君となら

紺色橙

文字の大きさ
7 / 41

7 雇い主

しおりを挟む
 画面の中の美少女を毎日着替えさせている。配信しつつデイリーコンテンツをこなし、視聴者と少しPVPで遊んだりダンジョンの手伝いをしたり。

「オレニートだから」と公言しているが、それは自分から言うことで自分を守っているに他ならない。仁に会いに行くとき、どういう服装でどういう顔で行けばいいのか分からなかった。シャツは洗濯されているし風呂にも入っているけれど、"きちんとした格好"が分からなかった。挨拶もまともにできないオレに、仁は一切態度を変えない。
 カチ、とクリック一つで美少女は服も髪型も変わる。オレは、画面の外にいるオレは変わらない。

 1.2回のテストプレイならば、どうだっていいだろうと思っていたところはある。けど継続してバイトするっていうんなら、雇い主に対してもう少しきちんとすべきなんじゃないだろうか。だけどその"きちんと"が分からない。今まで動いてこなかったから、動き方を知らない。

 ゲームの世界は居心地がいい。仁の作っているゲームはことさら、リアルのオレが消えてしまう程、美少女アキラとしてそこに存在できる。
 だからあの世界が世に出る手伝いができるのなら、やりたい。でもまともに働いたことのないオレにできるだろうか。

「なぁ、バイトって具体的に、何やんの?」

 バイトに誘われてから一週間経っている。その間仁は再度オレを誘うことはしなかった。

『うん? 前と同じだよ。ゲームして、引っかかる所があれば教えてもらって』

 ボイスチャットで仁に問えば、あっさりとした返事が来る。

「そんだけ?」
『そう』
「オレ、働いたことないから、あの……仁以外の人にちゃんと対応とかできるか分かんないっていうか」

 ゲームの中では知らない人にも気軽に話せる。手伝うことも共闘も簡単なものだ。ゲームの中では年齢も性別も職業も生い立ちも、無関係だからだ。

『来てもらうのはいつものとこだから、他の人には会わないよ。アキラが上げてくれた意見とかは送るけどね』
「いつものってあの、お前の自宅だっていう」

 ごく普通のマンションの一室にある、シンプルなあの部屋。それなら、今までの2回と同じなら大丈夫。

「バイトお試しで、させてもらえる? 前と同じ感じでさ、ダメそうならすぐ切ってもらって」
『いつから来れる?』
「えと、いつでも。だってオレ働いてないし」
『明日は?』
「平気だけど……。なぁどんな格好でいけばいい? 履歴書必要?」
『用意できるなら。格好なんかはどんなでもいいよ』

 画面の前で溜息を吐く。まともな恰好なんかない。現在時刻はもう0時近くなっていて、今から店に飛び込むのも難しい。そしてもちろん、履歴書なんか用意しているわけもない。

『何時に来れる?』
「起きるのが多分昼過ぎだから……」
『じゃあ起きて来れそうなら連絡欲しい。夕方でもいいから』
「分かった」

 どんなでも、来れそうなら、仁はそう言う。リアルでは引きこもりで動けないオレが悩まなくていいように。

 少しだけ一緒に遊んで、それから数少ない服を漁った。何年買い変えていないか分からない服を取り出し、放る。アイロンなら家のどこかにあるだろうから、皴くらいは取れる。けどそもそもちゃんとしたシャツなんか持っているだろうか。

 ――どうかと思ったが、捨てられていなかった高校時代のシャツを着ていくことにした。身内に結婚でも葬式でもあれば襟付きのシャツくらいあっただろうけどそんなものはなかったし、高校卒業後引きこもっていたから入学式用のスーツなんかもない。高校時代のシャツはポケットに小さな紺色の刺繍があるけれど、蔦のはったような校章ではない。分かりはしないだろう。

 ウェブマネーを買うためにしか利用していない深夜のコンビニに向かい、誰もいない店内で履歴書を買った。ネットで対応卒業年月を見ながら記入する。下書きをして丁寧に文字を書いた。




 母親にバイトするかもと言えば「へぇ」と大げさに驚かれた。布のトートバッグを借りて、履歴書だけを入れて持つ。電車に揺られた先のマンションまでは、なんだか居心地が悪かった。

 駅について欠伸が漏れた。目的地まであと少しという安堵感と、朝から美容室に行ってきたせいでの単純な眠気。

「いらっしゃい」
「あ……こんにちは。お邪魔します」
「どうぞ」

 微笑む仁にほっとした。

 履歴書を渡し、テーブルを挟み目の前でそれを見られるのに気まずさを覚えつつ部屋の中を見た。
 一人暮らしなのかあまり物は無かったが、フィギュアやポスターが一画にあった。ちゃんと透明なケースに入れられて、中で綺麗に並んでいる。オレの知らないキャラクターたちは仁が過去に携わったりしたんだろうか。

「アキラを、個人的に雇ってもいい?」
「ん?」
「嫌だ?」

 よそ見をしていたオレを引き戻すように確認された。

「オレは何でも……ろくなことはできないけど」
「話し相手っていう雑用もしてもらうけどいいかな」
「それいつもじゃん」
「うん。いつも通り」
「そんなの、バイトじゃなくていいじゃん」

 笑えば笑い返された。
 会社では雇えないと、そういうことなんだろうけど、働くことには期待していないから別に構わなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。 かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。 その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。 ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。 BLoveさんに先行書き溜め。 なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

どうしてこんな拍手喝采

ソラ
BL
ヤクザ×高校生

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

処理中です...