【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

実家を訪問

 実家をギルに継いでもらうことになった私は、それから三日後に実家を訪れた。ギルも一緒にと思ったけれど、彼はマリウス陛下を交えた貴族当主らとの話し合いが連日続いている。いつになるかもわからないし、当主不在の屋敷は荒れやすい。心配だからまずは様子見も兼ねて一人で行くことにした。もっとも、カミルさんをはじめとした護衛たちも一緒だったけれど。

「ベルティーナ様!!」

 玄関ホールで驚愕の表情で出迎えてくれたのは、長年この家で家令を務めてくれていたキーガンだった。最後に会ったあの日から一年余りが経っているけれど、あの頃よりも髪が白くなっているように見えるわ。それだけ両親や妹が無理をかけたのね。そして、その名で呼ばれるのは久しぶりだわ。

「無事だったのね、キーガン」
「はい、お嬢様もよくご無事で……」

 目尻の皺を深く刻んでギーガンが泣きそうな笑顔を向けてくれた。子どものころから両親や妹から冷遇されていたけれど、彼をはじめとする使用人が何かと庇ってくれたから頑張れた。彼らは家族よりも近くて親しい間柄。あれからどうなったのかと尋ねるとこの屋敷は破落戸などに襲われることもなく皆無事でいるという。それだけで心の奥が温かくなった。ギーガンの案内で客間に向かった。

 客間にギーガンをはじめ侍女頭など主要な使用人たちを集めた。彼らは私の無事を喜んでくれて、幼いころから世話をしてくれた侍女頭などは涙を流してくれた。そんな彼らの優しさに嫌な思い出が上書きされるようだ。

「それで、お父様たちは……?」
「申し訳ございません、どちらに向かわれたかは私にも……」

 そういってギーガンが目を伏せた。呆れたわ、ずっと支えてくれた使用人に何も告げずに自分たちだけ逃げたというの?

「領地に顔を出すと仰って家を出られたのです。てっきりそうだと思っておりましたが、一月経ってもご連絡がなく……不審に思って領邸に確認しましたところ、どなたもいらっしゃっていないと……」

 そういってギーガンが表情を渋くした。呆れたわ。信じてくれた彼らに嘘をついた上で見捨てたのね。

「アデリッサ様とリーヴィス様もご一緒のはずです。ただ……」
「ただ?」
「お二人の仲はすでに破綻しているように見受けられました。今もご一緒にいらっしゃるかまでは……」

 陛下は二人は別れてリーヴィス様は実家に戻ったと仰っていた。そのことも使用人には伏せていたのね。腹立たしいわ、いくら何でも無責任すぎる。いえ、私がいなくなってアデリッサが継ぐと知ってからはいずれろくでもないことになりそうだとは思っていたけれど……

「今日ここに来たのは、新国王陛下からこの家を継がないかとご提案いただいたからなの」
「新、国王陛下、ですか?」

 ギーガンが信じられないものを見るような目で私を見た。他の使用人も同じように怪訝そうな表情を浮かべているけれど、そうなるわよね。死んだとされて家を出た私が、新国王陛下の元にいるなんて普通は思わないわよね。

 それから私は国王陛下から聞いた両親とアデリッサ、リーヴィス様たちの現状を彼らに話した。三人は海路でエーデルに渡ったこと、その行先は陛下にもわからないこと、リーヴィス様は離縁状を出して実家に戻っていることなどだ。

「だ、旦那様が……」
「では、国を裏切ってエーデルに情報を流していたと?」
「お父様にそんな大それたことは出来ないと思うわ。陛下がお調べくださったのだけど、エーデルと取引を始めたのは終戦後だそうよ。王都にいるエーデル人に命じられたのではないかと。向こうは戦勝国だから逆らえなかったんじゃないかと仰っていたわ」
「さ、左様でございますか……」

 自らエーデルに通じた訳ではないと知って皆がほっとした表情を浮かべた。だからといって闇取引をしていい理由にはならないのだけど。

「それでね、実は私、ダーミッシュ辺境伯家のギルベルト様と婚姻したの」
「ダーミッシュの……ギルベルト様? あの辺境の英雄と讃えられたお方ですか?」

 侍女頭が控え目に訪ねてきた。王都でもギルの活躍は広く知られていたとルチアたちも言っていただけに、信じられないのも仕方がないかもしれないわね。

「ええ。まぁ、色々あって……」

 それからは実家を出てからの諸々や、ギルと婚姻したこと、先日陛下に言われたことなどを掻い摘んで皆に話した。皆、神妙な表情で黙って聞いてくれたけれど困惑がありありと浮かんでいた。そこは仕方ないわよね。私ですら未だにこうなったことが不思議に思うときがあるもの。

「では、これからはギルベルト様がご当主に?」
「そうなるわね。でも、彼は国政のことで忙しいから実務は人に任せることになると思う」
「左様でございますか」

 ギーガンの表情が曇った。代理人を置くことに不安を感じるのね。

「大丈夫よ。ギルなら信用出来て有能で、人柄も好ましい人を選んでくれるはずだから」
「い、いえ。そのような……」
「私にとって皆は家族も同然よ。もちろん私も時々は顔を出すわ。もし問題があったら私に教えてね」
「かしこまりました」

 ようやく皆の表情が和らいだわ。これまでの父不在の間もずっと不安を抱えていたのでしょうね。申し訳ないわ。これからはそんなことがない様に私も気にかけなきゃいけないわね。それが私の責任でもあるから。

「あと、薬草園だけど、ギルの部下に管理をお願いすることにしたわ」
「ギルベルト様の?」
「ええ。私が薬師の塔で共に学んだ学友のお父様で、王都で薬屋を営んでいた方よ。薬師としてもとても優秀で私の尊敬する先輩でもあるわ」
「そのような方がいらしてくださるのはありがたいことです」

 ギーガンの表情が安堵に緩んだ。ここの薬草園には外に出せない危険なものもあるから気を揉ませていたのね。近々護衛も付けてくださると伝えるとずっと表情を強張らせていた侍女頭もやっと薄い笑みを浮かべた。破落戸が貴族の屋敷を襲う事案も増えているから不安だったのね。

「皆、今までこの屋敷を守ってくれてありがとう。これからは私が皆を守るから、どうかこれからもよろしくね」

 一方で職を辞したい者にはギーガンに名乗り出るようにお願いした。年齢や家族のこと、また主が代わったのを機に辞めたいと思う人が出てもおかしくないから。今までも父が不在で言い出せなかった人もいるかもしれないし。ギーガンには領邸にもその旨を知らせるようにお願いした。ギルの手が空いたら挨拶に来ると告げてその日は実家を辞した。



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