雪原のワルキューレ

ヒルナギ

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第十五話

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「この先だな、ナイトフレイム宮殿は」

 革の防具に身を固めた、ゲールが呟く。そこは、ノースブレイド山の地下通路であった。丁度、ジゼルの城と反対側の北面に、その地下通路の入り口がある。

「やれやれ、ようやくかよ」

 ジークがぼやいた。その完全な暗闇の地下通路は、ゴブリンやオークの彷徨く剣呑な場所である。そこを、ゲールにジークとケイン、それにジークの配下の剣士二人が加わって、ここまでやってきた。

 ゲールの配下の剣士は、中々の腕前である。呪法の心得もあるらしく、彼らの革の鎧は善神ヌースの加護を受けており、邪悪な闇の生き物を遠ざける力を持っていた。迷路のような地下通路の中で、たまたま出会った闇の生き物達も、ほとんど彼らの手で、葬られている。

 ゲールの持つ古文書の地図を頼りに、ここまで来た彼らだが、相当奥深い地下に来ていることは、確かであった。地下深い所には、闇の生き物すらおらず、まるで墳墓の地下へ入り込んでしまったようだ。

 松明を翳し、先頭をすすむゲールの前に、真っ直ぐ下へ向かう階段があった。

「ここを、下りきったところに宮殿の入り口がある」

 ゲールとジークは、ほっとため息をついた。どんなところであろうと、この地下通路よりはまし、といった気分になっている。ほとんど変化のない単調な闇は、ジークとケインの神経を滅入らせていた。二人のゲールの部下は、終始無表情である為、なにを考えているかよく判らない。元々、東洋系の人種である彼らの表情は、読みにくかったが。

 ゲールは明白に、緊張しているようだ。この先に、宝物が眠っているというよりも、未知の世界に踏み込むことに、精神を高ぶらせているらしい。

 うんざりするほど、長い階段を下りきった所に、その魔像があった。壁にレリーフで描かれており、獣頭人身で翼を持ったその姿は、邪神ゴラースのようだ。

「これが、入り口だ」

 ゲールは緊張で、掠れた声で言った。そのゴラースの頭部に手を触れ、押す。奥深い所で何かが響き、ゆっくりと扉が開いた。

「こいつは、…」

 ケインは感心して呟く。そこは、大きな礼拝堂のようだ。巨大な柱が並び、見た事もない、奇形の神々の像が並んでいる。どこからか、微かな照明が入っており、薄い光があたりを照らしていた。

 すべては、黒い大理石のような素材で造られており、あたかも闇が実体をもったような建造物である。ジーク達は、ゆっくり歩き始めた。天井はとても高く、ドーム状になっている。松明を消すと、ジーク達は、正面の扉へ向かった。

「何者だ」

 突然、柱の影から白い僧衣をつけた者が二人、姿を現す。ゲールが呻く。

「魔族が、やはり…」

 その二人は、紛れもなく魔族であった。その言葉には、どこか古風な訛がある。

 輝くばかりの金髪の下の顔からすると、おんな性のようであった。漆黒の肌の、その魔族のおんなたちは、地上のどのような貴族の子おんなも及ばないような、気高い美貌の持ち主である。

 その美しい金色の瞳は、蔑みをあらわにゲール達へ向けられていた。十メートルほどの距離を置いて、立ち止まる。

「家畜か」

「こんな所へ迷い込むとな」

 二人は、錫杖を手にしている。それを構えた。ゲールの配下の剣士達が、片刃の剣を抜く。

 ケインは、奇妙な波動を感じた。それは、魔族のおんな達から発せられる精神波らしい。まるで、精神の奥底の暗闇を、のぞき込まれるようだ。

 しだいに、ケインの不安が増大していく。それは、魔族の発する瘴気のような、精神波によるものらしい。胃の底に鈍痛が産まれ、全身に疲労感が広まってゆく。

 あたかも、空気そのものが液体のような重みを持ち、体を覆っているようだ。

 隣のジークも同じらしく、体を動かし調子をつかもうとしている。剣を抜いた二人は、さらに大きなプレッシャーを感じているらしく、剣の切っ先が震えていた。

 地下通路で闇の者達を相手にした時には、無かったことだ。

 魔族のおんな達は、大輪の黒薔薇のごとき美貌に笑みを浮かべ、侮蔑をはらんだ声で言った。

「おいで、哀れな生け贄たち」

「久しぶりに、生きのいい生命を味あわせておくれ」

 魔族の放つ精神波が極限に高まり、どす黒い恐怖が、嵐の夜の暗雲のように、ケインの心を覆った。ジークが呻くのが聞こえる。

 二人の剣士は、悲鳴のような雄叫びを迸らせ、切りかかっていった。魔族のおんな達は、舞うように動き、手にした錫杖で剣をあっさりへし折る。

 剣士達は、抵抗する術もなく、魔族のおんなに捕らえられた。二人とも膝まづき、その喉もとに手を掛けられる。

 ぞっとするような違和感に、ケインの体は総毛立った。まるで自分の目の前が、異質の空間となってしまったかのようだ。

 魔族のおんな達は、その歪んだガラスの中のような、異様な空間の中で、二人の剣士を抱いている。二人のおとこの肌が急速に、死人の肌の色へ変わっていくのが判った。

 剣士たちが床へ投げ出された時には、その肌は完全に土気色となっていた。その顔はミイラのように、窶れている。

 魔族のおんな達は、毒をはらんだ黒い花のように、艶やかに笑った。その笑みは、死んだ剣士達の生命を吸い取った為か、生き生きと美しく輝いている。
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