僕しかいない。

紺色橙

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23* 貰うもの

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-23- ムラサキ

 彼はひたすら耐えていた。
 最初からうまくいくとは思っていなかったけど、はっきりいって良くない結果だったと思う。
『触られることに慣れてもらう』
 それだけを目標として彼に触れたけれど、ずっと彼はギュッと目を閉じたまま一言も発さなかった。
 態度でも言葉でも一切の拒絶を示さず、ただ本当にひたすら耐えていた。
 明らかに嫌悪感を持ち生理的な涙を滲ませ睫毛は濡れ、なのにしばらく耐えた彼は「もういいから入れて」と言ったのだ。
 絶対に駄目だとそんなの考えなくてもわかる。
 わかったけど、それでも僕の心は悪魔のように喜んだ。
 彼がそこまでして僕を受け入れようとしてくれたことに、本当にどうしようもなく喜んでしまった。
「しませんよ」
 自分に言い聞かせるように口にして、残る理性に首輪をつけてもらった。
 指に付けていたものを捨て、彼に服を着せるとようやく優弥くんはその目を開けた。
 僕とは正反対に萎えきったその体を抱き寄せると、彼は顔を見せないように縮こまり僕の胸にすがった。嗚咽を漏らし、それが落ち着く頃少しだけ意識を失うように眠った。

 色々と始末をしてから布団に戻る。先程と同じように丸まったままの彼を包み、考えた。
 正直ここまでダメだとは全く思っていなかった。
 二度下半身に触れた時点で嫌がらなかった彼は、自主的に事前に用意してくれたし、今の行為の前も自ら準備に行ってくれた。
 彼の心が向いていたから、時間はかかっても大丈夫だろうと思っていたのに。
 いくら――、いくら彼が受け入れようとしてくれたとしてもああやって泣いてしまうほど体が拒絶しているのならやめたほうが良いだろう。
 だけど、今やめてしまったら彼はきっと自分を責めると思う。そしてまたきっと離れていってしまう。
 それに何より、僕は彼を大事にしたいと思っているけど、それ以上に自分の欲望を押し通したいと思っている。
 だから、彼を逃してあげられない。



 一時間ほどして目を覚ました優弥くんに、僕は提案をした。
「引っ越しの前に、冬休み中うちに居ませんか」
 それは監視だった。
 彼を逃さないための。
「今日中に着替えとか必要なものを持ってきて……。パジャマはあるし僕の服を着るでもいいからそんなに荷物は多くないかな?」
 彼は意外にもあっさりと、「うん」と承諾してくれた。
 悩むのを無理やり押し通すしか無いだろうと思っていたから拍子抜けした。
 気が変わらないうちに急いで出かける準備をして、彼の家に向かった。
「お前も行くの? そんなに荷物無いよ」と言われたけれど、僕には彼が帰ってくるかが不安で怖かった。
 僕は優弥くんの一人暮らししている家しか知らない。実家を知らない。
 年末年始に実家に帰省するのは自然なことで、彼がそのようにしてもご両親は不思議がらないだろう。そのようにして彼は何日も何日も僕の前から消えることができる。
 僕の見えないところで誰と何をしてどのように過ごすのか全く分からないのだ。その後どうするのかだって、何も。
 だから僕はもしかしたら増えるかも知れない荷物持ちという名目を持ってついていった。

「あー今日、クリスマスイブか」
 地味な駅前も多少彩られ、緑と赤の飾りが並ぶ。民家でもイルミネーションを付けている家があり、電気代いくら掛かるんだろうなんて心配混じりの話をした。
「ケーキ食べる?」
 改札を通る前、外で販売する洋菓子屋さんを見て彼が言った。
「帰りに買いましょうか」
「うん」
 ちゃんとまた戻ってくる気があるんだと安心する。
 ケーキを買うのなんて何年ぶりだろうと思いつつ電車に乗った。
 人は多くないが暖房で淀んだ車内の空気。
 ドアの側、身を寄せて小さな声で話をした。
 
 彼の最寄り駅でも同じようにクリスマス販売がされ、サンタ帽の店員さんが声を上げていた。
 通り過ぎ彼の家に着くと、持ってきたスタイリストバッグに必要なものを入れてもらう。これは努さんのものだけど置いていってるから借りてきた。
 冬だから嵩張るなぁと用意される服。
「優弥くんははっきりした色が似合いますよね」
「そう?」
 見たことのない服がたくさんある。これから一緒に暮らしていけばそういうのもなくなるんだろう。
 彼は黒い画面のままだったパソコンのマウスを動かし起こすと、シャットダウンした。
 常時起動されていたそれを消すことが、これからの彼の不在を表していた。
「お前んちに行く時いっつも夕方な気がする」
 カーテンを閉め戸締りの確認をし、静かに玄関の鍵を掛ける。
「そうかな? 用事済ませてからが多いから」
 予定されている努さんのバイトも冬休みの間は二人で、僕の家から行くことになる。
 一緒に出かけて、そして一緒に帰るんだ。

「なぁ、一緒に暮らしたら飯とか作るの?」
 俺一人分なんか面倒くさいから料理してなかったよという彼に、それもいいなと思った。
「カレーとか、作れそうなものから作りますか?」
 炊飯器くらいなら家でも稼働している。鍋やフライパンは基本的には眠ったまま。
「別に今まで通り買うんでも」
「せっかくなので、一緒に暮らすときのシュミレートとして考えてください。無理に何かをすることはないし、けどやりたいことがあるならやってみる感じで」
「わかった」
 他人と暮らしたことなんかないからなぁと呟く彼に、にやけてしまう。
 ご飯は面倒くさければ買えばいい。作るのなら彼の好みももっと知れるかも。おそらく僕より器用な彼は、きっとうまくやるのだろう。

 4号のクリスマスケーキを買って手にして、僕は今まさにクリスマスプレゼントを貰っているじゃないかと気がついた。
「優弥くん、プレゼント何がいいですか」
「ん?」
「クリスマスプレゼント。何も買ってない」
「いいよそんなん」
 彼は一蹴したけれど、僕はプレゼントを貰っている。
「何か言ってください。これからだからクリスマスは過ぎちゃうけど」
 明日努さんのバイト帰りに何処か寄るでもいいな。
「いらねーよ。ケーキ買ったじゃん」
 確かにケーキのお金は僕が出したけど。
「そういうのじゃなくて」
 優弥くんは眉尻を下げ、微笑んだ。
「いいよ、ほんとに」
 何かを押し付けるようにプレゼントしたいというのは身勝手な考えだ。
 あげることで引き留めようと、心を繋ごうとしている。
 今手にしているこんな小さなケーキでは、とてもじゃないが役に立たない。
 僕は更に、彼自身を全て貰おうとしているのに。


 鞄一つ分の彼の荷物を、努さんが使っていた部屋に置いた。
 ここはあなたの部屋ですよと示すように。
 その部屋で彼のベッドや棚を何処に置こうかと一方的に話した。彼がこの家に引っ越して暮らすことをイメージしてくれればと思った。
 夜に傾く電気の中、鞄一つしかない部屋は物置以上に寂しかった。

 ゲームをする彼を後ろから抱きしめる。
 昼間のことがあったし嫌がられるかと思ったけど、そんなこともなかった。
 何も変わらず彼は僕に凭れたし、笑っていた。
 彼が泣いてしまったのは夢だったのかと思うくらい何もない。


 でも結局、それから三日間。
 行為に対し彼は初日と同じように一切何も反応せず耐え続けた。


***


「好きです」という言葉を呪いのように彼の耳元で繰り返した。
 好きだから許して欲しいと、好きだから受け入れて欲しいと、好きだから。

 どうにか意識を紛らわせてあげられないかと、服の上から胸の突起に触れる。
 ビクリと反応があった。
 彼はくすぐったいだけだと以前言っていた。女の子とは違うんだからって。でもこの反応はあの時とは違う。それを口にはせず、反応を探るように指先で軽く引っ掻いた。
 敷かれたシーツを握りしめていた右手が、その口元を隠すように動く。声は出さず薄く開き呼吸しようとする唇。
 服のボタンを外し、突起をちろりと舐めた。痛くないように、舌先だけで突くように刺激を与える。
 掠れた音が喉の奥から溢れ出て唇から漏れるのに合わせて、彼の中をいじる。
 萎えきっていた彼自身が少しだけ反応を見せる。どうかそのままと願いながら、指の関節二つほどの場所にあるしこりのような小さな膨らみを指の腹で擦った。

 このままいけば、当初の想定通り時間がかかってもどうにかなるかも知れない。
 今はまだ追いやっておかねばならない期待が顔を出す。
 彼にキスをして指を抜くと、ホッとしたように強張りが解ける。
「もし少しでも気持ちよくなることがあれば、教えて下さい」
「うん」
「あと、嫌だったらはっきりと」
「言うよ」
 分かっていると苦笑される。
 言われたからってハイ終わりとはならないしさせないけど、一旦止めることはする。ここまできたんだ。一旦やめたとしてもまだ続きはある。
 ローションを反応を見せ始める彼自身に垂らすと、冷たいと小さく非難された。
 後ろをいじるときにもたっぷりと使っていたけれど、もしかして冷たかっただろうか。塗るために一度僕の手を介してはいたけれど、そこまで余裕がなく気が回らなかった。
「少し温めたほうがいいですね」
 次はそうします、と約束をして二人分の欲を合わせ少し強めに握った手を動かす。
 彼と僕の手に絡みつくぬるぬるしたものが、事をスムーズに行わせてくれる。
 後をいじっていた時とは違い彼の手はシーツを暴力的に握ることなく、僕を迎えてくれた。
 啄むようにキスをして、彼の手が僕の頭を撫でるように髪と戯れるのを心地よく感じる。
 初日は彼が苦しんだまま終わったのが良くなかった。だからこうして、慣らす目的もそこそこに触り合う。
 ローションをベタベタに使われることにも慣れてもらおう。
「お前とこうするの好き」
 可愛らしい台詞に同意した。
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