あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

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第四部

卒業の夜会②

 七年ぶりに知らされた真相に驚いたけれど、それで気まずくなることはなかった。そんなことも懐かしいと言い合えるだけの関係は築いてきた自負もある。あの頃はこんな日が来るなんて想像も出来なかったわね。

 ダンスを終えて再び会場の端へと移動する。次は公爵家のダンスだけど、輪に向かうのは辺境六侯爵家の方々。我が国の公爵は先々王様の弟のロットナー公爵とハリマン様の父君のシリングス公爵、そしてヴォルフ様と陛下の弟君でいらっしゃるブレッケル公爵エーリック様の三人。ロットナー公爵はご高齢で欠席されているし、エーリック様はミュンター侯爵家の当主代理を務めているから私たちと一緒に踊っていた。

 残るはシリングス公爵だけど、先日のハリマン様の愚行のせいで今日の夜会は欠席されている。あの後、ハリマン様の愚挙にお怒りになった陛下がシリングス公爵夫妻を呼び出し、過去に彼がヴォルフ様暗殺に手を貸した一切をお話になった。息子がそんな軽挙妄動をしでかしていたと知った夫妻は大層落ち込まれ、あれからずっと謹慎されている。

 当事者のハリマン様は牢で取り調べが続いていると聞くわ。現在の自分の不遇は私のせいだと思っていたところに父親のヴォルフ様への否定的な感情を耳にし、思い通りにならないのは私たち夫婦が彼らを冷遇しているせいだと思い込んだらしい。まったく、いい加減にしてほしいわ。ハリマン様の現状は彼のこれまでの行いのせいでしょうに。

「やぁ、ゾルガー侯爵」

 にこやかに声をかけてきたのはアルトナー侯爵だった。その傍にはフィーネ様もいらっしゃるわ。

「ご機嫌よう、アルトナー侯爵様、フィーネ様」

 頷くだけのヴォルフ様の分も笑顔で挨拶を返す。五侯爵家の当主の中ではアルトナー侯爵が一番ヴォルフ様と年が近く、社交的な性格もあって気さくに声をかけてくれる。今はマティアスのこともあって一層距離が近くなった気がするわ。

「ははっ、どうだい、夜会の居心地は」
「いつもと変わらないが」
「そうかい? でも、君を疎んじて虚言を流していた奴らは減っただろう? 少しは居心地がよくなったんじゃないか?」

 上機嫌の侯爵の声は決して小さくなく、周りにいる人たちが聞き耳を立てているのを感じる。侯爵ったら、わざと聞こえるように話していらっしゃるわね。フィーネ様と目が合うと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「さぁな。急に態度を変えた者を信用することはない」

 微かなざわめきが耳に届く。ヴォルフ様の仰る通りね。さっきからいろんな人が声をかけようと近づいて来ているわ。それでも彼らが私たちに声をかけるなんてマナー違反だから出来るはずもない。皆、私たちの気を引こうと躍起になっているけれど、ヴォルフ様も私も黙殺している。

「だろうねぇ。まったく、掌返しもいいとこだ。それでは却って警戒心を煽るだけだってのにねぇ」

 侯爵の言葉に視界に入った何人かがバツの悪そうな表情を浮かべていた。今更なのよ。ヴォルフ様は相手にする時間が無駄だと放っておかれたけれど、格上の者のありもしない噂を面白おかしく吹聴することがどういうことか、よく考えてほしいものだわ。不敬罪に問われてもおかしくないのだから。

「どうでもいいことだ。家族に累が及ぶようなら排除するだけだ」
「ははっ、冷徹侯爵の正体は愛妻家で子煩悩だったか」
「そう思いたければ勝手にしろ」
「ははっ、照れなくていいよ。私も同感だからね。妻は一人いればいいし子は愛おしい」

 これは侯爵からの援護射撃かしら。こんな会話を聞いた後で第二夫人の話なんて出来ないものね。有難いわ、ヴォルフ様に近づく女性は一人でも少ない方がいいもの。

「そうそう、君のところの令嬢だが、私の息子にどうだい? 君は夫人と仲がよく貞操観念も我が家と合うし、家格も年も近い。悪い話じゃないと思うんだけど?」
「気が早過ぎるだろう」

 ヴォルフ様が素っ気なく答えたけれど、侯爵が気を悪くした風はなかった。

「そうかい? だけど小さい頃から交流を持たせるくらいはいいだろう? 子の婚姻相手は同じ貞操観念を持つ家が好ましいと、私は考えているのでね」
「なるほど。そういう選び方もあるか」

 意外にもヴォルフ様が侯爵の意見を認められたわ。だけど……確かに一理あるわね。愛人を何人も持っている人たちと縁を繋げたいとは思わないもの。ドゥルムの若夫婦などその典型で、あの方のお子を候補に入れるなんてあり得ないわ。

「そうだよ。我が子には幸せな婚姻をしてほしいと思うからね。子はどうしても親の価値観を受け継ぐから」
「そうだな」
「ははっ、考えておいてくれ。だが無理強いはしない。俺も子の希望を優先したいんでね」
「承知した」

 アルトナー侯爵が夫人と共に離れていったけれど、こんな話にヴォルフ様が同意されるなんて意外だわ。五侯爵家と縁を繋げるなんて避けていらっしゃったのに。それだけ侯爵の提案がヴォルフ様に響いたってことかしら? いえ、私も侯爵の意見はもっともだと思うけれど。周囲もこちらを見ながら囁き合っている。年の近い子がいる家にとっては一大事よね。

「ヴォルフ様、本気ですの?」
「まだ先の話だ。だが一理あると思う」

 ヴォルフ様が子どもたちの将来を……嬉しいわ、ちゃんと考えてくださっているなんて。いえ、ヴォルフ様が何も考えないなんてあり得ないわよね。何も仰らないだけで、ちゃんとあの子たちに心を砕いてくださる方だもの。

「お前はどう思う?」
「私も、同じですわ。子どもたちの相手は誠実で貞操観念のしっかりした方が好ましいです」

 私という婚約者がいるのに浮気したハリマン様や、複数の女性を侍らしていたクラウス様のような男性にエリーゼやアリーゼを嫁がせたいとは思わないもの。アンゼルやロアルドもそう。男性と距離が近い女性はお断りね。托卵の可能性がありそうな者を屋敷に迎えるなんて出来ない。

「アルトナーはいい仕事をしたな。これで子らに釣書を送ってくる奴が減る」
「ふふっ、そうですわね」

 個人的な話をするには声が大きかった。やっぱり周りに聞かせるためだったのね。アルトナー侯爵が去ると、周りにいた人たちの半分が背を向けた。その中にはマイネ伯爵家の父子もあるわ。ヴォルフ様を貶める言動をあちこちでしていたのはわかっているわよ。なのにエリーゼと令息の男児の婚約を求めて何度か釣書を送ってきている。当然、そのまま送り返しているけれど。今更すり寄ってきたところで相手にするわけがないでしょうに。

 ふと視線を周囲にやると、金の髪を緩く結い上げた女性と目が合った。七年前のこの日、共に卒業生として祝われた同級の一人。

「ご機嫌よう、ハイゼ伯爵、伯爵夫人」

 ヴォルフ様と共に仲良く佇む二人のもとに向かう。一瞬眉を顰めたわね。そんなところも昔と変わらなくてなんだか嬉しくなる。

「ご機嫌よう、ゾルガー侯爵様、侯爵夫人」

 夫婦そろって丁寧に礼をするところはさすがね。夫のグレオン様からも悪意は感じられない。ヴォルフ様が少し話してくると言って傍を離れると、グレオン様もそれに倣った。

「お元気そうでよかったわ、アルビーナ様」
「お蔭様で」
「伯爵とも仲がおよろしいようね」
「まぁね。律儀で誠実な人よ。ちょっと固いところがあるけれど」

 人から離れて小声で言葉を交わす。周囲がこちらをチラチラ見ているわね。昔は犬猿の仲だったし、ミュンター家が我が家にしたことを思えば尚更ね。

「ハリマン様のこと、残念でしたわね」

 ずっとハリマン様に憧れていた彼女。二度もその機会があったのに、結局流れてしまった。彼女の趣味は理解出来ないけれど、人を恋う気持ちはわかるわ。

「ああ、あの方、何をしたのよ」

 あら、表情が険しいわね。もしかして、既に興味がなかったかしら?

「ここで話すのは憚られますわ。後日お茶でもいかが?」
「そうね。確かにここではね」

 あっさりと話が終わってしまったわ。彼への想いはもう消えていたのかしら?

「それよりも、ゾルガー家は上位貴族と婚姻しないんじゃなかったの?」

 意外なことを尋ねられたわ。子どもたちのことを気にしていたとは思わなかった。

「その方針に変わりはありませんわ。繋がりが出来るといざという時の判断に影響しますから」
「そう。だったらうちの子も候補に入れるのかしら?」

 思わず彼女の青い瞳をまじまじと見てしまったわ。私のこと、アルビーナ様のお子を? それは頭になかったけれど……アルビーナ様のところは一男一女で我が子たちと年が近い。誰とでも可能性があるわね。

「だったら、お茶会にはお子も招待いたしますわ」
「あら、受け入れるの?」
「ふふっ、アルビーナ様のお子ですもの」

 彼女のことは信用しているわ。不遇な時期も腐らずにいたのだから。ふと、思いがけない人物が視界に入った。あれは……

「あら、あれってベルトラムに婿入りするはずだった……」

 アルビーナ様の呟きが耳に届く。そうよ、マルレーネ様と婚約していたのに他の令嬢を側に置いていたヘンリックだわ。今日の卒業の夜会の後、実家から放逐されると聞いていたけれど……どこに向かって……って、彼の歩む先にいるのは……

 次の瞬間、会場の一角で複数の悲鳴が上がった。ヘンリックがマルレーネ様に突然襲い掛かっていた。何てことを! 陛下もいらっしゃる夜会なのに……視界の端にこちらに向かってくるヴォルフ様の姿が見えた。







♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢

いつも「あなたに愛や恋は求めません」を読んでくださってありがとうございます。
更新が滞って申し訳ありませんでした。
なんとか任務は終えてきましましたので再開します。

また、23日に更新した閑話のあとがきでちらっと触れ、またアルファポリス様のアプリやメールなどで告知いただきましたが、『次にくるライトノベル2025』につきまして

◆女性読者投票:4位
◆50代以上読者投票:5位



上記のように、予想外の結果を得ることが出来ました。
ノミネートされただけでも『どういうこと?』『何が起きたの?』と思っていたのですが、まさか上位に入り込めるとは思っておらず……多分私が一番びっくりしております。

これも本作に投票してくださった読者の皆様の応援のお陰です。
この場をお借りして心から皆様にお礼申し上げます!!!
まさかこの作品がここまで支持していただけるなんて思いもせず……
何度も挫折しそうになりましたが、諦めず踏ん張って書き続けてきてよかったです。
これも感想で励ましてくださった皆様のお陰です。

PS.
発表動画はこちらです。
まだ見ていらっしゃらないけど興味がある方は是非↓

https://www.youtube.com/live/IBRCFlkHqxE?si=rlJlDZM5fBp9OOdv

本作が出てくるのは、1:19:30~辺りから3分ほどです。
※求めないと言いながら求めちゃうんでしょ~と言われていました(^^;)

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