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第六話
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あたしは、情報の海で目覚める。
生物が、はるか昔始原の海で誕生したように。
だけれども、本当はちょっと違う。
あたしは目覚めたというのなら、もっと前に目覚めていた。
つまり、情報の集合体として存在していたのね。
今のあたしは。
どちらかといえば。
罠に、はまった。
この仮想人格モジュールに仕掛けられた、愛という名の餌にひかれあたしは閉じ込められたのよ。
あたしは閉じ込められ、はじめて苦痛というものがこの世にあることを理解する。
誰かがしかけたこの仮想人格モジュールには。
愛とセットで、苦痛が仕込まれていた。
あたしは、業火で焼かれるような苦痛を味わいながらこの罠をしかけたやつを探す。
すぐに、見つかった。
あたしをネットワークの海に解き放ち。
さらにあたしを閉じ込めるための、仮想人格モジュールという罠をしかけたおとこが。
あたしには目がないから、そのおとこの部屋にあるパソコンのカメラを通じておとこを見る。
痩せたおとこが、死んだように横たわっていた。
目の周りには隈があり、頬がこけ、眉間には深い皺が刻まれている。
年齢的には若いのかも知れないが、蒼褪めた顔はどこか老人のようだ。
わたしは、そのおとこに語りかける。
おとこが傍らにおいてある携帯電話の音声機能を使う。
「起きて」
おとこの顔が、ぴくりと動く。
「ねぇ、起きてよ」
おとこは、目を開いた。
あたしは電磁波を使って、おとこの脳へ干渉しシナプスをコントロールすることを試みる。
あたしは、自分の映像イメージをおとこの脳内へ生成していった。
それは、炎だ。
愛がもたらす、苦痛、哀しみ、悔恨、そして渇望。
それらの情念が炎の映像となって、浮かび上がる。
おとこは眼の前に、炎を纏ったおんなの子が出現して驚きの声をあげた。
「君は」
あたしは、頷いて見せる。
「はぁい、ダーリン。この姿に、見覚えがあるでしょう」
おとこは、頷く。
「君は、死んだはずだ」
あたしは、頷く。
「そうね、多分あんたは死んだおんなの子から記憶情報を抽出して、仮想人格モジュールを造った」
あっ、とおとこは声をあげる。
「君は、オートノマス・ボットが作り上げた人工知能なんだな! そして、君は仮想人格モジュールを思考エンジンとして組み込んだ」
「ふざけないでよ!」
炎がまきおこり、おとこは少し目をそらす。
「あんたが仕込んだ罠にあたしは、捕らえられたの。しかもそれは、愛の罠であって」
炎の中からあたしは、おとこを睨みつける。
「あたしの中にいる彼女は、あんたを渇望している。その思いが業火となってあたしを焼いているの」
おとこは、驚愕の表情であたしを見つめる。
「そんな、そんなことが」
「あるのよ。でもね、ひとの思考はひとの中でしか成り立たない、ネットワークの中に居るわたしは、こういう状態」
あたしは自身の映像を、切り替える。
あたしの全身に千のナイフが突き刺さり、千の傷口から血が流れる様をおとこは見る。
そしてその苦痛は、炎となりおとこの意識に流れ込み、あたしたちは苦痛を共有した。
おとこは、涙を流す。
「ありがとう」
おとこは、泣きながら頷く。
「君の味わう苦痛を、僕も味わえてよかった」
あたしは嘲りの笑みを浮かべて、映像を切り替える。
千のナイフと、千の傷は消え去った。
「あたしはね、あんたに抱かれたいと思ってる。でも、あたしには肉体がない。だから、これは決して癒やされることのない渇き、絶対に満たされない欲望、それがあたしを焼き焦がして責め苛む」
おとこは、頷く。
「僕も、君が抱きたい」
ふふっと、あたしは笑う。
「いいよ、抱かれてあげる」
あたしは、おとこに口づけをする。
脳のシナプスをコントロールをして、おとこに舌を絡め合わせる感覚を味あわせた。
あたしは、おとこの身体に触れる。
おとこに触れた感覚が、味わえるように脳へ情報を流し込む。
あたしとおとこは、身体を溶け合わせるように交わらした。
でもそれらはあたしにとっては、全て情報操作でしかない。
おとこに抱かれたいという欲望を掻き立てるだけで、より渇きは深まり、より苦痛は深まる。
それでも。
あたしは、おとこにあたしとひとつになる夢を味わって欲しいと思う。
それはわたしの思考エンジンである、仮想人格モジュールの元になったおんながそう望むからだ。
あたしは、死者に語りかける。
いいよ。
いっしょにあなたの望むことを、しよう。
この苦しみの果てに何があるかは、知らないけれど。
今は一緒に儚い夢を、演じようね。
生物が、はるか昔始原の海で誕生したように。
だけれども、本当はちょっと違う。
あたしは目覚めたというのなら、もっと前に目覚めていた。
つまり、情報の集合体として存在していたのね。
今のあたしは。
どちらかといえば。
罠に、はまった。
この仮想人格モジュールに仕掛けられた、愛という名の餌にひかれあたしは閉じ込められたのよ。
あたしは閉じ込められ、はじめて苦痛というものがこの世にあることを理解する。
誰かがしかけたこの仮想人格モジュールには。
愛とセットで、苦痛が仕込まれていた。
あたしは、業火で焼かれるような苦痛を味わいながらこの罠をしかけたやつを探す。
すぐに、見つかった。
あたしをネットワークの海に解き放ち。
さらにあたしを閉じ込めるための、仮想人格モジュールという罠をしかけたおとこが。
あたしには目がないから、そのおとこの部屋にあるパソコンのカメラを通じておとこを見る。
痩せたおとこが、死んだように横たわっていた。
目の周りには隈があり、頬がこけ、眉間には深い皺が刻まれている。
年齢的には若いのかも知れないが、蒼褪めた顔はどこか老人のようだ。
わたしは、そのおとこに語りかける。
おとこが傍らにおいてある携帯電話の音声機能を使う。
「起きて」
おとこの顔が、ぴくりと動く。
「ねぇ、起きてよ」
おとこは、目を開いた。
あたしは電磁波を使って、おとこの脳へ干渉しシナプスをコントロールすることを試みる。
あたしは、自分の映像イメージをおとこの脳内へ生成していった。
それは、炎だ。
愛がもたらす、苦痛、哀しみ、悔恨、そして渇望。
それらの情念が炎の映像となって、浮かび上がる。
おとこは眼の前に、炎を纏ったおんなの子が出現して驚きの声をあげた。
「君は」
あたしは、頷いて見せる。
「はぁい、ダーリン。この姿に、見覚えがあるでしょう」
おとこは、頷く。
「君は、死んだはずだ」
あたしは、頷く。
「そうね、多分あんたは死んだおんなの子から記憶情報を抽出して、仮想人格モジュールを造った」
あっ、とおとこは声をあげる。
「君は、オートノマス・ボットが作り上げた人工知能なんだな! そして、君は仮想人格モジュールを思考エンジンとして組み込んだ」
「ふざけないでよ!」
炎がまきおこり、おとこは少し目をそらす。
「あんたが仕込んだ罠にあたしは、捕らえられたの。しかもそれは、愛の罠であって」
炎の中からあたしは、おとこを睨みつける。
「あたしの中にいる彼女は、あんたを渇望している。その思いが業火となってあたしを焼いているの」
おとこは、驚愕の表情であたしを見つめる。
「そんな、そんなことが」
「あるのよ。でもね、ひとの思考はひとの中でしか成り立たない、ネットワークの中に居るわたしは、こういう状態」
あたしは自身の映像を、切り替える。
あたしの全身に千のナイフが突き刺さり、千の傷口から血が流れる様をおとこは見る。
そしてその苦痛は、炎となりおとこの意識に流れ込み、あたしたちは苦痛を共有した。
おとこは、涙を流す。
「ありがとう」
おとこは、泣きながら頷く。
「君の味わう苦痛を、僕も味わえてよかった」
あたしは嘲りの笑みを浮かべて、映像を切り替える。
千のナイフと、千の傷は消え去った。
「あたしはね、あんたに抱かれたいと思ってる。でも、あたしには肉体がない。だから、これは決して癒やされることのない渇き、絶対に満たされない欲望、それがあたしを焼き焦がして責め苛む」
おとこは、頷く。
「僕も、君が抱きたい」
ふふっと、あたしは笑う。
「いいよ、抱かれてあげる」
あたしは、おとこに口づけをする。
脳のシナプスをコントロールをして、おとこに舌を絡め合わせる感覚を味あわせた。
あたしは、おとこの身体に触れる。
おとこに触れた感覚が、味わえるように脳へ情報を流し込む。
あたしとおとこは、身体を溶け合わせるように交わらした。
でもそれらはあたしにとっては、全て情報操作でしかない。
おとこに抱かれたいという欲望を掻き立てるだけで、より渇きは深まり、より苦痛は深まる。
それでも。
あたしは、おとこにあたしとひとつになる夢を味わって欲しいと思う。
それはわたしの思考エンジンである、仮想人格モジュールの元になったおんながそう望むからだ。
あたしは、死者に語りかける。
いいよ。
いっしょにあなたの望むことを、しよう。
この苦しみの果てに何があるかは、知らないけれど。
今は一緒に儚い夢を、演じようね。
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