ファーストフラッシュ

紺色橙

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第三章 捨てる、捨てない

3-4

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 ちゃんとした手洗いの方法を教わった。
 ラッピングの仕方を教えてもらった。
 店の籠に並べる焼き菓子。
 ショーケースに並ぶケーキ。
 オーブンが低い音を鳴らし、店長がカチャカチャとクリームを作る。
 手際よく決められたとおりに行われている作業。
 予約された誕生日ケーキのために、大きな手が小さな文字を描く。

 ケースケさんと出かけたときに買ってもらったメモ帳に、商品の絵と説明を書いた。
 アレルギーの起こりやすい卵や小麦が使われていないものにはそのような表記があるけれど、卵も小麦も扱っている店だからその説明は毎度してねと注意を受ける。
 店長が作るたびに新しいお菓子を味見させてもらった。
 ほろほろと崩れる優しいお菓子。
 子供に少し買ってあげられるような少なめのサイズにまとめて並べる。

 生地の厚さ、焼き時間、卵の大きさ、湿度。
 レシピ通りに作業をこなす店長は色んなことを見て感じていた。
 湿度のことなんて考えもしなかったと、聞いた時には驚いた。
 
 オレにも作れるだろうか。
 働いているうちにそんな思いが浮かんでくる。
 店長の作ったお菓子をケースケさんのために買って帰る。
 それが一番安全。絶対に美味しいから。
 でもオレにも作れるかな?
 作れたらいいな。
 ケースケさんが食べたいと言ったものをすぐに作ってあげられたら。
 でも、ケースケさんはオレにリクエストをしたことがない。
 いつも褒めてくれるけれど、何かを作ってほしいと言われたことは無い。
 オレには期待していないんだろう。

 お客さんが来ない間、店長の作業をただひたすらに見つめていた。


 
「お弁当つくりますか」
 自分の仕事の日、持って行っていたおにぎり。
 もしお弁当を作るなら、ケースケさんのも作りたいと思った。
「俺のはいいよ」
 でも断られてしまった。
「休憩時間結構ずれるしなぁ、傷んだらもったいないから」
 そう理由をつけてくれる。
 もしかしてオレが作るものが美味しくないのかな。
 だから持って行きたくないのかな。
 それともオレなんかが作るお弁当を持って行きたくないのかな。
 きっと職場の人に聞かれるから、ケースケさんは困ってしまう。

 オレの分だけ買ったお弁当箱。
 ケースケさんには要らないもの。


 依子さんがオレのお弁当を褒めてくれた。
「私が倒れたら雪君にご飯作ってもらおうかしら」
 冗談のようにそう言われて、オレは曖昧に笑うことも返事をすることもできなかった。

 依子さんと一緒になって、出産に向けての雑誌を読んだ。
 たまに大きな声で内容を店長に伝える。
 二人はとても楽しみにしていた。
 長いこと子供が出来なかったから諦めかけていたんだけどと話された。
「良かったです」とオレは返した。
 妊婦さんの体調のほかに手作りの赤ちゃん服の記事があった。
 可愛い服を着せられたぷくぷくほっぺの赤ちゃんはどれも笑っていて、なんだか胸が痛くなった。
 ぎゅっと掴んだこのエプロンはオレのものではない。
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