あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

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第三部

披露パーティー

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 目が合うと瑞々しい朝咲きの花のような笑みが浮かんだ。殺伐としたやり取りの後だったせいか心に爽やかな風が吹きぬける。ヴォルフ様が少し外すと言って離れていかれた。マルティナ様に気を遣って下さったのね。

「マルティナ様、よく来て下さったわ」
「お姉様、お招きありがとうございます」

 小犬のような眩い笑みにこちらまで笑みが浮かんでしまうわ。まとうドレスも我が国流行りのものだからリーゼ様お勧めのデザイナーのものかしら。謝罪した後の彼女は我が国の学園に通いながら婿探しに励んでいる。今日はその一助になればと招待したのだけど……

「気になる令息はいらっしゃった?」

 今日は伯爵家以上の上位貴族を招いているから、公爵家の跡取りの彼女の婿としては申し分ない。出来れば彼の国の情勢を知りたいから我が家と繋がりのある家の令息だとありがたい。でも、単身でグレシウスに婿入りするだけに相応の能力と精神力も求められるわ。彼女は少々思い込みが強いところはあるけれど、非を認めて謝罪する素直さがある。出来れば幸せな結婚をして欲しいわ。

「中々難しいですわ。やっぱり婿入りとなると……国も違いますし」
「そうね。でも、それで怯むような男性ではマルティナ様を支えられないわ。じっくり吟味なさいませ」
「はい。いいなと思う方がいたらお姉様に一番に相談しますね」

 すっかり懐かれてしまったわ。でも、純粋に慕われているのは嬉しい。妹がいたらこんな感じかしら。マヌエル様も妹のように思っていたけれど、性格が違うから新鮮だわ。エルマ様とバルドリック様の仲睦まじい姿を見たマルティナ様が目を輝かせていた。

「エルマ様は素敵な旦那様を迎えられたのですね。羨ましいです。もしコツなどありましたら教えてくださいませ」

 頬を染めエルマ様を見上げてそう告げる姿は本心からのように見えた。こんな表情を見たら名乗り出てくる男性がいそうなものだけど、グレシウスとの関係が微妙だから難色を示す男性も多いのよね。

「まぁ、あなたのように愛らしい方ならきっと素敵な令息が見つかるわ。そうだわ、バル、どなたか紹介出来そうな方はいらっしゃらないの?」
「そうだねぇ……何人か心当たりはいるよ」
「本当ですか? もしお相手の方がよろしいのであれば是非」

 エルマ様には以前から紹介をお願いしていたけれど、バルドリック様の知り合いなら期待が持てそうね。彼は王宮の文官との交流があるし、ベルトラム侯爵家の婿になってからは人脈を広げている。それに、グレシウスの有力貴族のオイラー公爵家との縁は家の今後に大きく影響するわ。瑕疵のない相手なら自分の家門から出したいものだし。

「それなら、我が家のお茶会に招待するわ。イルーゼ様もいらっしゃるでしょう?」
「もちろんですわ」

 バルドリック様の紹介なら安心だわ。それにエルフリーナ様が輿入れするとなればグレシウスの有力貴族との伝手は持っておきたい。デットリック王太子は信用ならないけれど、マルティナ様はエルフリーナ様に同情的だから何かの時に力になってくれそうだもの。後日招待状を送ると約束してエルマ様やマルティナ様と別れた。

 それから再び招待客との挨拶に忙殺されたわ。普通の夜会と違って今日は家族単位での招待だから十を過ぎた子も多く賑やかね。若い方たちは庭の方が楽しいらしく、お菓子や果実水を用意したテーブルの方に集まり大人たちが遠巻きに見守っている。こういう場は婚約者を探すための場でもある。今日は上位貴族の多くが集まっているだけに、これから婚約者を見繕おうと考えている方々は必死だった。

「イルーゼ様、そろそろ」
「そうね。ザーラをよろしくね」

 ザーラ付きの侍女がそっと耳打ちしてきた。花嫁は今夜の準備のために早めに退席するけれど、その時間になったみたいね。これからまた初夜に向けた湯あみとマッサージが待っている。懐かしいわ……式まで散々磨かれたのにまだするのかと思ったものよね。あの頃は皮膚が薄くなってしまったんじゃないかと本気で心配したわ。そんなことを想い出しているとそっとザーラが去って行くのが見えた。東棟の警備は万全だし、今のところ何かがあったとの報告はないわ。このまま無事に終わってほしい。二人の初夜を守るわ、私たちの時のように暗殺者が入り込んで仕切り直しなんてさすがに繰り返せないもの。

 一人になったフレディにオリスがワインが入ったグラスを渡していた。彼もこの後のことを意識したのか表情が固くなっているわ。緊張し過ぎじゃないかしら? まぁ、彼らしいけれど。

「フレディ、緊張しているのはわかるけれど、あんまり飲まないようにね」
「イルーゼ、そんなわけじゃ……」

 気まずそうな表情から図星だったのだとわかった。繊細だからあんまり口を出したくはないのだけど、稀に新郎が飲み過ぎて初夜が出来なかったなんて話もあるから心配なのよね。幸いにもフレディにはここぞとばかりに酒を強いてくる悪友はいないから幸いだけど。さすがに初夜を酔い潰れて台無しにしたらザーラは許さないと思うわよ。彼女だって今頃緊張しているでしょうし。

「オリス、この後は果実水にしてあげて」
「奥様、しかし……いえ、かしこまりました」

 オリスも困ったような笑みを浮かべていた。もしかして彼も緊張しているのかしら。フレディに甘いオリスだけど、ここは甘やかしちゃいけないと思うわ。

「失礼、ゾルガー侯爵夫人」

 フレディをオリスに任せて離れたところで声をかけられた。振り返るとそこには黒髪の二人とこげ茶の髪の一人がこちらを見ていた。イルクナー伯爵家のヴォルフラム様とグレーテ様、そしてルーディーだ。ザイデル伯爵らが企んだヴォルフ様の隠し子騒動に巻き込まれた家族でもある。ルーディーの母親のエマは手を尽くしたけれど程なくしてこの世を去っている。あれから時々様子を気にしていたけれど、表情を見る感じでは上手くやっているみたいね。

「お久しぶりですわ、イルクナー様」
「侯爵夫人、ずっとご無沙汰していて申し訳ございません」
「いいえ、お気になさらないで。お元気そうで何よりですわ。ルーディー、随分背が伸びたわね」

 声をかけるとはにかんだ笑みを見せた。素直なところは変わらないわね。出会った頃は痩せて背も低かったけれど、グレーテ様にもう少しで追いつきそう。ヴォルフラム様も背が高いからルーディーも伸びそうね。以前はエマに似ていると思ったけれど今はヴォルフラム様の方がより似ているかしら。伯爵家では大事にされているのね。おどおどしていた面影はすっかり消えていた。

「そういえばイルクナー伯爵のお加減はいかがですの?」
「はい、お陰様で今は穏やかに過ごしております」

 ヴォルフラム様の父であるイルクナー伯爵は半年前に倒れて、それから病床にあると聞くわ。先王様の忠臣として信頼を得ていらしたけれど、先王様が譲位されてからは気落ちしているようだとヴォルフ様からも聞いていたけれど。

「どうかお大事に」
「ありがとうございます」

 ヴォルフラム様が頭を下げると二人もそれに倣ったため会話はそこで終わった。でも、ひとつ心配事が減ったわ。と言うのも、ルーディーは第二王子のハンス様の友人候補に名が上がっているから。彼を推したのはヴォルフ様で、そこには黒髪緑目への偏見を少しでも減らしたいとの陛下の意向もあった。ザイデル伯爵らに利用された時にみせた毅然とした態度や母親を労わる優しさは、大人しく内向的なハンス様に向いているだろうとの期待もある。近々王宮で同じくらいの年齢の令息を集めたお茶会を開く予定だけど、あの様子なら悪い話にはならなそうね。彼らの近くで親しい姿を見かけた。

「お義姉様」
「イルーゼ様、ご無沙汰しておりますわ」

 ゆったりと髪を結いあげて品のあるドレスに身を包んでいるお義姉様に声をかけた。

「ありがとう、イルーゼ様。ゾルガー家であのお酒を扱って下さるとは思わなかったわ」
「ふふ、実は今日の主役たちが気に入りましたの」
「まぁ、それは光栄だわ」

 あの後フレディはお義姉様にあの稀少酒の優先販売を持ち掛けて、いつの間にやらあのお酒はゾルガー家の商会で扱うことになっていた。ザーラが絡むと仕事が早いわ。でも、販路を大幅に失った実家にはありがたい話。これを機にワインなどにも広がるといいのだけど。今日はその稀少酒と女性向けの甘くて度の低いお酒をこのパーティーで出している。中々に評判のようだから期待が持てそうだわ。

「イルーゼ」
「ヴォルフ様?」

 いつの間にかヴォルフ様が側に来ていた。つと視線を変えたのでそれを追うと、オリスと共に会場を去るフレディの後ろ姿が見えたわ。彼も下がる時間になったのね。足取りは確かそうだから大丈夫かしら。どうか無事に明日の朝を迎えられますようにと祈りながら、その日は夜遅くまで愛しい夫と共に招待主の役目をこなした。





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