備忘録

ヰ野瀬

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「あいつ嫌いだわ、まじむり」
 独り言のように呟いたそれを無視して勉強に夢中になっている幼馴染みの肘に拳で殴る。
「いたっ」
 迷惑そうな顔をして眉間に皺を寄せる。
「お前そればっかじゃん。不平不満ばかり口にしてっと嫌われるよ。あ、いまさらか」
「うるせー、しね」
「あ、言っちゃいけないんだー。ほんとお子ちゃまなんだから」
 やれやれとまた視線を教科書に戻すとそれを奪って嫌がらせをした。自分の方が背は高く、立ってもとれないだろうと奴は分かっているのか、溜息をついて諦めた顔を向ける。その顔に満足するとようやく教科書を返した。
「めんどくさっ。お前」
「話聞けよ」
「は? ちゃんと聞いてるじゃん。お前の悪口に付き合わされる俺の身にもなってよ」
「……うざぁ」
「それしか言えないのかよ。だから友達できねぇんだよ」
 他人のぺらぺらと捲る紙の音が不快だ。邪魔してやりたくなる。こいつが嫌いなわけではないが、ただただ真面目ぶってるこいつが気に食わない。
 ひたすら目の前でわざと捲る音を聞かせながらずっと見ていることに気づかない。
「はぁ……いつも思うけどさ、一緒に勉強しようって誘ってるのになんでしないわけ?」
「めんどいから」
「一緒に高校いけなくなるけど、いいの?」
「別にいい」
「友達できねぇぞほんとに。変なやつらとつるむようになって、どうせ泣きべそかいてくるのわかってんだからちゃんと勉強しろって!」
「……」
 そう言われてやっと手許のノートに手をつける。
 めんどくさい。だけど、さんざんな目にあってばかりだったし。こいつといないと泣いてばかりだった。一人で泣いてるといつも味方はしてくれなくともそばに居た。変なやつだし、疲れるし、ウザイけど、離れようとはしなかった。
「あした謝れよ?」
「誰に」
「お前が泣かせた女子だよ」
「は? なんで」
「酷いこと言っただろうが」
「だって……」
「だってもくそもねぇだろ」
 言葉にできないものを腹の底に感じながら自分が泣かせた女子のことを思い出した。
『松村ってさ、よくあのクズと一緒にいるじゃん。彼女いるのに付き合わされて可哀想だよね』
『ほんとね。なんで正反対のクズのあいつと絡んでるんだろうね』
『聞いてみる?』
『あとで聞きに行ってみようよ』
 聞こえるように嘲笑う声にキレて気がついたら泣かせていた。何を言ったのか覚えてはいないが泣くまで酷いことを言ったのだろうと松村に止められて気づいた。だけど、謝る気などなれない。
「一緒に行ってやるから」
「……うん」
 次の日。形だけの謝罪をした。頭をむりやり押さえられ口だけで謝った。どうして謝らないといけないのか、正直わからない。悪いのはあの女なのに。
 不服そうな顔を向けて、許すと口にした女を睨みつけた。萎縮する様子に気分が良くなった。
「クソが」
 部屋の中で一人、静かに呟いて目を閉じた。ムカつく奴らの顔を思い出しては言葉の引き出しから幼稚な暴言を浴びせる。本当に気分がいい。それで泣くやつらはもっと気持ちがいい。そのあとに睨みつけてくるやつらの視線は敵意丸出しで笑いが込み上げてくる。
 部屋の外で母さんと弟の話し声が微かに聞こえてくる。だけど聞こえないようにヘッドフォンをつけた。
 学校に行くと相変わらず、人は俺を避けるように道をあける。王様になったようで気分がいい。今日は彼女と登校すると松村は言っていたから一緒ではない。
 最初は嫌いだった。話しかけてくるたびに罵声を浴びせた。だけどいくら言っても俺の傍から離れないから言うのも面倒になって諦めた。何も言っても言い返してくるし、殴ったら殴り返してくる。小学生のころからずっとだ。意味がわからないし、よく分からない。中学に入ってから彼女ができて会う頻度は減ったが、なぜか家には来る。本棚を漁っては勝手に持っていって勝手に戻していく。最近は勉強を強要してきて終わると帰っていく。高校なんか行けるわけがないのに、諦めずに勧めてくる。
 ドカッと席について一瞬静かになった教室を見渡す。まだ松村は来ていない。うつ伏せになって目を瞑ると気づけば昼をすぎていた。松村のことなど忘れて体中が軋む音を鳴らしながら屋上に向かう。禁止と書かれた看板を飛び越えて勝手に入った。
 もう教室には戻らない。このままサボって家に帰る。夏がすぎたばかりの屋上はまだ暑い。だけど、唯一の場所だ。柵を昇って縁に座る。脚を揺らしながら後ろの柵に寄りかかる。
「暑……」
 それ以外の言葉が見つからず、また柵を戻ってコンクリートに寝転がった。
 目をつぶると目が覚めたときには暗くなっていた。スマホをみると19時をさしていたがもう帰るのさえ面倒になってそのまま夜空を見上げた。真っ暗で何も見えない空を見上げて笑った。
 次の日、昼に帰って今まで入ってきた高い廃ビルの屋上に向かった。埃臭く床が変な音を立てている。古い建物のせいか、よく音が響く。
 学校の屋上となんら変わりない様子でコンクリートは暑かった。柵がなく、そのままパラペットに腰を掛けて脚を揺らしていると不意に風が吹いてきて体が飛んだ。

 ポケットに入っていたはずのスマホは一緒に浮いているのか、目の前をすぎていった。

 思わず足をバタつかせ、奇跡的にひっかかり落ちることはなかった。起き上がるための腹筋がギリギリ足りて戻ることができた。息も絶え絶えにボンヤリとしていると、落ちたと思っていたスマホがコンクリートの上で電話の着信音を鳴らす。画面の表示名はクソ松村。電話にでると怒声で鼓膜を潰そうとしているのか騒々しい声が耳を劈いた。
 何を言ってるのか分からないやつの声にぼんやりとした状態は変わらず、話尽きたのか、松村は「おい」と何度も声をかけてきた。
「なんだよ」
 返事をすると松村は溜息を吐いた。
「帰ってこないってお前の母ちゃん心配してたぞ」
「ふーん」
 嘘だと気づく。そんなことはあるわけがない。母さんは俺に興味などない。弟だけにしか興味がない。世間体を取り繕うためのものだ。
「もしかして帰りたくないのか?」
「お前に関係ねぇだろ。帰るわ」
「あっそ。じゃあな」
 切れたスマホを操作する。連絡先の画面。かかって来なかった、何のためにあるのかわからない母さんの電話番号を見つめた。
「フッ……」
 
 鼻で笑うと、母さんと弟の電話番号を連絡先から削除した。
 
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みんなの感想(4件)

ユウ
2023.03.28 ユウ

「木漏れ日」を読ませていただきました。

主人公は外で何してたんだろう?
最後の「幸せから遠ざかっていった」
文句が言える時が幸せだったって言えなくなってから知ることありますよね、、、。
この後、主人公になにがおきるのか気になりました。

解除
mijinco
2023.03.08 mijinco

「不快」も読ませていただきました(^^)
心の描写がスゴくわかりやすくて読みやすかったよ
自分の中の感情や思いや考えの食い違いを未熟ながらに折り合いつけようとしてるところが、大人になろうとしてる少年って感じでちょっと微笑ましかったよd(^_^o)
個人的には、風景の表現がもう少しあるとこの世界観に入り込みやすいかも

ヰ野瀬
2023.03.09 ヰ野瀬

読んでくれてありがとう!
頑張るよ〜( ´˘` )

解除
しりか
2023.03.08 しりか

「不快」
すごい読みやすい!
社会や他者と折り合いがつけられない少年期のやるせなさってあるよね、、

ちょうどいい長さで、ちゃんとまとまってていい、、(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)♡

ヰ野瀬
2023.03.08 ヰ野瀬

読んでくれてありがとう……!!!

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