【R18】モンスター・プリンス

ヒルナギ

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第一話

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 夜は奇妙に優しく、月の下に横たわっていた。

 藍色の甘い香りの水が、地上を埋め尽くしている。

 そんなふうに思える闇が、この世界を満たしていた。

 月は、金色の円盤となって無造作に天空へ掲げられている。

 その月から放たれる金色の刃となった月影は、ひとつの館を浮かび上がらせていた。

 その館だけは、無慈悲に地上を蹂躙する黄金の剣から支配を免れている。

 残酷な金色の光は、そこにだけは手を出すことを躊躇っていた。

 だから、その館は黒曜石となり重く凝縮された漆黒の闇を、纏っている。

 それは闇の中で孵化を待つ、漆黒の卵であった。

 彼は、そんなふうに思いスコープから顔をあげる。

 ふと、血の匂いを感じて眉をしかめた。

 振り向き、そこに大きな黒い人影を認め驚愕する。

 いつの間にか、廃ビルの屋上に展開していた彼の小隊は全滅していた。

 腰から抜いたベレッタを黒い人影に向けながらも、無力感がこころを黒く塗りつぶすのを感じている。

 五つの死体が、屋上にある。

 かつて彼の、同僚であったものたちだ。

 その殺戮を、彼は全く感じ取ることができなかった。

 何より、その大きく黒い人影の気配を感じ取ることができない。

 倒れている兵たちは、獣に首筋を噛み千切られたように血を流し死んでいる。

 大きな黒い人影は、一歩前に進み金色の月影に身を曝した。

 マントを纏ったそのおとこは、哲学者か詩人のように整った物憂げな顔をしている。

 しかし、その黒い瞳は底知れぬ深淵へと続く闇を宿しているかのようだ。

 彼は、呻くように言った。

「お前は、カズィクルベイ」

 マントに身を包む長身のおとこは、失笑するように口を歪める。

 闇に、深紅の裂け目があらわれ、短刀の鋭さをもった牙が覗けた。

「串刺し公か、まあそういう通り名もあるようだが」

「では、ヴラド・ツェペシと呼べばいいのか?」

 彼の問いに、マントのおとこは首を振る。

「それもわたしが名乗っていた名とは、違うね。ここはよく知られた、悪魔の子という名を使わしてもらうことにする。つまり」

 マントのおとこは、蒼白の顔に獣の獰猛さを重ねる。

「ドラキュラ、と」

 ドラキュラと名乗ったおとこは、すらりとヤタガンソードを抜いた。

 稲妻の形に歪んだ剣が、怜悧な輝きを月影に曝す。

 彼は、慌てて叫んだ。

「まてまて、おれたちはヴァチカンの抹殺機関ではないぞ」

「ほう」

 ドラキュラは、どこか繊細で憂鬱さを備えた顔に鋭い牙をむき出しにして問う。

「では、おまえたちはなんだ」

「CIAだ。あんたたちとは約定があるから、手出しはしない」

 ドラキュラは、吐き出すように言った。

「ではなぜ、わたしたちの館を監視するのだ」

 彼は、できるだけ冷静な声で言う。

「むしろヴァチカンからあんたらを、守るためだ」

 ドラキュラは、闇に笑った。 

「君たちはわたしに殺されるというのに、わたしを守れるのかね」

「もちろん、我々が抹殺機関を殺すことはできないよ。しかし、支援することは」

 彼は、言い終えることはできなかった。

 闇にとけるように、ドラキュラが姿を消したからだ。

 彼は慌てて振り向こうとしたが、手遅れであった。

 彼は、首筋に何かが差し込まれるのを感じる。

 それは、彼の頭に直接麻薬を投入したように甘美な麻痺を、もたらす。

 彼は、死に繋がる薔薇色の闇に飲み込まれていった。

 真紅に染めた口を、死体の首筋から離すとドラキュラは呟く。

「わたしたちは、誰の力も借りんよ。特に今夜は」

 白皙の、哲学者の落ち着きを持つその顔に、薄く笑みを浮かべていった。

「われらがプリンスが目覚める夜だからな」
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