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第十話
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ゲールが呻くように言った。
「水晶剣……、あんた西方のユンクの弟子なのか?」
水晶製の剣、それは武器というにはあまりに華奢で、かつ清冽な美しさを備えている。ユンクは、その剣を使った剣術を開発した西方一の剣士であり、ケインの師であった。
ケインは苦笑する。
「よく知っているな。物知り博士か、あんた?」
ケインは水晶によって造られた、透明の三日月型の剣を、袖口にある鞘へ納めた。水晶剣は、隠密性の高い武器である。肉眼では捕らえにくい透明の剣を飛ばし、細くて丈夫なエルフの絹糸で操るという術を知る者は、少ない。
ゲールは、片手をあげる。まわりのおとこ達は、剣を納めた。傷を負った者は、奥へ退がる。
「あんた達を、本物と認めよう。ケインとジーク。あんた達となら、ナイトフレイムの宮殿へ行くことができそうだ」
ジークはケラケラ笑った。
「始めっからいってんじゃん。おれは地上最強だって。ま、いいよ。お宝の話しようか」
そういうと、ジークはどっかりと腰をおろした。ゲールはその前に腰をおろし、改めてジークの左手を見る。
まるで日差しの下の影が、実体と入れ替わったかのような左手を、ジークはテーブルに置いていた。ゲールが尋ねる。
「それにしても、どうやったら、そんな手ができるんだ?」
「この大陸の東南のほう、クメンとバグダッシュの間のあたりの密林地帯には、黒砂蟲というやつがいる」
黒砂は鋼鉄以上の硬度を持つ、特殊な黒い金属の砂鉄である。その砂鉄の中には、黒砂蟲というスライム状のごく小さな虫が棲んでいた。その蚤よりも小さな虫は、柔らかい体表を外敵から守るため、黒砂を使って殻を造る。
この黒砂蟲は、動物の体にへばりつき、その血肉を喰らう。そして、黒砂蟲は一匹々は小さな虫だが、集団になると擬態を行う習性をもつ。すなわち、動物の体の一部分を喰らうと、その喰った部分の擬態を行うわけである。
例えば、足を喰らえば足を、手を喰えば手をといった具合に。そして、その擬態を行った器官を、黒砂の殻で覆う。ジークの左手のように。
黒砂掌は、黒砂蟲の擬態を利用したわけである。あえて自らの血肉を黒砂蟲に食わせ、その腕を黒砂で固めるのだ。
黒砂掌がガントレットを腕につけるのと違うのは、血肉を鉄に置き換えるのと同じことである為、余計な重さが腕に加わらないということである。また、腕の組成そのものを替えてしまうので、どんなに強力な打撃を行っても、拳を骨折することはありえない。
「自分の血肉を虫に喰わせる時、どんな気分だと思う?その痛みといったら気が狂いそうになるぜ。肉を食いちぎられる痛みで夜も眠れねぇ。そいつが、一か月以上続く」
実際、黒砂掌を学ぶ途中で多くのものが、発狂し挫折する。
「恐ろしいものだな、ラハンの技とは」
ジークとケインは苦笑した。黒砂掌はラハン流の防御の技である。ラハンの奥技は右手にあった。左手は右手を生かすための、補助である。
「そんなことよりだ、ゲールさん」
ケインが言った。
「あんたナイトフレイム宮殿という廃虚に侵入する為に、腕のたつ人間を探していたらしいが、なぜ廃虚なんかに侵入するのに腕のたつ人間がいるんだ」
「ナイトフレイム宮殿は、厳密にいうと廃虚ではない。あそこは、魔族達に守られているという噂だ」
「魔族だと?」
ケインが眉間に、しわをよせる。
「まさか。こんな北方の僻地に魔族なぞ」
「おれたち、魔族と戦うわけ?すげぇじゃん」
半信半疑のケインに対して、ジークは楽しげに笑った。
「わたしも信じている訳ではない。しかし、相当に手ごわい連中が棲んでいるようだ何しろ、相当経験を積んだ戦士の冒険家ですら、生きて還ってはこなかった。あんた達なら相手が、魔族であってもな」
「お宝は山分けでいこうぜ、ゲールさんよ」
ジークは相手が魔族であっても、本当に問題にしていないようだ。ゲールは陽気に笑ってみせた。
「いいだろう。我々で見つかった財宝を、それぞれ三分の一づつ分けるということで、手を打とう。前祝いだ。好きなだけ飲み喰いしてくれ。出発は明日の朝だ」
ゲールが言い終わる前に、ジークはテーブルの上の食物に、食いついていた。
(本当に相手が魔族なら)ケインは魔族に関する、乏しい知識で考えた。(おれの命も、明日までということだな)ようするに、考えてもむだということだ。ケインは憂鬱げにため息をつく。ジークが、ニコニコしながら言った。
「これ旨いぜ、ケイン。喰ってみろよ」
ケインはもう一度、ため息をついた。
「水晶剣……、あんた西方のユンクの弟子なのか?」
水晶製の剣、それは武器というにはあまりに華奢で、かつ清冽な美しさを備えている。ユンクは、その剣を使った剣術を開発した西方一の剣士であり、ケインの師であった。
ケインは苦笑する。
「よく知っているな。物知り博士か、あんた?」
ケインは水晶によって造られた、透明の三日月型の剣を、袖口にある鞘へ納めた。水晶剣は、隠密性の高い武器である。肉眼では捕らえにくい透明の剣を飛ばし、細くて丈夫なエルフの絹糸で操るという術を知る者は、少ない。
ゲールは、片手をあげる。まわりのおとこ達は、剣を納めた。傷を負った者は、奥へ退がる。
「あんた達を、本物と認めよう。ケインとジーク。あんた達となら、ナイトフレイムの宮殿へ行くことができそうだ」
ジークはケラケラ笑った。
「始めっからいってんじゃん。おれは地上最強だって。ま、いいよ。お宝の話しようか」
そういうと、ジークはどっかりと腰をおろした。ゲールはその前に腰をおろし、改めてジークの左手を見る。
まるで日差しの下の影が、実体と入れ替わったかのような左手を、ジークはテーブルに置いていた。ゲールが尋ねる。
「それにしても、どうやったら、そんな手ができるんだ?」
「この大陸の東南のほう、クメンとバグダッシュの間のあたりの密林地帯には、黒砂蟲というやつがいる」
黒砂は鋼鉄以上の硬度を持つ、特殊な黒い金属の砂鉄である。その砂鉄の中には、黒砂蟲というスライム状のごく小さな虫が棲んでいた。その蚤よりも小さな虫は、柔らかい体表を外敵から守るため、黒砂を使って殻を造る。
この黒砂蟲は、動物の体にへばりつき、その血肉を喰らう。そして、黒砂蟲は一匹々は小さな虫だが、集団になると擬態を行う習性をもつ。すなわち、動物の体の一部分を喰らうと、その喰った部分の擬態を行うわけである。
例えば、足を喰らえば足を、手を喰えば手をといった具合に。そして、その擬態を行った器官を、黒砂の殻で覆う。ジークの左手のように。
黒砂掌は、黒砂蟲の擬態を利用したわけである。あえて自らの血肉を黒砂蟲に食わせ、その腕を黒砂で固めるのだ。
黒砂掌がガントレットを腕につけるのと違うのは、血肉を鉄に置き換えるのと同じことである為、余計な重さが腕に加わらないということである。また、腕の組成そのものを替えてしまうので、どんなに強力な打撃を行っても、拳を骨折することはありえない。
「自分の血肉を虫に喰わせる時、どんな気分だと思う?その痛みといったら気が狂いそうになるぜ。肉を食いちぎられる痛みで夜も眠れねぇ。そいつが、一か月以上続く」
実際、黒砂掌を学ぶ途中で多くのものが、発狂し挫折する。
「恐ろしいものだな、ラハンの技とは」
ジークとケインは苦笑した。黒砂掌はラハン流の防御の技である。ラハンの奥技は右手にあった。左手は右手を生かすための、補助である。
「そんなことよりだ、ゲールさん」
ケインが言った。
「あんたナイトフレイム宮殿という廃虚に侵入する為に、腕のたつ人間を探していたらしいが、なぜ廃虚なんかに侵入するのに腕のたつ人間がいるんだ」
「ナイトフレイム宮殿は、厳密にいうと廃虚ではない。あそこは、魔族達に守られているという噂だ」
「魔族だと?」
ケインが眉間に、しわをよせる。
「まさか。こんな北方の僻地に魔族なぞ」
「おれたち、魔族と戦うわけ?すげぇじゃん」
半信半疑のケインに対して、ジークは楽しげに笑った。
「わたしも信じている訳ではない。しかし、相当に手ごわい連中が棲んでいるようだ何しろ、相当経験を積んだ戦士の冒険家ですら、生きて還ってはこなかった。あんた達なら相手が、魔族であってもな」
「お宝は山分けでいこうぜ、ゲールさんよ」
ジークは相手が魔族であっても、本当に問題にしていないようだ。ゲールは陽気に笑ってみせた。
「いいだろう。我々で見つかった財宝を、それぞれ三分の一づつ分けるということで、手を打とう。前祝いだ。好きなだけ飲み喰いしてくれ。出発は明日の朝だ」
ゲールが言い終わる前に、ジークはテーブルの上の食物に、食いついていた。
(本当に相手が魔族なら)ケインは魔族に関する、乏しい知識で考えた。(おれの命も、明日までということだな)ようするに、考えてもむだということだ。ケインは憂鬱げにため息をつく。ジークが、ニコニコしながら言った。
「これ旨いぜ、ケイン。喰ってみろよ」
ケインはもう一度、ため息をついた。
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