あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

文字の大きさ
194 / 337
第三部

披露パーティー

しおりを挟む
 目が合うと瑞々しい朝咲きの花のような笑みが浮かんだ。殺伐としたやり取りの後だったせいか心に爽やかな風が吹きぬける。ヴォルフ様が少し外すと言って離れていかれた。マルティナ様に気を遣って下さったのね。

「マルティナ様、よく来て下さったわ」
「お姉様、お招きありがとうございます」

 小犬のような眩い笑みにこちらまで笑みが浮かんでしまうわ。まとうドレスも我が国流行りのものだからリーゼ様お勧めのデザイナーのものかしら。謝罪した後の彼女は我が国の学園に通いながら婿探しに励んでいる。今日はその一助になればと招待したのだけど……

「気になる令息はいらっしゃった?」

 今日は伯爵家以上の上位貴族を招いているから、公爵家の跡取りの彼女の婿としては申し分ない。出来れば彼の国の情勢を知りたいから我が家と繋がりのある家の令息だとありがたい。でも、単身でグレシウスに婿入りするだけに相応の能力と精神力も求められるわ。彼女は少々思い込みが強いところはあるけれど、非を認めて謝罪する素直さがある。出来れば幸せな結婚をして欲しいわ。

「中々難しいですわ。やっぱり婿入りとなると……国も違いますし」
「そうね。でも、それで怯むような男性ではマルティナ様を支えられないわ。じっくり吟味なさいませ」
「はい。いいなと思う方がいたらお姉様に一番に相談しますね」

 すっかり懐かれてしまったわ。でも、純粋に慕われているのは嬉しい。妹がいたらこんな感じかしら。マヌエル様も妹のように思っていたけれど、性格が違うから新鮮だわ。エルマ様とバルドリック様の仲睦まじい姿を見たマルティナ様が目を輝かせていた。

「エルマ様は素敵な旦那様を迎えられたのですね。羨ましいです。もしコツなどありましたら教えてくださいませ」

 頬を染めエルマ様を見上げてそう告げる姿は本心からのように見えた。こんな表情を見たら名乗り出てくる男性がいそうなものだけど、グレシウスとの関係が微妙だから難色を示す男性も多いのよね。

「まぁ、あなたのように愛らしい方ならきっと素敵な令息が見つかるわ。そうだわ、バル、どなたか紹介出来そうな方はいらっしゃらないの?」
「そうだねぇ……何人か心当たりはいるよ」
「本当ですか? もしお相手の方がよろしいのであれば是非」

 エルマ様には以前から紹介をお願いしていたけれど、バルドリック様の知り合いなら期待が持てそうね。彼は王宮の文官との交流があるし、ベルトラム侯爵家の婿になってからは人脈を広げている。それに、グレシウスの有力貴族のオイラー公爵家との縁は家の今後に大きく影響するわ。瑕疵のない相手なら自分の家門から出したいものだし。

「それなら、我が家のお茶会に招待するわ。イルーゼ様もいらっしゃるでしょう?」
「もちろんですわ」

 バルドリック様の紹介なら安心だわ。それにエルフリーナ様が輿入れするとなればグレシウスの有力貴族との伝手は持っておきたい。デットリック王太子は信用ならないけれど、マルティナ様はエルフリーナ様に同情的だから何かの時に力になってくれそうだもの。後日招待状を送ると約束してエルマ様やマルティナ様と別れた。

 それから再び招待客との挨拶に忙殺されたわ。普通の夜会と違って今日は家族単位での招待だから十を過ぎた子も多く賑やかね。若い方たちは庭の方が楽しいらしく、お菓子や果実水を用意したテーブルの方に集まり大人たちが遠巻きに見守っている。こういう場は婚約者を探すための場でもある。今日は上位貴族の多くが集まっているだけに、これから婚約者を見繕おうと考えている方々は必死だった。

「イルーゼ様、そろそろ」
「そうね。ザーラをよろしくね」

 ザーラ付きの侍女がそっと耳打ちしてきた。花嫁は今夜の準備のために早めに退席するけれど、その時間になったみたいね。これからまた初夜に向けた湯あみとマッサージが待っている。懐かしいわ……式まで散々磨かれたのにまだするのかと思ったものよね。あの頃は皮膚が薄くなってしまったんじゃないかと本気で心配したわ。そんなことを想い出しているとそっとザーラが去って行くのが見えた。東棟の警備は万全だし、今のところ何かがあったとの報告はないわ。このまま無事に終わってほしい。二人の初夜を守るわ、私たちの時のように暗殺者が入り込んで仕切り直しなんてさすがに繰り返せないもの。

 一人になったフレディにオリスがワインが入ったグラスを渡していた。彼もこの後のことを意識したのか表情が固くなっているわ。緊張し過ぎじゃないかしら? まぁ、彼らしいけれど。

「フレディ、緊張しているのはわかるけれど、あんまり飲まないようにね」
「イルーゼ、そんなわけじゃ……」

 気まずそうな表情から図星だったのだとわかった。繊細だからあんまり口を出したくはないのだけど、稀に新郎が飲み過ぎて初夜が出来なかったなんて話もあるから心配なのよね。幸いにもフレディにはここぞとばかりに酒を強いてくる悪友はいないから幸いだけど。さすがに初夜を酔い潰れて台無しにしたらザーラは許さないと思うわよ。彼女だって今頃緊張しているでしょうし。

「オリス、この後は果実水にしてあげて」
「奥様、しかし……いえ、かしこまりました」

 オリスも困ったような笑みを浮かべていた。もしかして彼も緊張しているのかしら。フレディに甘いオリスだけど、ここは甘やかしちゃいけないと思うわ。

「失礼、ゾルガー侯爵夫人」

 フレディをオリスに任せて離れたところで声をかけられた。振り返るとそこには黒髪の二人とこげ茶の髪の一人がこちらを見ていた。イルクナー伯爵家のヴォルフラム様とグレーテ様、そしてルーディーだ。ザイデル伯爵らが企んだヴォルフ様の隠し子騒動に巻き込まれた家族でもある。ルーディーの母親のエマは手を尽くしたけれど程なくしてこの世を去っている。あれから時々様子を気にしていたけれど、表情を見る感じでは上手くやっているみたいね。

「お久しぶりですわ、イルクナー様」
「侯爵夫人、ずっとご無沙汰していて申し訳ございません」
「いいえ、お気になさらないで。お元気そうで何よりですわ。ルーディー、随分背が伸びたわね」

 声をかけるとはにかんだ笑みを見せた。素直なところは変わらないわね。出会った頃は痩せて背も低かったけれど、グレーテ様にもう少しで追いつきそう。ヴォルフラム様も背が高いからルーディーも伸びそうね。以前はエマに似ていると思ったけれど今はヴォルフラム様の方がより似ているかしら。伯爵家では大事にされているのね。おどおどしていた面影はすっかり消えていた。

「そういえばイルクナー伯爵のお加減はいかがですの?」
「はい、お陰様で今は穏やかに過ごしております」

 ヴォルフラム様の父であるイルクナー伯爵は半年前に倒れて、それから病床にあると聞くわ。先王様の忠臣として信頼を得ていらしたけれど、先王様が譲位されてからは気落ちしているようだとヴォルフ様からも聞いていたけれど。

「どうかお大事に」
「ありがとうございます」

 ヴォルフラム様が頭を下げると二人もそれに倣ったため会話はそこで終わった。でも、ひとつ心配事が減ったわ。と言うのも、ルーディーは第二王子のハンス様の友人候補に名が上がっているから。彼を推したのはヴォルフ様で、そこには黒髪緑目への偏見を少しでも減らしたいとの陛下の意向もあった。ザイデル伯爵らに利用された時にみせた毅然とした態度や母親を労わる優しさは、大人しく内向的なハンス様に向いているだろうとの期待もある。近々王宮で同じくらいの年齢の令息を集めたお茶会を開く予定だけど、あの様子なら悪い話にはならなそうね。彼らの近くで親しい姿を見かけた。

「お義姉様」
「イルーゼ様、ご無沙汰しておりますわ」

 ゆったりと髪を結いあげて品のあるドレスに身を包んでいるお義姉様に声をかけた。

「ありがとう、イルーゼ様。ゾルガー家であのお酒を扱って下さるとは思わなかったわ」
「ふふ、実は今日の主役たちが気に入りましたの」
「まぁ、それは光栄だわ」

 あの後フレディはお義姉様にあの稀少酒の優先販売を持ち掛けて、いつの間にやらあのお酒はゾルガー家の商会で扱うことになっていた。ザーラが絡むと仕事が早いわ。でも、販路を大幅に失った実家にはありがたい話。これを機にワインなどにも広がるといいのだけど。今日はその稀少酒と女性向けの甘くて度の低いお酒をこのパーティーで出している。中々に評判のようだから期待が持てそうだわ。

「イルーゼ」
「ヴォルフ様?」

 いつの間にかヴォルフ様が側に来ていた。つと視線を変えたのでそれを追うと、オリスと共に会場を去るフレディの後ろ姿が見えたわ。彼も下がる時間になったのね。足取りは確かそうだから大丈夫かしら。どうか無事に明日の朝を迎えられますようにと祈りながら、その日は夜遅くまで愛しい夫と共に招待主の役目をこなした。





しおりを挟む
感想 1,598

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

【完結】出来の悪い王太子殿下の婚約者ですって? 私達は承諾しておりません!

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
真実の愛は策略で生まれる ~王太子殿下の婚約者なんて絶対に嫌ですわ~  勉強は出来ず、実技も酷い。顔だけしか取り柄のない一番最初に生まれた王子というだけで、王太子の地位に就いた方。王国を支える3つの公爵家の令嬢達は、他国にも名の知れた淑女であり、王太子レオポルドの婚約者候補に名を連ねた。 「絶対にお断りだわ」 「全員一緒に断りましょうよ」  ちょうど流行している物語の主人公のように演出し、道化を演じて退場していただきましょう。王家も貴族のひとつ、慣習や礼儀作法は守っていただかないと困ります。公爵令嬢3人の策略が花開く!   ハッピーエンド確定、6話完結 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、ノベルアップ+ ※2022/05/25、小説家になろう 恋愛日間20位 ※2022/05/25、カクヨム 恋愛週間27位 ※2022/05/24、小説家になろう 恋愛日間19位 ※2022/05/24、カクヨム 恋愛週間29位 ※2022/05/23、小説家になろう 恋愛日間27位  ※2022/05/21、完結(全6話) ※2022/05/21、カクヨム 恋愛週間41位 ※2022/05/20、アルファポリス HOT21位 ※2022/05/19、エブリスタ 恋愛トレンド28位

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃

妹から私の旦那様と結ばれたと手紙が来ましたが、人違いだったようです

今川幸乃
恋愛
ハワード公爵家の長女クララは半年ほど前にガイラー公爵家の長男アドルフと結婚した。 が、優しく穏やかな性格で領主としての才能もあるアドルフは女性から大人気でクララの妹レイチェルも彼と結ばれたクララをしきりにうらやんでいた。 アドルフが領地に次期当主としての勉強をしに帰ったとき、突然クララにレイチェルから「アドルフと結ばれた」と手紙が来る。 だが、レイチェルは知らなかった。 ガイラー公爵家には冷酷非道で女癖が悪く勘当された、アドルフと瓜二つの長男がいたことを。 ※短め。

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

ましゅぺちーの
恋愛
公爵家の令嬢であるリリスは家族と婚約者に愛されて幸せの中にいた。 そんな時、リリスの父の弟夫婦が不慮の事故で亡くなり、その娘を我が家で引き取ることになった。 娘の名前はシルビア。天使のように可愛らしく愛嬌のある彼女はすぐに一家に馴染んでいった。 それに対してリリスは次第に家で孤立していき、シルビアに嫌がらせをしているとの噂までたち始めた。 婚約者もシルビアに奪われ、父からは勘当を言い渡される。 リリスは平民として第二の人生を歩み始める。 全8話。完結まで執筆済みです。 この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。