【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

初夜

「それよりも」

 思いもしなかった言葉に固まってしまった隙に、手を取られてそのまま引き寄せられた。弾みで彼の膝の間に座る形になってしまった。ち、近いわ……

「ちょ、ちょっと!」
「ははっ、捕まえた」
「も、もう!」

 私の抗議など意に介さず柔らかく抱きしめられた。彼の胸に顔を埋める形になって恥ずかしさが増す。彼自身と私と同じ香油が混じった匂いにまた心臓の鼓動が早まったけれど、今まで感じたことのない愛おしさが胸を満たした。凄く幸せ……目を閉じて彼の匂いを吸い込む。身の内も外も彼に満たされて幸せしか感じないわ。

「で、どうする?」

 幸せを嚙みしめていたらそんな声が下りてきた。どうするって何が? それだけじゃ何のことかわからないのだけど……

「俺たちは婚姻したな」
「え、ええ」

 そうね。さっきマリウス様に婚姻証明書の裁可をいただいたけれど……それがどうかした? 何かしら、上から妙な圧を感じる。何か不都合なことでもあったかしら? 急に不安になって見上げると彼と目が合って……息をのんだ。いつもの口調なのに表情が凄く、甘い……顔が一気に熱を持った。

「となると……」
「…………となると?」
「今夜は初夜だな」
「…………え?」

 ……しょ、しょやって……その言葉の意味を頭が理解した途端、恥ずかしさが倍増した。そ、そうね、そうなりますよね。はい……

「お前さんの意に反することはしたくねえからな。どうする?」

 どうするって……いえ、考えないようにしていたけれど、こうなることはわかっていたわ。だって、いつも同じベッドで抱きしめられて眠っていたけれど、時々、その、何かとは言えないけれど、当たっていたから……ずっと我慢、してくれていたのよね? 

 そっと腕を伸ばして彼の背に回すと彼の身体がびくっと震えた。言葉で返すのも顔を合わせるのも恥ずかしくて難しいから、これでわかってほしいと思うのは我儘かしら。いえ、こうするのだってすごく勇気が必要だったけれど。大きな手が優しく髪を撫でてくれた。わかってくれたのかしら? だったら嬉しい。小さなことだけど、こんな一つ一つに幸せを感じると思うのは大げさかしら。

「いいのか?」
「うん」

 さっきまでの変な圧を感じさせない優しい声。髪を撫でる心地よさもあって自然に頷いていたわ。愛おしいと心の底から想いが溢れて凄く満たされる。色々あったけれど、この人を好きになってよかった。

「無理すんなよ?」
「してないわ。大丈夫。ギルだから……」

 信じているから不安はないわ。戦争では冷酷非情と恐れられていたけれど、私にはいつも優しかったから。お願いだからもうこれ以上言わせないでほしい。恥ずかしさと戦っているのよ。気遣ってくれるのは嬉しいし、それが彼の罪悪感からくるものだとは思うけれど。

「ああもう、なんでお前さんは一々可愛いんだよ」

 乱暴な物言いが下りてきて頭に頬ずりされた。ちょっと痛いわ。今までの会話のどこに可愛いと言われる要素なんかあったかしら?

「はぁ、我慢の限界だ。頼むからこれ以上煽らねえでくれ。優しくしてやれなくなる」

 なんだか不穏な言葉が出てきたわ。何を言っているの? 優しく出来ないって……待って、私初めてなのよ? 最初くらいはお手柔らかにお願いしたいのだけど……

「あ、煽ってなんか……それに、は、初めてだから、その、お手柔らかに……お願いしたいのだけど……」
「無自覚なところもやべえな。頼むからこれ以上喋るな」

 はい? 喋るなって、どういうことなの? 

「っ!」

 突然身体が揺れた。高くなった視線と不安定さに驚いて反射的に彼にしがみついていた。横抱きに抱き上げられるのは初めてじゃないけれど、この体勢は顔が近くて恥ずかしさが増す。今はなおさらだわ……彼の胸に額を付けて顔を隠した。どんな顔をしていいの? 心臓が今までにないほど存在を主張してくる。

 ゆっくりと奥へと進む。彼が僅かに空いた隙間に足を入れて扉を開け、中に入るとそのまま足で閉めた。額を胸から外して室内を窺う。一台しかない燭台の明かりがぼんやりと室内を照らしていた。大きなベッドが目に入った。

 心臓の鼓動がこれ以上ないほどに高まっていた。このまま暴走して止まってしまうか、口から飛び出してしまいそう……ゆっくりと優しくベッドに下ろされた。ふかふかでここ近年縁遠かった高級な寝具。寝るのが楽しみだと思っていたけれど今はそれどころじゃないわ。顔を隠すものがなくなって視線のやり場に困る。彼が覆いかぶさってきてベッドが音を立てて揺れた。どうしよう……いえ、ここまで来たのだから今更無理なんて言わないわ。お、女は度胸だもの……!

「俺のローズ、愛してる」

 掠れた声が私の名を呼んで愛を紡ぎ、口づけが降りてきた。何度も啄むような口づけを交わす。初めてじゃないけれどいつもは軽く触れる程度で一度きり。こんなに何度も繰り返すなんて初めてだわ。くすぐったい様な不思議な感じがする。

「我慢するなよ。辛かったらちゃんと言ってくれ」

 さっきは喋るなと言ったのに。でも労わる言葉に心が温かくなる。

「あ、明日も忙しいのでしょう? だから、お手柔らかに、お願いします」
「………………善処する」

 その間は何? それに、何か大事なことを忘れているような……そんな疑問はその後身をもって思い知らされることになるのだけど、すっかり頭に血が上っていた私には知る由もなかった。





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