。
真っ直ぐ伸びた廊下のつきあたり。そこにある部屋へ、案内される。
「ここで、お待ち下さい」
ガードマンにそういわれた部屋は、片面がガラス張りの殺風景な部屋だった。椅子がこちら側にひとつ、そして透明なガラスの向こうにもうひとつ置かれているきりで、なにも無い部屋だ。わたしは手にしていたケースを床に下ろす。
案内を終えたガードマンたちは、出て行く。わたしはその殺風景な部屋に腰を降ろし、暫く待つ。
しかし、そう長く待つ必要はなかった。
透明なガラスの向こう。
向こう側の部屋のドアが空き、二人の屈強な看護士につきそわれた痩せたおんなが入ってくる。看護士は、腰にスタンロッドを提げているようだ。
痩せたおんなは椅子に腰を降ろす。それを見届けると、二人の看護士は退出していった。
映像で見たときよりも髪は伸びており、多少やつれている。
しかし、間違い無い。
その俯いているおんなは、榊原美夜子だった。
わたしは立ちあがる。そして、わたしと榊原美夜子の間にある透明なガラスに拳を叩きつける。
ガツン、と音がした。
榊原は、顔を上げる。
落ち窪んだ目。くまにふちどられたその目は、異様な力を持った瞳がはめ込まれている。その瞳がわたしのほうへ向く。なぜか見るものを不安にさせる、しかし、どこか繊細な美しさを持ったその顔立ち。
「来たわよ。わたしよ。わたしが落合恵理香」
「実際に起こったのは、五十人の人間の消失。そして、数名の人間が発狂。目撃者の証言によれば、榊原はギターを弾いてこの穴をあけたらしい。消えた警官はこの穴の中にのみ込まれた」
反町は、ディスプレイに映し出された穴に向かって手を差し出す。
「新宿の真中に! 異世界へ通じる穴をあけたと! しかも、ギターを弾いて空間に穴を穿つとは!」
反町はにやにやしながら、わたしを見つめる。
「あきれた事件じゃありませんか?」
わたしは肩を竦める。
「この榊原をわたしの病院で引き受けたわけですが、わたしとしても色々調査をしてみたつもりです。しかし、あなたもおそらくご存知でしょうが、榊原は全く平凡なおんなです。いや、平凡なアウトローというべきなのでしょうが」
反町は、わたしのほうに身を乗り出す。
「わたしは当然この榊原を調査するのであれば、それなりのチームが派遣されてくるものと考えていました。単に心理学的な面から榊原を追求しても意味が無い。その社会的背景や、洗脳の可能性、場合によってはESPや生化学兵器の関与も含め、スペシャリスト集団による調査が行われると思っていました。でも、来たのはあなた一人です。しかも、美人ときている!」
反町は真っ直ぐわたしを見つめると、言った。
「なぜ、あなたなんです」
わたしは笑みを、反町に投げかけた。
「美人は色々得なんです。ということに、しておきます」
反町は立ちあがると、鋭い瞳でわたしを見つめる。
「まあ、いいでしょう。結局わたしのたどり着いた結論としては、得体の知れないものには、関わるべきでは無いということです。榊原はわたしの理解を超えている。そして、おそらくあなたも」
反町は、ブラインドを引き上げる。窓が顕わになった。窓の外は中庭のようだ。この病院は四角形を構成し、中庭を取り囲んでいる。そして、外部から見ることのできないその中庭に、円筒形状の建物が聳えていた。真紅の西日に照らし出されたその建物は窓もなく、出入り口も見当たらない。
反町は、その円筒形状の建物を指差す。
「あれが、当病院の特殊病棟です。榊原はあそこに居ます。どうします? これからお会いになられますか?」
わたしは笑みを浮かべたまま頷く。
「もちろん。そのためにきたのですから」
わたしたちは会議室を出ると、中庭の特殊病棟へ向かう。特殊病棟へは、五階の渡り廊下を通じていくようになっているらしい。
わたしは渡り廊下への入り口に立つ。ガードマンに守られたその通路は、空港へのゲートにも似た所持品チェックのシステムが設置されている。
わたしはそのゲートを潜り抜けた。わたしの持っているケースもその所持品チェックシステムを通りぬける。ゲートの向こう側から、反町が声をかけた。
「それでは、ごきげんよう」
わたしは、踵を返し去っていく反町を見送ると、渡り廊下へのドアを開く。二人のガードマンがわたしを迎えいれる。携帯端末を手にしたガードマンは、言った。
「落合さんですね」
わたしが頷くと、わたしをエレベータに案内する。わたしと二人のガードマンは階数表示の無い、直通用らしいそのエレベータに乗って降りてゆく。わたしの感覚では十階分くらいの時間を降りたところで、エレベータは止まった。
真っ直ぐ伸びた廊下のつきあたり。そこにある部屋へ、案内される。
「ここで、お待ち下さい」
ガードマンにそういわれた部屋は、片面がガラス張りの殺風景な部屋だった。椅子がこちら側にひとつ、そして透明なガラスの向こうにもうひとつ置かれているきりで、なにも無い部屋だ。わたしは手にしていたケースを床に下ろす。
案内を終えたガードマンたちは、出て行く。わたしはその殺風景な部屋に腰を降ろし、暫く待つ。
しかし、そう長く待つ必要はなかった。
透明なガラスの向こう。
向こう側の部屋のドアが空き、二人の屈強な看護士につきそわれた痩せたおんなが入ってくる。看護士は、腰にスタンロッドを提げているようだ。
痩せたおんなは椅子に腰を降ろす。それを見届けると、二人の看護士は退出していった。
映像で見たときよりも髪は伸びており、多少やつれている。
しかし、間違い無い。
その俯いているおんなは、榊原美夜子だった。
わたしは立ちあがる。そして、わたしと榊原美夜子の間にある透明なガラスに拳を叩きつける。
ガツン、と音がした。
榊原は、顔を上げる。
落ち窪んだ目。くまにふちどられたその目は、異様な力を持った瞳がはめ込まれている。その瞳がわたしのほうへ向く。なぜか見るものを不安にさせる、しかし、どこか繊細な美しさを持ったその顔立ち。
「来たわよ。わたしよ。わたしが落合恵理香」
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