雪原のワルキューレ

ヒルナギ

文字の大きさ
10 / 58

第十話

しおりを挟む
 ゲールが呻くように言った。

「水晶剣……、あんた西方のユンクの弟子なのか?」

 水晶製の剣、それは武器というにはあまりに華奢で、かつ清冽な美しさを備えている。ユンクは、その剣を使った剣術を開発した西方一の剣士であり、ケインの師であった。

 ケインは苦笑する。

「よく知っているな。物知り博士か、あんた?」

 ケインは水晶によって造られた、透明の三日月型の剣を、袖口にある鞘へ納めた。水晶剣は、隠密性の高い武器である。肉眼では捕らえにくい透明の剣を飛ばし、細くて丈夫なエルフの絹糸で操るという術を知る者は、少ない。

ゲールは、片手をあげる。まわりのおとこ達は、剣を納めた。傷を負った者は、奥へ退がる。

「あんた達を、本物と認めよう。ケインとジーク。あんた達となら、ナイトフレイムの宮殿へ行くことができそうだ」

 ジークはケラケラ笑った。

「始めっからいってんじゃん。おれは地上最強だって。ま、いいよ。お宝の話しようか」

 そういうと、ジークはどっかりと腰をおろした。ゲールはその前に腰をおろし、改めてジークの左手を見る。

 まるで日差しの下の影が、実体と入れ替わったかのような左手を、ジークはテーブルに置いていた。ゲールが尋ねる。

「それにしても、どうやったら、そんな手ができるんだ?」

「この大陸の東南のほう、クメンとバグダッシュの間のあたりの密林地帯には、黒砂蟲というやつがいる」

 黒砂は鋼鉄以上の硬度を持つ、特殊な黒い金属の砂鉄である。その砂鉄の中には、黒砂蟲というスライム状のごく小さな虫が棲んでいた。その蚤よりも小さな虫は、柔らかい体表を外敵から守るため、黒砂を使って殻を造る。

 この黒砂蟲は、動物の体にへばりつき、その血肉を喰らう。そして、黒砂蟲は一匹々は小さな虫だが、集団になると擬態を行う習性をもつ。すなわち、動物の体の一部分を喰らうと、その喰った部分の擬態を行うわけである。

 例えば、足を喰らえば足を、手を喰えば手をといった具合に。そして、その擬態を行った器官を、黒砂の殻で覆う。ジークの左手のように。

 黒砂掌は、黒砂蟲の擬態を利用したわけである。あえて自らの血肉を黒砂蟲に食わせ、その腕を黒砂で固めるのだ。

 黒砂掌がガントレットを腕につけるのと違うのは、血肉を鉄に置き換えるのと同じことである為、余計な重さが腕に加わらないということである。また、腕の組成そのものを替えてしまうので、どんなに強力な打撃を行っても、拳を骨折することはありえない。

「自分の血肉を虫に喰わせる時、どんな気分だと思う?その痛みといったら気が狂いそうになるぜ。肉を食いちぎられる痛みで夜も眠れねぇ。そいつが、一か月以上続く」

 実際、黒砂掌を学ぶ途中で多くのものが、発狂し挫折する。

「恐ろしいものだな、ラハンの技とは」

 ジークとケインは苦笑した。黒砂掌はラハン流の防御の技である。ラハンの奥技は右手にあった。左手は右手を生かすための、補助である。

「そんなことよりだ、ゲールさん」

 ケインが言った。

「あんたナイトフレイム宮殿という廃虚に侵入する為に、腕のたつ人間を探していたらしいが、なぜ廃虚なんかに侵入するのに腕のたつ人間がいるんだ」

「ナイトフレイム宮殿は、厳密にいうと廃虚ではない。あそこは、魔族達に守られているという噂だ」

「魔族だと?」

 ケインが眉間に、しわをよせる。

「まさか。こんな北方の僻地に魔族なぞ」

「おれたち、魔族と戦うわけ?すげぇじゃん」

 半信半疑のケインに対して、ジークは楽しげに笑った。

「わたしも信じている訳ではない。しかし、相当に手ごわい連中が棲んでいるようだ何しろ、相当経験を積んだ戦士の冒険家ですら、生きて還ってはこなかった。あんた達なら相手が、魔族であってもな」

「お宝は山分けでいこうぜ、ゲールさんよ」

 ジークは相手が魔族であっても、本当に問題にしていないようだ。ゲールは陽気に笑ってみせた。

「いいだろう。我々で見つかった財宝を、それぞれ三分の一づつ分けるということで、手を打とう。前祝いだ。好きなだけ飲み喰いしてくれ。出発は明日の朝だ」

 ゲールが言い終わる前に、ジークはテーブルの上の食物に、食いついていた。

(本当に相手が魔族なら)ケインは魔族に関する、乏しい知識で考えた。(おれの命も、明日までということだな)ようするに、考えてもむだということだ。ケインは憂鬱げにため息をつく。ジークが、ニコニコしながら言った。

「これ旨いぜ、ケイン。喰ってみろよ」

 ケインはもう一度、ため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...