あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

文字の大きさ
176 / 360
第三部

王女の疑惑

しおりを挟む
 ヴォルフ様の口からさらりと出た言葉に私は暫く次の言葉が出なかった。エルフリーナ様がリシェル様のお子? でも、リシェル様はデットリック様の弟の妻だった方よ。義理の兄の子をだなんて……いくら何でも……

「じょ、冗談……」
「ではないな」

 即答されてしまったけれど……ヴォルフ様はこんな質の悪い冗談を言ったりはしないわ。いえ、冗談を言ったのを見たことがないけれど……デットリック様は女好きで有名で節操なしとも言われていると聞くわ。奔放なデットリック様に父王が激怒し、王族の種をばら撒かれては困ると子が出来なくなる薬を飲ませたとも、子を孕んだ女性が秘密裏に堕胎させられたり殺されたりしたとの噂まであった。あまりにも物騒な内容だったから面白半分に脚色されているのだと思っていたけれど……

「実際のことはリシェルでないとわからないだろうな」

 そりゃあ、生まれた子のことは産んだ本人が一番わかっているわ。いえ、複数の相手がいれば本人にも父親が誰かなどわからないかもしれないけれど……動揺する私をよそにヴォルフ様は淡々と料理を口に運んでいった。

「ですが……仮にリシェル様が産んだとしても、それは夫である第二王子の子の可能性もありますよね?」
「そうだと言いたいところだが、あの二人は閨をしていないと言われている」
「していない? ですが……」

 王族の婚姻なのよ? しかも両国の関係強化のための。

「婚姻時のリシェルは十六だった。閨は十八になってからという約束で嫁いでいる」
「あ……」

 そう言えばそうだったわ。当初はアンジェリカ様が嫁ぐ予定だったけれど、既に純潔でなくなっていたから病に罹ったことにしてリシェル様が嫁いだのだった。

「第二王子は乳母の娘と想い合っていたらしい。成人してもそのまま侍女として側に仕えていたから身体の関係もあったのだろう」

 それは……でも、国同士の婚姻なのよ。

「第二王子は神経質で人見知りが激しく、リシェルとの婚姻を嫌がっていたという。リシェルもそんな王子と閨を共にしようとは思わなかったのだろう」

 何と言っていいのかわからなかったわ。呆然としている間にヴォルフ様は食べ終えてしまった。慌てて残っている料理を口に運ぶけれど、ここまでの話でお腹がいっぱいになってしまった気がする。

「奥様、この辺で終えられては」
「そう、ね。ごめんなさい」
「要らぬなら俺がもらおう」
「え? あ、お願いします」

 ティオが私に出す予定の皿をヴォルフ様の前に出した。部屋で食べる時に限ってだけど、食べきれない時は代わりに食べてくださる。当主らしくないけれど孤児院育ちだったせいか食べ物を粗末にするのを厭われるのよね。

 ヴォルフ様が美しい所作で食べる姿を見ながら今聞いた話を頭の中で整理する。エルフリーナ様がリシェル様のお子だとしたら、産んだのは二十の時になるわね。エルフリーナ様は直ぐ上の兄王子の五つ下で他の兄姉と一人だけ離れているわ。その頃にはデットリック様と王太子妃の関係は冷めていたってこと? いえ、もしエルフリーナ様がリシェル様のお子だったとしたら、他の王子たちの母親は王太子妃ではない可能性もあるわね。醜聞を嫌うために正妃の子として育てることは珍しくないから。デットリック様の名を守る為に他所で作った子を王太子妃の子にしたことで関係があったしたのかしら?

 それよりも問題は、エルフリーナ様がリシェル様のお子だった場合よ。それだとエルフリーナ様とリカード様はいとこ同士。血が近過ぎないかしら。いえ、待って……それよりも……

「ヴォルフ様……嫌なことを思い付いてしまったのですが……」
「お前の思っている通りだ」

 即答ですか? いえ、でもそれならデットリック様がこの婚姻を成立させたがっている理由もわかるわ。だって……

「王太子は何としてでもあの王女を王太子に嫁がせたいだろうな。リシェルとの浮気が知られてしまうから」
「そう、なりますよね……」

 デットリック様は自分の不貞の証拠になりそうなエルフリーナ様を我が国に押し付けたいのだ。もし国内貴族に嫁がせて銀髪紫目の子が生まれては不都合だから。それはつまり……

「この婚姻が成らなければ……」
「殺されるだろう」

 嫌な予感は間違っていなかった。全くあの男は!! 一気に怒りが湧いてきたわ。自分の不始末の責任を子に取らせようなんて信じられない! 

「奥様、冷たい果実水をどうぞ」

 熱くなっていた頭がティオの一言で少しだけ落ち着いた。さすがティオ、私のことをよくわかっているわ。もう少し落ち着きたくて果実水に口を付ける。冷たい感触が喉からお腹に伝わって、熱くなった頭も冷ましてくれた。

「でも、リシェル様のお子ではない可能性も、あるのですよね? だって見た目は全然似ていませんし……」
「ああ。だがあの王女を国内貴族に嫁がせるのは危険だ。公になれば王太子は最悪継承権の剥奪だからな」

 それは……そうなるわよね。他国から嫁いできた王女と関係を持っただけでなく子までとなればグレシウスの面目は丸つぶれだし、そんな王女を娶らされた相手にとっては醜聞でしかない。国内外で王家への信頼を失ってしまうから王はデットリック様を排除するしかない。王は体裁を気にする方だと言われているし。

「あの王女を安心して嫁がせられるのは我が国の王族だけだ。銀髪紫目が生まれても問題ないからな」
「ええ。この件を陛下は?」
「まだ知らん。この話も数日前にグレシウスに送った影から知らされたものだ」

 さすがはヴォルフ様といいたいところだけど、王家だってエルフリーナ様の身辺は調べているでしょうに。それとも……

「グレシウス貴族にも協力者もいる」
「その方に危険は……」
「ないとは言い切れないが、代々我が家との交易で利を上げている者だ。我が家を売っても交易ほどの金にはならんから裏切る可能性は低い」

 さすがヴォルフ様ね。アーレントにも協力者がいると仰っていたけれど、この様子ならルタ国やサザール公国にも人を置いているのでしょうね。案外サシャ国にも人を遣っているのかも。いえ、今はそれよりも……

「ヴォルフ様は……どうお考えですの?」

 国としてはグレシウスとの婚姻は利があるけれど不安も残る。手放しで賛成はし難いわよね。

「グレシウスに恩を売るのは悪くない。今は無理だが婚姻してからリシェルとのことを知っていると匂わせれば牽制にもなるだろうからな」
「婚姻してからですか」
「前に言えば王女を亡き者にするかもしれない。それは避けたい」

 そうね、もしリシェル様のお子なら、ヴォルフ様や陛下の姪に当たる。リシェル様の忘れ形見と思えば無下には出来ないわね。いえ、確証がない以上ヴォルフ様がそれを理由に賛成するとは思わないけれど、それでも何の罪もない子が殺されるのは良しとはなさらないはず。

「あくまでも噂だ。王に話すのはもう少し詰めてからになる」
「他にも情報源が?」
「リシェルに付いていた侍女を探している。覚えているか? 連れて帰って来た女だ」
「ええ」

 覚えているわ。グレシウス人の侍女よね。スパイの疑いもあってリシェル様が幽閉された時に強制送還されたあの方よね。そして私に毒虫を用意した……

「あの者はリシェルの監視を兼ねて付けられた。王太子とのことも知っているだろう。話を聞くために人を遣っている」
「話してくれるでしょうか」
「話したくなるような理由を探っている」

 なるほど、弱みでもなんでも、あの侍女が自ら話したくなる状況を探っているのね。もしリシェル様とデットリック様の関係がはっきりすればこちらの動きも変わってくるわ。

「五日後のお茶会で王女の様子を探れ。何か知っているかもしれない」
「話してくれるでしょうか」
「直ぐには無理だがお前に憧れているのだろう? だったら口も緩くなる。何なら公爵家の娘でもいい」

 マルティナ様ね。彼女はエルフリーナ様の側で姉のように守っているわ。だったら何か思うところがあってそうしているのかもしれないわね。彼女の母親はグレシウスの王だというし、何か知っているかもしれないわ。




しおりを挟む
感想 1,650

あなたにおすすめの小説

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】 私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。 そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、 死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。 「でも、子供たちの心だけは、 必ず取り戻す」 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。 それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。 これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。