戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

目まぐるしい日々

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 それから目まぐるしく日々が過ぎ、気が付けば一月が経っていた。

 ギルと正式な夫婦になったとはいっても、私たちの生活は思い描いていた新婚生活とは程遠いものだった。あれからマリウス陛下も含めた私たちは王城のすぐ側に建つ離宮に居を移していた。王城には隠し扉や隠し通路があるらしく、それをギルたちが警戒してのことだった。私たちはリムス王家を玉座から引きずり下ろしたとはいえ所詮は烏合の衆、国としての機能がまだ確立されていない現状ではその足場は危ういものだった。

 離宮で今までとは比べ物にならない贅沢な暮らしが始まったけれど、リムス王家を断罪してマリウス陛下の治世を盤石にすることが最優先とされたため、ギルは殆どの時間を陛下たちと過ごしていた。夜になっても部屋に戻ってこない日も少なくなくて、いつ寝ているのかと心配になるほど。もちろん閨もあの晩一度きりで、新婚らしい甘い生活とは程遠く、顔を合わせるのも日に数度、食事を共にしたのも片手で足りるほどの数しかなかった。

 私は時々彼と共に王族の裁判を見届けることもあったけれど、政務の話になると部屋に戻されてカミルさんやおじ様と過ごしていた。手持ち無沙汰だったのもあって、王城にある薬草学に関する本を読みまくったわ。さすがは国の中枢なだけあって蔵書は薬師の塔とは比べ物にならないほどで、これらを読み切るのに何年もかかりそう。

 そんな毎日を過ごしている中、嬉しい知らせがあった。

「ローズ! 結婚おめでとう!」
「ルチア!? どうして?」

 私に面会人だと言われて客間を訪れると、懐かしい顔があった。

「ふふ、父さんに呼び戻されたの。母さんも一緒よ。王都の店を再開しようって」

 茶目っ気たっぷりの笑顔で持たされた知らせに息をのんだ。

「王都でって……」
「元々私たちの籍は王都にあるもの。それに父さんの話じゃ、ギルベルト様は当分こっちで過ごされるのでしょう?」
「う、うん」

 ダーミッシュに帰りたいと言いながらも、彼の立場はそれを許さない。彼は王家打倒の中心人物で、これから新しい国造りに関わるのは既定路線だから。彼も文句を言いながらもここで投げ出す選択はない。ここでの生活は年単位になるだろうことは疑いようもなかった。

「でも、ダーミッシュの治療院は?」
「院長先生が頑張っているわ。今更だけど新たに弟子を取られてね。何人かが院長先生に師事しているの。ダニエラさんも凄く頑張っているわ」

 懐かしい名前に寂しさを覚えたけれど、だったらいいのかしら? 慢性的な薬師不足だったから心配だったけれど、薬師を目指す人が増えたのなら心強いわ。

「そうそう、ネーメルの毒木も伐採されたのよ」
「ええっ? もう?」
「ブラッツ様がこれ以上被害が広がらないうちにって。ものすごい厳戒態勢だったそうよ。でもお陰で毒にやられた人はいなかったって」
「そう。よかったわ……」

 王都でもザウアーでも思うような情報を得られなくてやきもきしたけれど、無事に出来たのならよかったわ。ブラッツ様ならきっとその方法も記録に残されているわよね。だったらザウアーやそれ以外の地域もそれを参考に出来そう。

「ブラッツ様、来ていらっしゃるのでしょう?」
「ええ」
「じゃ、今頃新しい陛下に報告されているはずよ」
「そうなの? だったら凄く助かるわ。ザウアーでも同じことがあったから」
「ザウアーって……ええ? ローズ、そんな所に行ったの?」
「ええ。まぁ、色々あって」

 予想通り、そのあたりの話は後でゆっくり聞かせてねとルチアが笑みを深めた。きっとギルとのことも根掘り葉掘り聞かれるわね。でも嬉しい。彼女が側にいてくれたら心強いわ。それに、やっぱり家族は一緒にいるべきよね。

 その日の晩は久しぶりにルチア一家と食事を共にした。おば様もお元気そうで安心したわ。これから王都にある店を再び開くそうで、明日から早速店の掃除に取り掛かるのだとか。店は王都でダーミッシュの子飼いをまとめるモランさんが管理していて、定期的に掃除をして風を通していたのだとか。その日ルチアは離宮に賜っているおじ様の部屋に泊まる予定だったけれど、ギルに勧められて私たちの部屋に招待した。

「本当にギルベルト様と婚姻しちゃったのね」

 湯あみを終え、寝る支度も済んだ後は恒例の女子会。お菓子と甘いお酒まで差し入れてもらって、久しぶりに親友との時間を堪能した。

「まぁ、勢いもあったけれど……先送りしたせいで拗れちゃったから」
「そうよねぇ。ギルベルト様も多忙だったし、追われる身だったんだものね。あの時は腹も立ったけれど、後で院長先生から色々伺ったわ」

 ルチアがどこまで聞いているかわからないから迂闊に返事も出来ないけれど、彼はリムス王家に追われ、エーデル王も利用しようと狙っていた。今だっていつ横やりが入るかわからないのよね。そのエーデル王は周辺国との関係がぎくしゃくして今はリアムに構っている暇はないってギルは言っていたけれど。

「そうそう、ギルベルト様、爵位を授けられるんでしょ?」
「そういう話が出ているって言っていたわ」
「だったら大変よね。建国の立役者でしょ? なんか、凄く立派な爵位を授けられるんじゃないかって母さんが言っていたわ」
「……言わないで……」

 思わず頭を抱えてしまったわ。だけど叙爵の話が出ているのは本当だった。まだ決定ではないけれど、どうやら侯爵位になりそうだとギルがぼやいていたわ。そんな高い爵位、もらっても困るのだけど……




- - - - - 
いつも読んでくださってありがとうございます。
先週くらいから体調不良が続き、そこに仕事が立て込んで全く余裕がありません。
暫く(長くても10日ほど)更新が滞るかもしれません。
先月も更新をお休みしたばかりで申し訳ありませんが、今しばらくお時間をください。

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感想 91

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