【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

実家の今後

 それからの日々もまた忙しなく過ぎて、季節は夏を迎えていた。ダーミッシュよりも涼しく空気が乾いているせいか過ごしやすい王都は、王統の交代という一大事業の後とは思えないほど穏やかだった。

 一方でギルが侯爵位を賜ることが決まった影響もあってか、一層外出が難しくなった。旧国王派による襲撃事件があったのも影響しているけれど、単にギルの過保護が出たのだと思う。王城の書庫に行くのも数人の護衛付きという物々しさに、外に出る気もすっかり失せて、私は薬草に関する本を部屋に持ち込んで読みふける日々を送っていた。



「ローズ、ちょっといいか?」
「ギル?」

 その日もいつものように朝から本を読みながら気になったところを写していると、珍しくギルがやってきた。相変わらず忙しい彼とは日に数度顔を合わせるばかりで思い描いていた生活とは程遠かった。それでも、今身に着けている服や装飾品、普段使いの細々とした品を毎日のように送ってくれるから彼の想いは伝わってくる。本当に欲しいのはそれじゃないけれど、今はそれが難しいことは理解しているわ。

「どうしたの?」
「お前さんの実家のことでな」
「実家?」

 驚く私の腰に手を回すと、そのままマリウス陛下の執務室へと連れて行かれた。なにかしら? 父がまた何かやったの? 嫌な予感しかないのだけど……

 執務室ではマリウス陛下をはじめとして、その側近のランドルフ殿やフレーベ辺境伯、レンガー公爵の顔があった。陛下の重鎮でもある彼らの姿に不安が一層増す。

「よお、マリウス。連れてきたぞ」
「ああ、ローズ夫人。お呼び立てして申し訳ありません」

 国王におなりになった陛下に対してギルの態度は相変わらずだった。一方で至高の座に登られた陛下の腰の低さも。端から見れば不敬罪と咎められそうなギルだけど、ここでは彼にそんなことを言う人はいない。

「陛下、お呼びと伺いましたが……」

 不安を感じながらも頭を垂れて礼を尽くす。さすがにギルのように傍若無人には振舞えないわ。

「ああ、あなたの実家のことでね」
「父が、また何か?」

 もう悪い予感しかしないわ。闇取引をしてどこかに逃げたと聞いたけれど、まだ他にもやらかしたの?

「グラーツ伯爵とその家族は今、エーデルにいるらしい」
「エーデルに?」

 そういえば以前、父がエーデルに唆されて薬草の闇売買をしているらしいとギルから聞いたわ。あの小心者の父がそんな大それたことを……と思ったものだけど、戦勝国のエーデルに言われたら断れなかったでしょうね。

「残念ながら居場所までは突き止められなかったんだが、伯爵夫人と妹君は既に国を出ている」
「そうでしたか」

 アデリッサも一緒なのね。だったらリーヴィス様は? あの二人は婚姻したはずだけど……

「ああ、妹君の婚約者は彼らが国を出た際に実家に戻ったようだ。離縁状も出されている」
「左様ですか」

 あんなに仲睦まじく見えたのに、こんなに早くに破綻するとは思わなかったわ。いえ、違法取引をやっているとなれば話は別よね。彼自身も疑われるもの。

「彼らのことは置いておいて、夫人に聞きたいのは今の実家のことなんだ」
「今と申しますと?」
「夫人、グラーツ家を継ぐ気はないか?」
「え?」

 思いがけない言葉に面食らってしまった。実家を、私が継ぐ……?

「で、ですが、グラーツ家の長女としての私は戦死したことになっておりますわ。それに、既に婚姻した身ですし……」

 そういってちらっと隣にいるギルを見上げた。さっきから視線を感じていたせいか直ぐに目が合った。口元にはいつもの笑みがあったけれど……

「夫人の戦死認定はいつでも取り消せるから心配無用だ。これからそうなった者たちの認定を取り消していく予定だしね。そこのジークハルト殿みたいに断った者には無理強いはしないけれど」
「ははっ、王家と関係の深い実家に戻っても利はありませんからな」

 そういってジークハルト殿が豪快に笑った。彼はこれからもただ人のジークハルトとしてギルの副官を続けるのだという。

「夫人に爵位をと思うのだが、我が国では女性の爵位継承は認められていない。継ぐと言っても現状では妻の夫であるギルベルト殿がその地位に就くことになる」

 そうよね、私は嫡女だけど家を継ぐのは夫となるリーヴィス様になる予定だったわ。

「俺はこっちで忙しいから当主業は信の置ける奴に任せることになる。グラーツ家もそれでいいって言うんなら引き受けるが、どうする?」

 ギルが当主になって、信頼出来る人を代理に……そうよね、それが一番無難かもしれない。あの家にも領地にも薬草園があるから素人に任せるのは怖いわ。やっぱり知識のある信頼出来る人でないと。

「その薬草なんだが、ドルフに管理を任せるのはどうだ?」
「おじ様に?」

 意外な名前が……ってことはないわ。そうね、おじ様なら安心してお願い出来るわ。ルチアも王都の店を再開すると言っていたし、こちらに住むならおじ様にお願いするのが一番かもしれない。

「そうですね。おじ様なら安心してお任せ出来ます」
「そうこなきゃな。そういうことだ、マリウス。詳細は任せるぞ」
「ギルベルト殿、領地経営、少しはあなたもやってください」

 丸投げしようとしたギルにランドルフ殿が釘を刺すようにそう告げると、ギルが渋い表情を浮かべた。

「俺はまだまだ忙しいんだから当主業なんて無理だって。それとも、領地に篭ってそっちに専念してもいいのか? 俺としちゃ、その方がずっとありがてぇんだけど」
「それは困りますね。わかりました。誰でも構いません、気に入った方を代理に」
「ははっ、さすがはマリウス。話が早いな」

 ギルは上機嫌だったけれど、いいのかしら? こんなにあっさりと決まってしまったけれど。

 そうは思うけれど、実家と薬草園を取り戻せたことに心が弾んだ。あの屋敷の使用人たちはどうしているかしら? みんな無事でいてくれるといいのだけど。


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