戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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不穏な噂

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 ギルベルト殿が王城に向かった後、私たちも一晩世話になった家を辞してルチアの店へと向かった。裏口から出るように言われたのは、さっき言っていた懸念があったから? 不安を抱えながら街を歩く。四年前よりもずっと寂れて活気が失われている。国一の華都と歌われた王都がこれなら地方はどうなっているのかしら。

「おじ様たち、もう帰っているかしら?」
「どうかなぁ、いつも昼過ぎから夕刻までが多いからまだだと思うわ」

 夜に街の外に出る者は少ない。王都周辺の街道は整備されているけれど、それでも盗賊が出ることは少なくないから。王都に帰還する旅でも夜は町の外に出ないように言われたし、野営する時も護衛が寝ずの番をしていた。昔よりも治安が悪くなっていたから帰還も命がけだったわ。

 遠くから店の様子を窺うと表側は特に異常はないように見えた。直ぐに店に帰るのかと思ったらルチアは店の向かい側の区画に向かうのでその後を追った。彼女が叩いた扉は彼女の店の向かい側の建物、それも裏口だった。しばらくして中から返事があり、扉が開いた。

「まぁ、ルチア、無事だったのかい!」

 声を上げたのは中年のふくよかな夫人だった。馴染みらしく口調には親愛が感じられる。直ぐに中に入るように促された。香ばしい香りがお腹を騒がせる。

「ありがとう、おばさん。昨日のことがあったから知り合いのところに身を寄せていたの」
「そうだったのかい。ああ、よかった。みんな心配していたんだよ」

 心底ホッとしたというように夫人が大げさに肩を落とした。

「ふふ、ありがとう。あれから誰か来た?」
「客らしい人を二人ほど見たわね。でも、店の張り紙を見て帰っていったわ」
「そう。騎士とかは……」
「あれからは見ていないわね」

 その言葉にルチアが肩を下げて大きく息を吐いた。

「心配したのよ。近頃の騎士は質が悪いから。そうそう、両親が帰って来るの、今日だったわよね」
「ええ、まだ帰っていなさそう?」
「姿を見ていないね。帰ってきたら真っ先に声を掛けてくれるから」
「そうですか」

 ルチアの声が沈んだ。たかが採取と言うけれど森には危険な獣もいるし、最近の街道は危ない。無事に帰れるとは限らないのだ。

「帰って来るまでここで待っていな。そこの友だちも一緒に」
「いいんですか?」
「当たり前だよ。ほら、売れ残ったパンだけど食べるかい?」
「わ、ありがとうございます」

 ルチアがぱっと目を輝かせて、ここのパンは美味しいのよと笑顔を向けた。朝食がまだだったからありがたいわ。売れ残りだと言われたけれど、出されたパンは柔らかくて仄かな甘さがあった。ずっと保存が利く固いパンばかり食べていたから感動したわ。それからは夫人からルチアが最近の街の様子を聞いていた。夫人は毎日多くの客を相手にするから顔が広くて情報通らしい。

「そうそう、聞いたかい? 今度の戦争でエーデル国からは戦犯として第二王子を引き渡すように言われたそうだよ」
「第二王子ですか。まぁ、当然ですよね」

 ルチアが同意したけれど当たり前だ。今回の戦争は王位継承を巡って第一王子と争っていた第二王子が言い出したものだった。ダーミッシュ領に繋がる隣国の国境地帯は豊かな穀倉地帯で、長年ダーミッシュ領と共に両国の争いの種になっている。そこを併合して自身の実績にしようとしたのが今回の戦争の始まりだったから。

「だけどね、ここだけの話、第二王子が嫌だと言い張っているのよ。それで……ダーミッシュの英雄を代わりに送り出そうとしているんだって」

 声を落として告げられた内容に息が止まった。ダーミッシュの英雄って……まさか……

「おばさん、その英雄って、まさか」
「ああ、辺境伯様のところの四男だろう? 今回の戦の立役者だっていうじゃないか。そんな人を戦犯として送ろうなんて恥知らずもいいところだよ」

 夫人が眉をひそめて憤りを露わにした。王子の代わりに差し出すって……じゃ、今日の謁見は……

「ベル……」
「まさか、そんなことを……」

 悪い想像が頭を駆け巡った。今日彼は王城に向かった。今回の戦争の褒賞を与えると王家から呼び出されて。

 そういえば……彼は何て言っていた? 家に人を置きたくないと、あの家にいたことは内々にしろと、確かにそう言っていた。彼が関わったことで咎められるかもしれないとも……もしかしてこうなる可能性を予見していた? だったら何故、王城なんかに……

「まったく、この国はどうなっちまったのかねぇ。今回の戦争の功労者を差し出そうなんて……」

 夫人の声が酷く遠くに聞こえた。王家は何を考えているの? 敗戦したとはいえ我が国の被害が最小限で済んだのはギルベルト殿とダーミッシュ領の騎士たちのお陰だったのに。彼らが食い止めなかったら王都も攻め込まれていたかもしれないとも言われていたわ。彼らは王家の尻拭いをしてくれた命の恩人なのに……!

「ベル……」
「わ、私、あの家に行ってみる!」

 揶揄われてばかりだったけれど辺境では何度も助けてもらった。彼がいなかったら生きてここにはいなかったのは間違いないわ。昨日のことだってそう。彼があの騎士たちを止めてくれなかったら、私とルチアは……命の恩人の危機を見過ごすなんて出来ない。勝手に身体が動いていた。

「ベル、待って! 無闇に首を突っ込んだらあなたまで捕まってしまうわ!」

 ルチアに腕を取られた。諫める言葉に少しだけ冷静になったけれど、急く気持ちを抑えられない。

「でも、このまま見殺しにするなんて……!」
「誰もそんなこと言ってないわ。行くのを止めないけれど冷静にならなきゃ!」

 そう言われて少しだけ冷静になれた。確かに感情のまま動いてもいい結果にはならない。ならないけれど、だったらどうしたらいいの……こうしている間にも命の危機に曝されているかもしれないのに。




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