【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

名前の理由

 王宮の部屋はどれも豪奢で、貴族の生活から離れていた私には眩しすぎた。会議はあれから今後のことを話し合った後、散会になり、それぞれに客間へと移動した。マリウス陛下も今夜は王の部屋を使わず、私たちと同じ階にある客間へと消えていった。王の部屋は隠し扉があるから信用出来ないのだとか。そんなものがあるのね。そしてそれだけ危険と隣り合わせなのだと。そんな立場は遠慮したいわ。気が休まる時間がなさそうだもの。

 私はウルガーと一緒の客間に入った。王宮の使用人がどんな態度をとるのかと心配したけれど、王族や高位貴族の横暴ぶりは想像以上だったようで、一様に怯えた目を向けてきた。マリウス陛下は危害を加える気はないこと、これからも以前と同じように職務に励んでほしいと告げると、皆はほっとした表情を浮かべていた。そのおかげもあって、私は今、湯浴みという贅沢を堪能している。王都外れの屋敷でも湯あみは出来たけれど、ここの設備は天と地ほどの差がある。設備もそうだけど使われている石鹸など一つ一つが最高級のもの。実家でもこれほどの品を使ったことはなかったわ。

「凄い、いい香り……」

 お湯に落とした香油もとってもいい香りだった。これは薔薇かしら? 甘くてすっきりしていて私好み。なんていう香油か後で使用人に聞いてみようかしら。

 今日はまだ使用人の動きが読めないからとウルガーは手伝いを断っていた。私も丸裸のところで襲われたら相手が女性でも太刀打ち出来ないし、一人で身の回りのことは出来るようになってからは一人のほうが気楽で落ち着く。随分と私の境遇も変わったわね。実家にいたころは何をするにも侍女の手を借りていたから。

 いくらお湯が気持ちよくても長々と漬かっている訳にもいかない。まだ朝晩は冷え込むし湯も冷めるわ。身体が温まったところでお湯から出た。置かれているタオル類も柔らかくて立派ね。こんなタオルを使うのも久しぶりだわ。それに夜着とガウンも。いえ、こんな上等な品に袖を通すのは初めてだわ。

「ああ、上がったか」
「ええ。お先にありがとう。お湯、冷めちゃったから足してもらった方がいいわ」
「そうか」

 さすがにあのまま入ると出る頃には寒さを感じそう。ウルガーがベルを鳴らして使用人を呼ぶ。湯が冷めたことを告げると程なくして使用人が何人かやってきて湯を交換してくれた。そうしている間もウルガーは私をソファに座らせると髪を拭いてくれた。他愛もない話をしているとお湯の交換が終わったという。ウルガーは使用人が出ると扉に鍵をかけ、湯浴みの部屋へと消えていった。

 ふと、目の前のテーブルに置かれた紙が目に入った。それはさっきマリウス陛下が裁可してくださった私たちの婚姻証明書。そこにはウルガーと私の名が記されていて、最後に陛下の名が署名されていた。これで私たちは正式な夫婦になったのよね。まだ実感がわかないけれど。

 私の名はローズ=マイネからローズ=ダーミッシュになった。一方の彼は本名のギルベルト=ダーミッシュのまま。彼はこの裁可と一緒にエーデルからリアムへの亡命申請の書類も出していて、両方とも裁可されたから今はリアム国民になっているのだとか。それをエーデル王が許すかはわからないけれど、これで私たちはリアム人に戻った形になる。

 ダーミッシュに帰るのが難しくなったけれど、マリウス陛下が王位に就いたら当分の間は王都で暮らすことになる。その間にダーミッシュをエーデルから取り戻すのだと彼は言っていた。何か計画を立てているらしいけれど、まだどうなるかわからないからと教えてもらっていない。まだまだ問題は山積みなのよね。今日は上手く事が運んだけれど、本当に大変なのはこれからかもしれない。そんなことを考えていたらウルガーが戻ってきた。

「ねぇ、これからはギルって呼んでもいいの?」

 やっぱりギルはギルよね。ウルガーも素敵だけど呼び慣れた名前の方がいいわ。

「あ~そうだな。そっちで頼む。ベルはどうする? これを機に元の名前に戻すことも出来るが」
「私?」

 私の名はそのままだったから気にもしていなかったわ。だけど……

「前の名前の方が慣れてはいるけど……ローズのままでもいいかな」
「いいのか?」
「だってこの名前、ギルが考えてくれたんでしょ? ブラッツ様から聞いたわよ」
「……兄貴が? チッ、余計なことを……」

 舌打ちが聞こえたけれど照れているのがわかって思わず笑ってしまった。見上げると耳が赤くなっている。べルティーナも好きだけど、ギルが考えてくれた名も捨てがたいのよね。

「でも、どうしてローズだったの?」

 前々から気になっていたのよね。花の名を付けてくれたのは嬉しいけれど、私は薔薇が似合うような美人じゃないのに。答えを待ってじっと見上げるとそっぽを向かれてしまったわ。何? その反応ってどういう意味? 疑問が益々深まったわ。

「……からだよ」
「……え?」

 暫くの沈黙の後、乱暴に髪をタオルで拭きながら出てきた彼の声は弱く小さく、語尾しか聞き取れなかった。

「なんて言ったの?」

 そう尋ねるとちらっとこっちを見てまたあらぬ方を向かれてしまったわ。なんなの? そんなに言いにくい理由なの?

「……お前さんを初めて見た時、白薔薇みたいだと思ったんだよ」
「……へ?」

 思いがけない答えに思考が止まったわ。初めて会ったって……私、まだ十五だったし、会ったのは戦場だったはず。どこに薔薇を連想させるようなものが……

「……髪だ」
「髪?」
「ああ。お前さんの髪、日が当たるとキラキラ光るだろ? 領邸の庭に咲いていた白いのに朝露が乗った時もそんな感じで。綺麗だなと思って……」

 声が段々弱くなっていったけど……それって薔薇じゃなくて朝露の方? いえ、それで白薔薇を連想したってことよね。これは喜んでいいのかしら? ギルの感性は私にはわからないこともあるけれど耳が真っ赤だから褒めてくれているのだとわかる。いやだ、なんだかこっちまで恥ずかしくなってきたわ……


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