君となら

紺色橙

文字の大きさ
33 / 41

33 花畑

しおりを挟む
 売られている食品をよくよく見てみれば、現実と大差はなかった。時折王都の外にいるキノコのようにそれ食っていいのか? って見た目をしているものもあったけれど、現実にもやたら臭かったり可食部がどこなのかわからない物もあるから似たようなものだろう。オレは世界中を旅したことは無いし、世の中にどんな奇天烈なものがあるかを知らない。
 だからどうみても安全そうなリンゴや、肉と野菜の挟まったサンドイッチをお店の人に頼んだ。食器や鍋と共に売られていた籠を買って、見るからにピクニックに参りますといった格好で町を出た。

 目的地は仁がすでに定めていたようで、馬車に乗って知らない土地へと向かう。最初の町と王都の中間位にあるらしいそこへは、暖かなお日様が導いてくれた。
 馬車を降り指さされたのは大きな木。降り口にある看板には、『千日花畑』と書かれていた。

「千日?」
「うん。ここには千日に一度しか咲かない花がある」

 なんて観測するのが大変な花なんだ。

「それうっかり踏みつけたりしないよな」
「草花はちょっと踏まれたくらいじゃ平気だよ」

 そんなもんだろうか。わざとガシガシ踏みつける気はないけども、そんなレア花を傷めると誰かに責められそうである。
 千日に一度の花は置いておいても、あたり一面花だらけ。その隙間を誰が通ったのか道ができていて、はみ出さないようにして歩く。目指すは丘の上の大木。その木陰。
 遠くには獣の気配がしたが、花畑はそこら一体が誰かに守られているかのように穏やかだった。

「昔さぁ、こんなとこでSS撮った気がする」
「やったね」
「あれはそれこそゲームだから、花はハート形に配置されてたし、そもそもあの場所自体空の浮島でありえなかったけど」

 カップルですよのハートマークを散らしつつ、ハートの島に行ったのだ。そりゃもうピンクまみれの花が埋め尽くすところだった。可愛い格好で撮影してくださいって言わんばかりのところだった。
 ここはピンクに偏っているわけではないしハートマークに切り取られてもいないけれど、二人してそこに座ればあの時を思い出させた。画面の中に見下ろしていた光景は、きっと現実ならこうなのだ。

 乾いた地面の乾いた芝生。大木の周りだけは少し開けていて、まさにピクニック用に出来ている。
 籠の中から買ってきたものを取り出した。

「これリンゴ?」

 現実のリンゴと同じ形だけども、疑問を持ちつつ口にした。切るなんてことはしない。丸かじりである。

「どう?」

 赤いリンゴはオレがいつも食べているものより少しだけ硬い。シャリ、というよりカリっとしている。

「うまい」

 実がしっかりしている感じがする。水分は多くないのかぽたぽた垂れてきたりはしないけれど、味はちゃんとリンゴをしている。こういうリンゴの品種だよと言われると、そうなんだなって思うくらい。ちょっと酸味が強いかな。

「このリンゴでお菓子作りとかできるの? アップルパイ作りますとか、ジャムにしますとか」
「できるよ。まだ手を付けてない部分も多いけど、あそこに売られてた基本的なものは多少手を加えることはできるね」

 外でモンスターを狩って捌き食らうことはまだ対応していないんだろう。それをする人が出るのかは分からないけども、食えそうなら何でも食ってみる人はいそうだ。オレは……あの以前戦ったモグラみたいなのを食おうとは思わないけどな。

 サンドイッチの肉は牛肉のようで、味付けは何だかスパイシー。色んな香辛料が使われている気がする。これは料理に詳しい人なら再現できるんじゃないだろうか。少し甘みもあるし、お子様でも食べられそう。挟まっていたのも細切りにされたキャベツのようだし、ケバブサンドってこんなんじゃなかったっけ?

「うまいうまい」
「まぁ残念ながらお腹いっぱいにはならないんだけどね」
「そーなん」

 両手いっぱいのサンドイッチ。小食な人なら満腹になりそうな量である。

「ここでお腹いっぱいになったら現実で食べなくなっちゃうでしょ」
「そんなダイエット受けそう」
「でもそれで死んだら困る」
「たしかに」

 ずっとゲームをしていると、現実を知らせるアラームが鳴る。休憩を取りましょうと促されるのだ。だからここがどんなにリアルだろうと、本当の現実からは乖離しない。もし、ゲームの世界で本当に何でもできて全て同じになっていたら、ここから抜け出せなくなる。現実のベッドで横たわっているだけのオレは水も飲まず飯も食っていないのに、この世界で肉を食いお茶を飲むことで満足してしまったら、餓死してしまう。だから残念ながら警告が鳴る。

「でもうまいもの食ったら満たされるよ」
「そこはね、まぁ。でも物足りないくらいじゃないとね」

 少しもったいないけれど、仕方がない。

 両手いっぱいのサンドイッチを食べ終えても、確かに腹は満たされなかった。というかそもそも、お腹が空いたという感覚もなかった。でも美味しいものを口にしたのは分かる。お金さえあれば好きなだけ食べられるのならそれでよい気がする。

「あれ……これなんかバフついてる?」
「HP回復とか、MP回復程度なら」
「へー」
「おいしいもの食べたら心は満たされる、という考えでね。あとついでにそれ以上は食べられないよ」
「え、あー……」

 もっと食べれそうな気はするけれど、更に食べたい気持ちはなかった。回復効果があるというのなら、ステータスが回復しきっているからそこで制限が掛かったのか。

「無限に食う計画が」
「流血しつつもしくは魔法をぶっぱなしつつ食べ続けるとかかなぁ」
「そこまでして食いたくねぇ」

 ファイヤー!! なんていいながら食い続けているのは、見ている分には面白いがな。



 手についたパンのかすを掃い、ハンカチで口を拭う。王都から移動してきたものだから遅めの昼食となったがいいだろう。空には雲がゆっくりと流れ、花畑が揺れる。

「ここ敵いないの?」
「いないねぇ」
「なんで?」
「どこもかしこも敵の生息地ばかりじゃなくてもいいかなと思って。現実で世界を旅するように、この世界を見て回ってくれてもいいんだよ」
「ふぅん」

 旅行に行ったことがない。これからも行くことはないと思う。でもゲームはオレにとって似たようなものだった。見たことがない風景があって、見たことがない文化があって、意見の違う人々がそこにいる。そのゲームの専門用語なんか、見知らぬ外国の言葉と似ていると思う。
 このゲームSSRでこうして穏やかな日の当たる花畑でピクニックなんかしていたら、まさにもうこれは旅行といっていいだろう。いつもとはちょっと違う食べ物を食べて、記念撮影なんかをするのだ。

 立ち上がり、少し離れてしゃがみこむ。仁を被写体にして、大木を映す。脳内のカメラで位置を取る。せっかく花畑にいるのだから、低い位置から花を映そう。でも丘の上の大木はここの目印だから入れるべきだと思うし、仁を入れることでその大きさも際立つんじゃなかろうか。
 今までのゲームでスクリーンショットを撮っていたように、今この場所でも考える。
 仁はちょこまかと動くオレをただ笑ってみていた。

「カメラ欲しいんだけど」
「雑貨屋までどうぞ」
「あんの?」
「ありそうなものは大体あるよ」

 あの手鏡のように。

 今はないカメラを想定して、仁を見る。穏やかな風はその短い髪を撫で、大木の葉の隙間からはきらきらと光が降っている。暖かなお日様とステータス回復のおかげで眠気でもあるんだろうか、ゆっくり閉じられた瞼が開く。
 おいでおいでと手招きされて、乙女らしからぬ足の開きで立ち上がった。

「どうした?」

 開かれた手がオレを誘うから、自然とその腕に収まった。押し倒してしまうのはどうかと思って、隣にくっついて座る。

 ――ああ、キスされる。

 仁がえっちの時に何度もキスをしてくれるから、オレでも察せるようになった。
 見上げた顔は嬉しそうにオレに降りてくる。外では過激なことをできないとはわかっているけれど、胸が高鳴った。軽い唇の触れ合い、頬を撫でてくる手の温もり。
 キスの終わり仁の肩に頭を擦り付ければ、肩から頭を抱き込むようにしてぎゅっと力が込められた。

 視界に入る胸を隠すほど長いふわふわの髪の毛は、オレのものではない。
 抱きしめられる力を感じているのはオレなのに、その温もりを遮る小花柄のワンピースを着ているのはオレではない。
 "私"だから"オレ"じゃない。

 仁は誰を抱きしめているんだろう。その嬉しそうな顔でキスをしたのは当然"私"にだろう。オレにとって理想の女の子は、仁にとってもそうなれているんだろうか。だから仁は、ただえっちするだけじゃなくてこうして外でもキスをしてくれたんだろうか。

「オレ可愛い?」

 問えば仁は、

「可愛い。とっても可愛い」

 そう褒めてくれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。 かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。 その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。 ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。 BLoveさんに先行書き溜め。 なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...