ファーストフラッシュ

紺色橙

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第二章 露呈

2-6

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 本に折り目を付けるのを戸惑っていた雪の横から容赦なく本を潰す。
 古く狭い台所。
 申し訳ないがガステーブルはなく一口のIHコンロがあるだけ。
 せっかく買った本には弱火だのとろ火だのの説明があるが使いどころはない。

 雪は本を見て一つ一つ確認するように料理をした。
 不便ではあるがIHでよかったと思った。
 ガス火だったら俺は、不在時に料理をさせられなかっただろう。
 IHなら失敗しても焦げるだけ。

 一番最初に作ったみそ汁に具は無かった。
 それでも器に注いだそれはちゃんとできたもので「美味しくできてる」と言えば雪は頬を染めてはにかんだ。
 
 料理は、あいつにとって居場所になるかもしれないとその時に感じた。
 四角い部屋を丸く掃除していても生きていけるが、飯は毎日食う。
 それを任せることは、あいつがこの家にいる理由になるのではないかと。
 たとえこの家を出て行ってもあいつは自分に、そして他人に飯を作れるようになる。
 今までは与えられなければ食べなかったものを自分で作って食べられるようになる。

 食べたいものを言うことは無かった。
 言われたところで作れるのかはわからないからだ。
 次に作るものの材料を必要分買い、余計なものは家に無かった。
 家にある皿は適当なもので複数枚あるわけでもなく、煮物に対し平皿を使うこともあった。
 うまくやっているところと神経質なところが混在する。

 それでも要領のいい雪はすぐにそれなりにこなせるようになった。
 最初は店を開くがごとく必要なものを狭い作業台に並べていたが、それでは無理があると必要なものだけ順に出し、手が空いているうちに洗うことを覚えた。
 必要分だけの買い物だったのがまとめて買えるようになり、家にある材料を目安にして買い足すこともするようになった。

 雪が成長していく間、俺は何もしなかった。
 今まで同じく料理をしていなかった人間が手も口も出せるわけがなく、やったことといえば一緒に買い物に行き荷物を持つことくらい。


 いつの間にか半袖の季節は過ぎ、コートを買いに行かなければと雪を見て思う。
 着ている見覚えのある服は間違いなく俺が買ったもの。
 温かい羽織をこいつはもっていない。
 こいつが再び俺の前に現れてからもう3か月は経っていた。

 3か月。
 春に一緒に過ごした時は3か月間に満たなかった。
 あの時はあの短期間で終わると思っていた関係。
 今回はいつまでいるだろうか。

 ハロウィンが終わればすぐ世の中はクリスマスへと向かっていく。
 働いている工場はイベント事に関係してはいなかったが、それでも少しだけ目にする通勤途中の風景にはクリスマスの文字が増えていく。

 慣れない環境、慣れない仕事。
 自分は要領が悪い、覚えが悪い方だとは思わないが、今までの接客とは違うコミュニケーションは違う負担があった。
 いつでも辞められるのはおそらく同じなのに。

 雪にきちんと食わせてやりたいと思う。
 あの5000万があれば自分など必要ないと思うのに、あいつが俺のところに来ると望んだものだから、俺は――。
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