君となら

紺色橙

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8 結婚のご挨拶

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 夏はもうすぐ。半袖のシャツの下ではうっすらと汗をかいていた。冷たい水を貰い、広いベッドに横たわる。覗き込むように機械を調整してくれる仁をぼんやり見ながら、痛くないかという問いに大丈夫と返した。
 オレに合わせるように、耳は塞がれ頭が一度締め付けられる。今回で三度目のこの感覚。目だけでいいよと合図をした。瞼の裏にはもう、美少女のアキラがいる。

 再び目を開いた時には、オレは私に変化していた。

 地図を開いてみる。
 まだ全然明かされていないこの世界で、町と外の平原だけは見えていた。この世界がどれほど広大なのかもわからないが、一応設定としては7つの聖遺物を探すらしいからきっと広いし海やら山やらに行かされることもあるんだろう。雪国なんかあったとして、この格好で行けるんだろうか。もふもふアバターが欲しいところだ。

「お待たせ」

 さてどうしようと地図を閉じたところで声を掛けられた。馴染んだ声、現実と変わらない姿。仁だ。

「何かすんの?」
「カップルシステム見るって言ってたから」
「ああ、そうだ。やらなきゃいけないクエストある?」
「あるよ。行こう」

 自然に手を繋がれた。え、と思ったけれど、今のオレは美少女だから何の忌避感も無いんだろう。

「レベル全然上がってないけど平気?」
「平気。それに、このゲームそういうレベル制じゃないからね」

 思えばあれだけ土偶を叩き割ったがレベルが上がったなんて表示は出なかった。

「じゃあどういう……?」
「同じ行動をしていると、そのレベルが裏で上がってる」
「裏で」
「レベルアップしたなんて表示は出ないけど、例えば木を切る速度が速くなるとか、クリティカルが出やすくなるとか、疲れずに遠くまで走れるようになったりするよ」

 いわゆる、経験と慣れ。それをゲームでも採用したのか。現実でマラソン選手なら、こっちでも最初から遠くまで余裕で走れたりするのかな。




 行きついた先は教会だった。仁は白い服を着た白いひげのおじいさんに結婚したいのだと告げた。

「二人の愛を確かめましょう。まずは北の祠に向かいなさい。祠にいる白竜様に挨拶を」

 挨拶するだけなら"確かめる"にはならない。きっと戦闘があるのだろうと思った。


 案の定そうなった。
 ギザ耳ウサギの門番がいたところとは違う所から町を出て、仁は迷いなく進んだ。同じような平原だったけれど、ゲーム内の時間が進んでいるのか日が暮れ始めていた。
 祠についた時には誰が灯したのかわからない火が入り口を照らしていて、地下へと続く坂道は黒く染まっていた。

「強いの出る?」
「そんなには。あまり無茶をさせたいわけでもないからね。だけど、離れないで」

 ウサギに手間取っていたオレでは足手まといになるだろう。大人しく従うことにした。



 仁はずっとオレの手を繋いでいた。繋いでいたらそう離れることもないだろう。祠から続く道はただ暗く、本当に近くしか見ることが出来なかった。2歩先ですら目視できないような状態に恐怖する。

「なぁ、松明みたいなアイテムねーの?」
「あるよ」
「使えよ!」
「片手に武器、片手に松明だと、手が繋げないでしょ」
「そっか……いやオレが持てばいいじゃん」

 一瞬納得したが、二人でいるのだから片方を犠牲にするくらいは良いだろう。

「ランタンもあるよ」

 仁は少しだけ仕方なさそうに、鞄からそれを取り出した。途端に周りが照らされ、眩しさに目を細める。

「ただ、灯りに敵が寄ってくる効果があるけどいい?」
「言うの遅い」

 すでに目の前には、ネズミのような敵がいた。膝位の背丈だろうか。今言っていた通り、灯りに気付いてやって来たんだろう。がさがさと足音がしたと思ったらすでに目の前。そしておそらく、もう少し奥にまだいる。
 ランタンは極めて明るくオレたちの周りを照らしていたし、それで安心感もあった。けど横穴の奥深くまで見通せるほど光の範囲は広くない。

「離れないで」

 ぎゅっと繋いだ手に力がこもる。反射的にオレもランタンを握る手に力が入った。
 仁は右手に細いナイフを持っていた。装飾もない地味なそれは、高レベル帯の武器には見えない。

「――っ」

 飛びかかってくるネズミに、咄嗟に左手が動いた。掲げたランタンが自分の目の前で揺れる。今は盾を持っていないが、手を出してしまうのは防衛本能だ。
 仁のナイフはネズミの腹に刺さっていた。飛び掛かられる勢いで突き刺し、引き抜く。どう見ても致命傷だろうにネズミはまだ生きている。血走った眼を見開き、「キェ」と鳴いた。

 傷を負ったネズミの後ろから二体、同じように飛び出してくる。集団行動するタイプのモンスターなんだろう。
 仁は繋いだ手ごと、少しその体から下げた。オレを守るみたいに。

 ランタンを捨ててしまえばいいんじゃないか。

 一瞬そう考えて、だけど手放したランタンがどうなるかわからなくて躊躇った。もし消えてしまったら、突然の暗闇に不利になるのはオレたちだ。きっとここを縄張りにする敵の方が動きは良いだろう。
 だからせめて自分が食らわないように、しっかりと敵を見据えた。

 ネズミの飛び掛かりに仁は合わせる。もう一匹はフリーのままだ。オレに向かってくるのを、軽くしゃがむようにしてずらした。すかってくれれば時間ができる。

 仁は突き刺したナイフを引き抜くためにネズミの体を蹴飛ばすと、オレに覆いかぶさるようにもう一匹のネズミに攻撃をした。

 負傷した三匹は再び同じ行動を繰り返す。それを今度は薙ぎ払った。

「キゥ」

 腹を横一文字裂かれたネズミは、どうやら今度こそはおしまいらしい。土偶たちと同じように靄になって消えてしまった。

 手は繋いだまま。仁のナイフは汚れが残ることもなく、本人もいたって冷静な顔をしていた。

「さすが開発者」
「そういう褒め方?」

 ずっと一緒に遊んでいるのだから、こいつのゲームのうまさくらいは知っている。だけどこの非現実な現実空間で襲ってくるそれなりのサイズのネズミ相手に冷静に立ち回れるのは、知っているからだとしか思えなかった。間違いなく突き刺した感触も腹を裂いた感触も、その手には伝わっているはずだから。

「今みたいに敵に会うのと暗いのどっちがいいかな。アキラが怖いなら明るくするよ?」
「怖くねーよ」
「じゃあ消していこう」

 左手のランタンは速やかに回収され、オレは代わりに盾を持つことにした。



 先ほどまで眩しかったせいかより一層暗闇は深く、体を寄せて歩く。耳をすませば何かがいる気配がして、静かに静かに呼吸をした。
 オレは暗所恐怖症の気は無いけれど、襲われるかもしれないという絶対にありえないとは言えない、むしろありえすぎる事実が怖かった。
 仁と繋いだ手の、腕の温もりを頼る。暗闇に対しては自分の目より、今はこれの方が頼りになる。

 入り口からはひたすらまっすぐだった。さほど歩いていない気がするが、ネズミたちの根城はこの一本道の横にあるのだろう。

「あれが、白竜?」

 突然開けたところで、見るからに白く見るからに威厳のある竜が横たわっていた。ファンタジーだ。
 長いひげに鎧のような皮膚。オレたちに気付き開いた目は綺麗なコバルトブルーだった。

「こんにちは」

 白竜のいる空間は人間が作ったもののようだった。土台に装飾の施された柱が円形に並び、天井は高い。白い空間はうっすらと光輝いている。

「この地を見守る白竜様にご挨拶に来ました。俺たちの愛を認めていただけますか」

 何を言うべきかわからず、オレはただ仁と竜を交互に見ていた。

『認めよう』

 竜は喋りはしなかった。ただ欠伸のように口を開けると、オレの体がピリリとざわついた。振動が耳を伝い音になったのか、脳みそに直接話しかけられたのかも曖昧だ。だけども確かに返事を貰った。

「ありがとうございます」

 仁の挨拶に合わせ、オレも慌てて同じように頭を下げる。
 こんな綺麗な生き物がいるなんて信じられないと、ふわふわとした高揚感が体を満たしていた。
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