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第三部
社交開始?
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主だった仲間の紹介が終わると、その後は他国の大使たちの祝辞が続いた。長いわ……だけど彼らの言葉から意図の裏を探るのも大事なことだから疎かには出来ない。表面上は友好的でも裏で手を組んでこの国を手に入れようと、陛下を害しようとする者がいないとは言い切れないから。
(……気が重いわ……)
こんな陰謀めいたことは私には荷が重すぎる。ただの薬師に政治的なことまで求められても困るわ。早く終わらせて湯あみがしたい……そして何も考えずに薬草を摩り下ろして痛いわ……
「疲れたか?」
長いレーデンス大使の祝辞が終わった後、ギルがこっそり声をかけてきた。いけない、つまらなそうな顔をしていたかしら? 慌てて表情を引き締めた。
「大丈夫よ」
笑みを浮かべてそう返した。ここでみっともない姿を晒せば陛下まで侮られてしまうかもしれない。気を抜いちゃだめよね。
「気負う必要はねぇよ。それに演説も終わりだ」
「そうなの?」
「ま、今度は俺たちに取り入ろうとする連中が押しかけてくるけどな。今後のことを考えると無視も出来ねぇから厄介だよなぁ」
頭を掻きながらギルが肩を落とした。そうね、これを好機と捉えて少しでも権力に近づこうとする人たちはいくらでもいるわよね。仕方がないけれど気が重くなるわ。
「疲れたなら先に部屋に戻ってもいいぞ」
「さすがにそれは……」
まずいんじゃないかしら? さっき陛下直々に紹介されたばかりだもの。
「俺としちゃ、着飾ったお前さんを他の男の目に晒したくねぇしな。ったく、余計な虫が就いたらどうしてくれるんだよ……」
最後の方は小声になってよく聞き取れなかった。ギルが愛想よく社交をする姿って想像出来ないのだけど……意外と出来るのかしら? そう思っていたのだけど……
「さすがはギルベルト様! 慧眼に感服いたしました!」
「褒めすぎですよ。地の利を見極めれば造作もないことです」
「そうは仰いますが、私のような凡人ではそれを見抜くのは簡単ではありません。是非ともそのコツをご教授願いたいものですな」
あっという間にたくさんの人に囲まれ、今はエーデルとの戦争の裏話で盛り上がっていた。ギルが名を挙げるきっかけになった戦いの話に男性は老いも若きも興味津々だわ。その戦いは私も参加していたけれど、そんなことがあったのね。確かに、ちょっと面白いかも……
「ダーミッシュ夫人、男性は戦争の話ばかりでつまらないでしょう? こちらで一緒にお話ししません?」
ギルの隣で笑みを浮かべていたら、後ろから声をかけられた。楚々としたご婦人はロンバッハ伯爵夫人だった。その隣にはレンガー公爵夫人とフレーベ辺境伯夫人、オッペル伯爵夫人もいらっしゃるわ。皆様、ドレスを難なく着こなされているわね。ドレスに着られている私とは大違いだわ。でも、色々お話を伺いたかったし、彼女たちと一緒なら大丈夫かしら? ギルを見上げると彼も気付いて私を見ていた。
「行くのはいいが、絶対一人になるなよ」
「ええ」
「ギルベルト様、ご心配なく。私共がついておりますから」
そう言ったレンガー公爵夫人にギルは視線を向けると、どうか頼みますと軽く頭を下げた。だったらいいわよね。戦争の話も知っているから苦痛じゃないけれど、生臭い記憶が蘇ってあまりいい気分じゃなかったから。
「ふふ、愛されていますわね、ローズ様」
「そ、そんなわけでは……」
レンガー夫人が扇の下からこっそりと揶揄ってきた。恥ずかしいわ。でもちょっと、いえ、かなり過保護よね。それでも離れていた時間が長かったせいか嫌だとは感じないけれど。
「ふふ、ローズ様、先ほどのカーテシーお上手に出来ておりましたわ」
「そうでしょうか。もう夢中で記憶が飛んでいましたわ」
あんなに緊張したのは生まれて初めてだわ。でも、レンガー公爵夫人が褒めてくださったら肩の荷が下りた気がした。
「ふふ、気負う必要はありませんわ。お若いのですもの、すぐに慣れますわ」
「だったらいいのですが……」
「あら、私が若いころはもっと出来ていませんでしたわ。だから大丈夫ですよ」
ロンバッハ夫人がおどけたように言った。伯爵は生真面目な堅物といった外見だけど、夫人は陽気でお茶目な一面がおありでこうして私たちの気を楽にしてくださる。今日は明るい色のドレスをお召しで気持ちも明るくなるわ。
「そうそう、今度お茶会をしようと計画していますの」
思いがけない計画を考えていたのはロンバッハ夫人だった。そういえばロンバッハ伯爵家は裕福で、あちこちの貴族家の援助をしていたとか。それで社交界ではそれなりの影響力をお持ちだったと聞いたわ。
「お茶会、ですか?」
「ええ。私たちだけでなく、私たちの味方になってくださりそうな方を招こうと思って」
大丈夫かしら? 私、貴族のお茶会なんか出たことないのだけど……
「もちろん、お招きするのは私たちに好意的な方だけよ」
夫人が朗らかに笑った。だったら大丈夫かしら? これからこういう機会も増えるでしょうし、慣れるためにも出た方がいいわよね。今回は好意的な方だけだし。
「そういうことでしたら、ぜひ」
勝手に返事をしていいかと迷ったけれど、私が社交に慣れていないから気を使ってくださったのでしょうし。だったらギルも反対はしないわよね。
「ふふ、そう気負わなくても大丈夫ですわ」
「そうですわ。困ったことがおありになったら何でも相談してくださいな」
そう言ってくれたのはフレーベ夫人とオッペル夫人だった。フレーベ夫人はマリウス陛下の幼馴染でこの方々の中では私に一番年が近い方。まだ三十にはとどいていらっしゃらなかったはず。北方の方らしく肌や髪の色素が薄くて透明感のある美しさをお持ちだわ。楚々とした雰囲気だけど自ら馬に乗って駆けるほど活発な方だとか。
一方のオッペル夫人も実家も武門の家系らしく、自ら剣を持ち馬で駆けるという。羨ましいわ、私、馬は好きだけどどうしても乗れないから。今度コツを教えてもらおうかしら。
「失礼。ギルベルト様の妻という方をご存じありませんか?」
和やかな空気の中、可憐な声が割り込んできた。
(……気が重いわ……)
こんな陰謀めいたことは私には荷が重すぎる。ただの薬師に政治的なことまで求められても困るわ。早く終わらせて湯あみがしたい……そして何も考えずに薬草を摩り下ろして痛いわ……
「疲れたか?」
長いレーデンス大使の祝辞が終わった後、ギルがこっそり声をかけてきた。いけない、つまらなそうな顔をしていたかしら? 慌てて表情を引き締めた。
「大丈夫よ」
笑みを浮かべてそう返した。ここでみっともない姿を晒せば陛下まで侮られてしまうかもしれない。気を抜いちゃだめよね。
「気負う必要はねぇよ。それに演説も終わりだ」
「そうなの?」
「ま、今度は俺たちに取り入ろうとする連中が押しかけてくるけどな。今後のことを考えると無視も出来ねぇから厄介だよなぁ」
頭を掻きながらギルが肩を落とした。そうね、これを好機と捉えて少しでも権力に近づこうとする人たちはいくらでもいるわよね。仕方がないけれど気が重くなるわ。
「疲れたなら先に部屋に戻ってもいいぞ」
「さすがにそれは……」
まずいんじゃないかしら? さっき陛下直々に紹介されたばかりだもの。
「俺としちゃ、着飾ったお前さんを他の男の目に晒したくねぇしな。ったく、余計な虫が就いたらどうしてくれるんだよ……」
最後の方は小声になってよく聞き取れなかった。ギルが愛想よく社交をする姿って想像出来ないのだけど……意外と出来るのかしら? そう思っていたのだけど……
「さすがはギルベルト様! 慧眼に感服いたしました!」
「褒めすぎですよ。地の利を見極めれば造作もないことです」
「そうは仰いますが、私のような凡人ではそれを見抜くのは簡単ではありません。是非ともそのコツをご教授願いたいものですな」
あっという間にたくさんの人に囲まれ、今はエーデルとの戦争の裏話で盛り上がっていた。ギルが名を挙げるきっかけになった戦いの話に男性は老いも若きも興味津々だわ。その戦いは私も参加していたけれど、そんなことがあったのね。確かに、ちょっと面白いかも……
「ダーミッシュ夫人、男性は戦争の話ばかりでつまらないでしょう? こちらで一緒にお話ししません?」
ギルの隣で笑みを浮かべていたら、後ろから声をかけられた。楚々としたご婦人はロンバッハ伯爵夫人だった。その隣にはレンガー公爵夫人とフレーベ辺境伯夫人、オッペル伯爵夫人もいらっしゃるわ。皆様、ドレスを難なく着こなされているわね。ドレスに着られている私とは大違いだわ。でも、色々お話を伺いたかったし、彼女たちと一緒なら大丈夫かしら? ギルを見上げると彼も気付いて私を見ていた。
「行くのはいいが、絶対一人になるなよ」
「ええ」
「ギルベルト様、ご心配なく。私共がついておりますから」
そう言ったレンガー公爵夫人にギルは視線を向けると、どうか頼みますと軽く頭を下げた。だったらいいわよね。戦争の話も知っているから苦痛じゃないけれど、生臭い記憶が蘇ってあまりいい気分じゃなかったから。
「ふふ、愛されていますわね、ローズ様」
「そ、そんなわけでは……」
レンガー夫人が扇の下からこっそりと揶揄ってきた。恥ずかしいわ。でもちょっと、いえ、かなり過保護よね。それでも離れていた時間が長かったせいか嫌だとは感じないけれど。
「ふふ、ローズ様、先ほどのカーテシーお上手に出来ておりましたわ」
「そうでしょうか。もう夢中で記憶が飛んでいましたわ」
あんなに緊張したのは生まれて初めてだわ。でも、レンガー公爵夫人が褒めてくださったら肩の荷が下りた気がした。
「ふふ、気負う必要はありませんわ。お若いのですもの、すぐに慣れますわ」
「だったらいいのですが……」
「あら、私が若いころはもっと出来ていませんでしたわ。だから大丈夫ですよ」
ロンバッハ夫人がおどけたように言った。伯爵は生真面目な堅物といった外見だけど、夫人は陽気でお茶目な一面がおありでこうして私たちの気を楽にしてくださる。今日は明るい色のドレスをお召しで気持ちも明るくなるわ。
「そうそう、今度お茶会をしようと計画していますの」
思いがけない計画を考えていたのはロンバッハ夫人だった。そういえばロンバッハ伯爵家は裕福で、あちこちの貴族家の援助をしていたとか。それで社交界ではそれなりの影響力をお持ちだったと聞いたわ。
「お茶会、ですか?」
「ええ。私たちだけでなく、私たちの味方になってくださりそうな方を招こうと思って」
大丈夫かしら? 私、貴族のお茶会なんか出たことないのだけど……
「もちろん、お招きするのは私たちに好意的な方だけよ」
夫人が朗らかに笑った。だったら大丈夫かしら? これからこういう機会も増えるでしょうし、慣れるためにも出た方がいいわよね。今回は好意的な方だけだし。
「そういうことでしたら、ぜひ」
勝手に返事をしていいかと迷ったけれど、私が社交に慣れていないから気を使ってくださったのでしょうし。だったらギルも反対はしないわよね。
「ふふ、そう気負わなくても大丈夫ですわ」
「そうですわ。困ったことがおありになったら何でも相談してくださいな」
そう言ってくれたのはフレーベ夫人とオッペル夫人だった。フレーベ夫人はマリウス陛下の幼馴染でこの方々の中では私に一番年が近い方。まだ三十にはとどいていらっしゃらなかったはず。北方の方らしく肌や髪の色素が薄くて透明感のある美しさをお持ちだわ。楚々とした雰囲気だけど自ら馬に乗って駆けるほど活発な方だとか。
一方のオッペル夫人も実家も武門の家系らしく、自ら剣を持ち馬で駆けるという。羨ましいわ、私、馬は好きだけどどうしても乗れないから。今度コツを教えてもらおうかしら。
「失礼。ギルベルト様の妻という方をご存じありませんか?」
和やかな空気の中、可憐な声が割り込んできた。
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